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12話 はじめてのおしごと その2


決して荷物にならないように、しゃにむに手を動かす。

ホウキはサーシャにとっては大きく扱い辛いことこの上なかったが、自分と同じくらいの背丈のアルテアが力強くホウキを振るう姿を見せられては、変えてほしいとも言いづらかった。

朝に掃除をしていたアルテアを見て、ホウキに振り回されているようだと感想を持った自分を心底後悔した。間近でよく見てみれば、彼女の体幹が素晴らしいものであることにサーシャは気が付いた。体は大きくなく朗らかに笑う人なのに妙な迫力を感じるのは、声の大きさとその肉体の力強さからだろうか。


「......どうかされました?」

「い、いえっ...!す、すみませんっボク...すぐお、終わらせますっ」

「あんまり急いでしまっても良くないですから大丈夫ですよ?ゆっくりでも良いですから丁寧に、礼拝に来られる方が気持ちよく来られて、爽やかに帰れるようになればいいんです」

「は、はひっ...」


再び手を動かし始めたサーシャを見て、アルテアは再び微笑んだ。


「よしっ...こんなものでしょう。サーシャさん頑張りましたね!」

「ボ、ボクなんて...全然、お、お役に...」


小一時間ほど2人で掃き清めたが、事実教会の玄関口から前の道に至るまでの広い範囲の大部分を掃いて清めたのはアルテアの方だった。


「最初なんですから全然構いませんよ?私なんて最初は……えぇっと......その……いろいろ、迷惑かけてしまいましたし」

「あ、アルテアさん、にもそんなこと、あ...あったんです、ね…?」

「あったと言いますか、あり続けてたと言いますか……ははは...とりあえず中の掃除もしちゃいましょうか」

「は、はい...」


アルテアは変わらず柔らかい笑顔だったが、その奥の奥になにか凶暴な黒いものが潜んでいるような気がして、サーシャは口をつぐんでしまった。足早に2人はホウキを片付けて屋内へと戻っていく。



「では次はガラスを洗っていただけますか?魔法を使っていただいても構いませんよ」

「こ、ここっ...ここでっ、ですかぁ...っ?」

「大丈夫です、ここで系統が水というだけで何か言う方はいませんよ。もしいたら私が何とかしますので」


頼もしい言葉と共に高速でシャドーボクシングを繰り出すアルテアに、サーシャは過去の彼女の姿を見た気がした。

二度三度、部屋を見まわしてからもう一度アルテアを見た。彼女の青い目と視線がぶつかり、アルテアは首をかしげて微笑んだ。


「わ、分かりました...は、始めます」

「お願いします!割らないように気を付けてくださいね?一枚で3か月はただ働きになっちゃいますから」

「は、はひっ...」


何気なく言ったそのアルテアの一言が最も恐ろしかった。震える手を必死で抑えながら、水塊を作り出し、それを優しくステンドガラスに撫でつけた。赤や青、オレンジに緑の光がその雫の中で複雑に屈折し、ゆらゆらと踊っていた。その景色を美しいと感じながらも、サーシャは綺麗になれと念じながら自らの魔法を少しずつ、下へ下へと降ろしていく。



「すごいすごい!サーシャさんお上手です!ここのガラスのお掃除、みんな手間取っちゃってて困ってたんですよ!」

「へっ...?」


いつの間にかはるか高い所にあった雫は、サーシャの膝下くらいの低さの、ガラスの一番下にまでたどり着いていた。どうやらガラスの美しさに見惚れていたあまり、終わっていたことに気が付けなかったようだ。


「すごい魔法お上手なんですね、サーシャさん!私なんて回復以外はもうずっと不器用で...」

「そっそんなこ、と...は...ほら、水滴がついちゃってますし...」


サーシャが指さした先には、確かに細かい水滴が窓についてしまっていて、ゆっくりと下へ下へと垂れ下がっていた。


「あ、ほんとだ...これじゃ輪染みになっちゃうかな...」

「す、すみません...っ!ボク、こんな、ち、小さい水滴は、あ...操れないんです...」

「うーん...じゃあちょっと待っててね、お掃除が得意な子呼んでくるから!」


そういうとアルテアは勢い良く礼壇の脇にある、裏手へと続く道へと消えていった。



待っている間に乾いてしまっては大変だと、サーシャがステンドガラスに水滴を転がしていると、アルテアがもう一人のシスターを伴って帰ってきた。彼女はアルテアよりも、サーシャよりもさらに頭一つ分ほどは小さかった。

子供なのかな、とサーシャが勘案していると、その子供は目尻の辺りでピースサインをして高らかに宣言した。


「ばぁーっ!超絶最かわ天才シスターのエミーちゃんでぇーっす!」


サーシャが初めて見るタイプの人間だった。


「......あ、う...その」

「エミーさんです。まぁ...こういう子です。根は悪い子じゃないので、やさしくしてあげてください」

「そうそう、エミーいい子だもん!毎日お祈りしてるし歯磨きしてるし!」


えっへん、と胸を張るエミー。ほとんど子供、それもサーシャから見て、齢は2桁に達しているかも分からないほど幼い挙動に見えた。

アルテアもやや困り顔で腕を組み手を頬に当ててエミーへ諭すように言葉をかける。


「えぇっと...エミー、本題に入りますね。そこのステンドガラスをそこの方...見習い新人のサーシャさんです。彼女が洗ってくれました。ただ水滴が余っているので、それを拭いてほしいのです。私もそろそろ別の用事が...」

「いいよ!でもその代わりィ~...」


エミーはショートボブのピンク髪を跳ね上げ、ポンと指先でサーシャの鼻先をつついて宣言した。


「サーシャちゃんが、私の友達になってくれること!」




ころころと水塊がステンドガラスを転がり、そのあとをふわりと風が舞う。面倒だとシスターたちに敬遠され続けたガラス掃除は、2人の魔法の見事な共同作業によって驚異的な作業効率で進められていた。

驚くべきは、エミーの正確無比なその風系統魔法だった。窓についた水滴を優しく隅に追い詰め、魔法をつむじ風のように転じてそれを掴み、すぐに散らしてしまうのだ。

しかもその針の穴に糸を通すような高度な作業をしながらも、彼女はおしゃべりを止める様子はない。むしろ、アルテアから解放されたといわんばかりにサーシャとのお話に熱が入っていた。


「サーシャちゃんの水魔法、なんかスライムみたいで可愛いね!ペットにして飼わない?」

「えぇ...?そ、そんなかわい、い...かな...?そっ、それに、そんな、ずっとはた、保てないよ...」

「えぇつまんなーい!サーシャちゃん、もっと頑張ってできるようにして!」

「が、頑張り、ます......?」


いったいそんなことに頑張ったら自分の魔法はどういう風に育ってしまうのか。

それに自分で生み出した魔法を可愛いなどと思ったことは一度もなかった。サーシャにとって、この自らが念じて生まれてくる水は人生をめちゃくちゃにしてきた怨敵であり、逃れることのできない魂に深く撃ち込まれた呪いのようなものだった。


「え、えっエミーちゃん、は...その、みみっ水魔法...ど、どう思ってる、の?」

「うん?綺麗だなぁって。エミーのお姉ちゃんも水魔法でね、お家に帰ると、いっつもそのお水で遊んでくれるんだ!」

「へぇ...す、すごいお姉ちゃんだね…え、エミーちゃんもま、魔法上手だし...」

「エミーは天才だからね!お姉ちゃんからも風魔法は一級品ってお墨付きだよ!」


綺麗。それはサーシャがこの世界の人間からもらった初めての評価だった。あの山小屋で聞いたアグムントなる世界や彼のいた世界だけではない。もしかしたら彼女のまだ全く知らない世界が、もしかすると今ここに立っている、彼女が過ごしてきた世界なのかもしれなかった。


「あ、そ、その、エミー...ちゃん」

「なぁに?」

「そ、そのっ...窓掃除が終わったら、い...いろいろお話してもダメ...かな?」

「いいよ!じゃあおやつ貰いに行ってねぇ、エミーのお部屋集合ね!」


ステンドガラスの掃除を終えた二人は厨房でビスケットをもらい、修道寮にあるエミーの部屋で2人楽しく話をし明かした。勤務初日からこれで大丈夫なのか、とサーシャは不安で仕方なかったが、アルテアはエミーがうまく丸め込んでしまったようだった。


2人でいろんな話をした。ゴローミンの町で一番おいしいご飯を食べれる店。そこは高いので、なかなかシスターとしての賃金だけではエミーも手が出せないらしい。5日2人でそこに行こうと約束を交わした。


好きな男の子のこと。エミーは大人な男性が好きだが、どうしても同年代にはそんなカッコいい落ち着いた人はいないこと。サーシャも好きな人はいないと答えようとしたが、そう言おうとする度に一人の男の子の顔が過って、結局答えられなかった。

そして本当はいるんじゃないかと言われ、散々にエミーからの質問攻めにあってしまったが、名前を言うことだけは阻止した。


結局その好きな人を一番高いお店に行くときに連れてきて3人で食べよう、ということに落ち着いた。

なおサーシャは最後まで、好きな人がいることを証明させるためのエミーが仕組んだ罠だということに気が付かなかった。


疾風のように流水のように時間は流れ、日の入りの鐘が響いた。仕事を終える合図だった。


「あ...ごめん。ぼ、ボクそろそろ帰るね…?」

「......うん。明日もまた、エミーと友達だもんね?」

「う、うんっ。もちろんっ!」

「分かった!ばいばいサーシャちゃん!その男の子にエミーのお話、しといてね!」

「んなっ...!」


寮を出て公礼拝室に出る。人っ子一人もいない伽藍洞。マルヤマを迎えに行こう。きっと彼なら冒険者になれないなんてことは無いだろうけれど、慣れないクエストでケガでもしてたら一大事だ。


表に出ると、沈んでしまった夕焼けでもピカピカに光る鎧を着こんだ衛兵が1人、サーシャに近付いてきた。


「シスター、お勤め終わりに失礼。不躾ながら、あなたのお名前はサーシャとおっしゃるのでは?」

「へっ…?は、はひっ...そ、そう、ですけど...?」


落ち着いた、紳士的な衛兵の態度が逆にサーシャの恐怖心を煽り立てた。もしかしたら、ザイバルからの命令かもしれない。その考えに至った途端、心臓を擦りおろされるような底冷えした感情が彼女の腹底から湧き上がる。


「おぉ良かった、神に感謝いたします。えっと...その、あなたの知り合いだと名乗るマルヤマという方が冒険者組合で大暴れしていまして。できればお引き取り願いたいのです」

「...............はい?」

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