14話 偽貨
初仕事から二月ほどが過ぎた。丸山はもう慣れた手つきなもので、クエストの貼られた掲示板を見繕っていると、普段の薄茶けた屑紙とは違う、真っ白で艶々した、およそこの建物には不釣り合いな縑帛で大々的に張り出された依頼書がひときわ目を引くのに気が付いた。
『クエスト募集中 ダンジョン新階層探索 成功報酬金500000000ダカット 支度金400000ダカット 条件:魔法検定準1級以上』
最近ようやく受付嬢や友人に聞かなくても理解できるようになった文字を読んでみると、そう書かれていたので応募してみることにした。他のクエストとは文字通り桁が違う報酬金だった。
「ちなみにマルヤマさん、支度金のご用意って出来てます?」
「いや...なんです?それ」
「依頼主の方が足切りとして、一定の資金力と実力を持つ冒険者じゃないと受け付けない!ってクエストがあるんですよね。今回の場合だとマルヤマさんは検定は問題ないですが...支度金大丈夫です?」
「......ちょっと確認してきます」
「気をつけてくださいね、このクエスト、10人で締め切りですから」
その日の夜、彼は自宅で胡座をかき、自分の稼いだダカットを20枚ずつ積み上げていた。
「えぇっと...あれ今何枚だっけ」
「お、お風呂お先...な、なにして、るの?」
ホカホカと湿った青い長髪から湯気と立て、紅潮した頬のサーシャが近付いてくる。丸山の湯加減は今日も絶好調な様子だった。
「濡らしたまま出てくるなと...ほら、乾かしてやるからこっち来い」
サーシャを椅子に座らせ、極弱火で彼女の髪を乾かしながら、慣れた手付きで手櫛で梳いてやっていると、ジャラリと何かが崩れる音がした。音がした方に目をやると、積んだ金貨の一山が崩れていた。
「うわ、またやり直しだ...くそ...」
「これ、な、なんのため...に?」
「ダンジョンの新層開拓?みたいなのがクエストに出ててさ。やろうと思ったんだけど、前金がな...」
「だ、ダンジョン!?」
「あーっ!?」
勢いよく身を乗り出して来たサーシャの足が机に当たり、積み上げて来た全ての金貨の山脈が崩れ去った。
「おい凄い音したけど大丈夫か今の?」
「だ、だいじょう、ぶ...ごめん、それより、その...ダカット...」
「いいよ、また積み直すし」
特に気にした様子もなく、再び丸山は彼女のドライヤー係としての役目を再開した。
「じゃ、じゃあボク、ちゃんとつ、積み直すね...」
そう言うとサーシャはコロコロとした拳大くらいの水塊でダカットの山を包み込み、中で積み直し始めた。すると。
「お、おいサーシャ!?なんか金溶けてないか!?」
「...え?え、えぇ、えぇぇっ!?」
5枚ほど、水の中で金貨がボロボロと崩れて土塊へと変わりはじめていた。
慌ててサーシャが魔法を解除すると、いつもと変わらない輝きを見せる大多数の金貨と、土塊に変わりかけた金貨が無造作に転がった。
「......なんじゃこりゃ」
翌朝、丸山は壊れないよう慎重に指先で摘んで手のひらに乗せ、まだ地平からよじ登って来たばかりの朝日を頼りに件の金貨を観察していた。
500円玉くらいのそれは半分が既に醜い薄灰色の埃が混じったような土塊に変わり果てていて、まだ金色を保って光り輝く部分との境界には小さな亀裂が入っていた。まるで、無理やり金色の袋に詰め込んだ土が溢れ出して来たかのような印象だった。
「ど、どう、どうしよ、これ...?」
オロオロと慌てながらサーシャが家から出てきた。いつもの出勤時間までには、少し時間がある。
「サーシャ、ちょっと冒険者組合来てくれないか?」
サーシャを伴った丸山が組合に入ると、冒険者たちの目線が一斉に降り注ぎ、少しざわめきの波が起きた。
丸山は既に冒険者組合でもなかなかの注目株であったし、サーシャはここに来るのは将棋事件以来だったが、ほとんど毎日教会前の道を掃除していたので、修道服を着ていなくとも彼らに顔は知られていた。
しかし、その周囲の人間に一瞥もくれることは無く、2人は一直線に受付に向かって受付にその偽物の金貨を突き付けた。
「あ、おはようございます。シスターも今日はどうされまし...え?」
「これ、何か分かります?」
「あ、あの…こ、ここのっ報酬金から、出てきた...んです、けど…」
その一言で、受付嬢の表情が凍り付いた。
「その、ちなみに...それはいつ頃のとか...?」
「いやさすがにそこまでは…ちょっと分からないですけど。ちょっとその袋貸してもらっていいですか?......サーシャ、頼む」
「う、うんっ...」
報酬金が入った1000ダカット用の麻袋に水魔法がぶつけられた。受付嬢が慌てて中身を確認すると、果たして袋の中にあった一枚がジワリと、突き付けられたものと同じように土くれに変り果て始めていた。
小さく受付嬢は悲鳴を上げた後に深呼吸をして何とか心拍を落ち着けた。そして無言で丸山とサーシャの手首をつかむと、有無を言わさず裏手へと引きずり込んでいってしまった。
「なっ、ちょ、おい!離せ!まずは話を...誰か助けてくれーっ!」
「い、いたっ、痛い痛い!は、はなしてっ、は、離してくださいっ!」