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16話 出所調査


ことりと音を立てて、湯呑みが椅子に座ったサーシャの前に提供された。そちらを見上げると、提供主は燭光に濡れる鳶色の瞳を丸くして、おどけるように眉を上げた。まるで自分の茶も捨てたもんじゃないだろう?と言わんばかりに。


事実サーシャからすれば、丸山の入れた緑茶はやや温めだったが甘みを強く感じる、ラスカリスの山小屋で飲んだものよりも飲みやすいように感じた。彼は温い方が甘みが強くなるんだと事も無げに言っていたが、茶の淹れ方を心得ているのは、彼女にとってはすこぶる尊敬の的になるものだった。



「で、だ。......ふっ」


机を挟んでサーシャの向かい側の椅子に腰かけた丸山は、正面の彼女の顔を見て少し笑った。


「な、なんだよぉ...っ」

「だってお前、すげぇ不安そうな顔してんだもん!まるで犯人みたい」


そんな思いつめた顔だっただろうかと自分の目元を触っていると、丸山は一度茶をすすった後、優しく言い聞かせるように語った。


「特になんか危険なことをしようって話ではないぜ?調べるだけ調べて、あとは衛兵さんにお任せすればいいしな」

「そ、そう...?で、でも、あの時は…ほかの人に、言っちゃダメ、って…」

「どこから湧いてるか分からない時に言ったらまずい。逆に湧いてる場所さえわかれば、あとは任せればいい」

「そ、そっか...」

「ここからが本題なんだが」


そう言うと彼はズイと身を乗り出し、サーシャのすぐ近くで内緒版無をするように、ほとんど吐息交じりでささやいた。


「どのお金にどれくらいの偽貨が入ってるかの調査をしたいんだ...お前にしか頼めない。受けてくれるか?」


2、3回、軽く彼女は頷いた。

やる事は至って単純だった。裏手に用意してある報酬金の入った袋に、とにかく水魔法を片っ端からぶち込んでいく。


「そ、それで見つかったら、そっその人がは、犯人...でいい、のかな?」

「いや...もしかしたら偽貨つかまされた被害者かもしれない。もしも実際に犯人だったとしても、被害者のフリするな、俺だったら」

「...あ、そっか...そ、そう、だよね...」


しばらく、家の中を沈黙が支配した。丸山にとっては特に苦にも思わない沈黙だったが、サーシャにとっては自分がいかに愚かしい馬鹿であるかを痛感する苦しい沈黙だった。

その苦しみを、目敏く彼は捕まえた。


「昔、俺の世界に偽物のお金を国ぐるみで作ってたところがあってな...」

「そ、それ何の意味があるの...?」

「敵のお金の価値をぶっ壊せる。万が一にでも、自分が持ってるお金が偽物かもしれないって考えたら、めっちゃ怖くない?」

「あ、うん...そ、それは...確かに...」

「特に俺の世界のお金って高いのは全部紙だったしな...ダカットみたいに素材自体に価値ある訳じゃないのよ」


丸山は一枚のダカットをつまむと、それを親指に乗せた。蝋燭を反射したそれは見る者を魅了させる魔性の眩さを放っていた。


「か、紙...!?よ、羊皮紙、とかの...?」

「いや...なんか木屑?とかそういうので作ったようなやつ」

「な、なにそれ...!?」



翌日、サーシャを伴ってまだ夜も明けないうちに冒険者組合の戸を叩いた丸山は静かに組合長室まで通された。


「お邪魔しまーす」

「し、失礼...しま、す...」

「や、どうもどうも。朝早くからすいませンね。早速で悪いんスけどやっちゃいましょっか」


昨日とは異なり、帽子を被っていなかったベリルは無造作に伸びた緑髪を振りまきながら笑うと、一抱え分ほどの大きさはある、見るからに重そうな麻袋2つ、を机の上に置いた。


「この一袋の中に100ダカット硬貨5,000枚入ってマす。それが二つなんで…」

「締めて1,000,000ダカット」

「ご名答、お早いっスねぇ。これを全部シスターさんの水魔法に漬け込んで貰いまス。そしたら多分何枚かは偽貨ってことになりますンで、それを数えようと」

「その袋の中身の違いは?」

「こっちが公費、こっちが私費の報酬金です。基本的に公費は造幣局からそのまま流れてきてて、私費は富豪の皆さんのポケットマネーからなんで、まぁ...もし公費から出たら役所燃やシに行きましょ」


さらりとベリルが放ったおそろしい発言にサーシャは少し怯んだ。しかし、いちいち止まってもいられない。えいやと気合を込め2つの麻袋をまとめて包み込めるほどの水塊を作り出すと、それをゆっくりと動かして沈めた。

少し経って魔法を解き、3人がかりで麻袋から偽貨を取り出す。

おそろしく気の遠くなる作業で、終わったころには既に部屋の窓から白くなった日差しが差し込んでいたが、何とか昼食前には終わらせることができた。


「よ、よう、ようやく、終わったぁ...」

「お疲れ様」

「ずいぶん骨の折れる作業でしたネ。とりあえず...役所燃やしにはいかなくていイかな」


その差は歴然だった。公費からは偽貨はほとんど出ていなかったにも拘らず、私費からはボロボロと土くれが現れ、50枚ほどが化けの皮をはがされていた。

つまり、役所が嵩増ししようとしたという面倒なことではない。どこかの誰かが、自分の富を増やそうとしたという単純な犯行の可能性が高いと推測ができた。


「公権力の敵にはならずに済みそうだ...よかったよかった」

「あ、あの...ボク、そろそろおつとめに行かないと...」

「あ、すんません。最後にちょっといいスかね?」


ベリルはおもむろに立ち上がると、金庫から少し小ぶりな麻袋を大量に持ち出してきた。数は20は軽く超えているように見える。


「これ、向こう3年分の1ヶ月ごとの私費でス。元々は硬貨の質とか調べるために取っておいたやつなんスけど...これも水だけ掛けてもらっていいスかね?」

「あっ、は、はい...」

「あとはワタクシとマルヤマさんでやっときますんで」

「えっ?」





「...えっと...」

「......うん」

「お、おつかれ...さま?」

「......うん」

「その...あの、な、何があったの?」


その夜、家に帰ってきた丸山はもう抜け殻のようになってしまっていて、サーシャからすると砂漠にいた時よりも元気がないように見えた。目は虚ろでどこか遠くを見つめ、ふらふらと気力のない四肢を揺らしながら椅子に座り込んでいる。



「......もうしばらく、ダカットは見ないぞ」

「お、おつかれ...な、なんか分かった?」

「......4ヶ月おきに、ちょっと土の色が変わってた」

「え?」

「ダンジョン募集だ。その前後で、綺麗に偽貨の材料が変わってた...」

「あぁ、だ、ダンジョン......あれ?た、確か...」

「......ダンジョン行って調査して来いってさ」


肺がひっくり返ってしまうのではないかと思えるほどの大きなため息を一つ付くと、寝るとだけ言い残して彼は亡霊のように寝室へと歩いて行った。

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