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苦手な方はご注意ください。

仮面外れる時・オールドボンド

作者: 陽田城寺

仮面外れる時

https://ncode.syosetu.com/n3428eg/

上記作品の二次創作みたいなレベルで読んでいないと楽しめないです(断言)


「祝いたいよね、誕生日」

「……どなたかの誕生日なのですか?」

「未代誕がもうすぐなんだって。この間夢生ちゃんが言ってたよ」


 友達として誕生日を祝ったこともなかったけど、今や彼女なのだからそれはもう、祝って当然だ。

 不破さんのことだから、自分からこっそり夢生ちゃんにそれとなく伝えさせるまだるっこしいことをしてそうだけど、あえてその罠にハマってやるのも恋人というものだと思う。


「それで未代は何か欲しいものとかある?」

「うーん。どっちかというとサプライズで良かったかなぁ」


 何を隠そうここは不破家の未代室。数日後に祝われるご本人を前にこうして話を切り出したのだ。


「愛染くんがきっちり喜ばせるならサプライズはやめておいた方がいいって」

「誰? なんかせっかくだから楓に楽しませてほしかったんだけどなぁ」

「もちろんしたいこととか協力するよ。私も智恵理も愛染くんも」

「だから誰? えー、でもしたいことかぁ。欲しいものは……指輪とか?」

「高価なものとか重いのはサプライズだとハイリスクハイリターンだって愛染くんが……」

「だから誰だよそれ!?」

「クラスメイトだよ!! 私たちのオシャパリ先輩!」


 愛染銀之助、オシャレパーリーピーポー略してオシャパリ。三人の中で学力に劣る私は、彼にアホのシンパシーを覚える。……それはそれとして、彼への相談を決めたのは意外にも智恵理からだった。

 夏祭りの時、私と離れ離れになって射的に興じるようになったのも、プレゼントしたら樋水が喜ぶかもみたいにあれよあれよと乗り気にさせられたとか。曰く、人を巻き込む力があるとか高い評価をされていた。私は聞き流していたけど。

 ただ、せっかくの誕生日だから喜んでほしい。だから相談は真面目にした。


「オシャパリ……あー、思い出した。チャラいやつね」

「うんそう。軽薄そうなやつ」

「もうちょっと相手選んだら?」

「今はそういう小言はいいから! 別にないならないでいいよ。その日は不破さんには家族水入らずで過ごしてもらうよ。悲しいけど智恵理と二人きりで過ごすよ」

「そんなんなしでしょ!? じゃあ誕生日は楓を独り占めする! 智恵理抜きで!」


 おいおいそれは。

 つい売り言葉に買い言葉で出てしまった発言に、私と未代は少し不安に目を合わせてから、智恵理を見た。


「私は、構いませんが」


「……いやいや、冗談だって智恵理さん。三人でなにかうまいもの食いに行こう。なー」

「そうだよ。未代だって本気で言ったわけじゃないからさ」

「それが一番のプレゼントになるのならば……」

「ならないって! 三人で過ごす時間が一番プライスレスだから!」


 どうどう、寂しいことをいう智恵理の頭を撫でたり、未代が頬を寄せたり、変な慰める場所になっていた。

 どういう考えて智恵理がそう言ったのかはわからないけど、自分から離れてしまうようなことを提案するのは絶対に良くない傾向だと思う。誕生日を祝う以前に、変な課題がでてきてしまった。

 そんな一抹の不安を抱えながら、バースデーパーティの計画はつつがなく進んでいく。


―――――――――――――――――――――――


「お鍋♪ お鍋♪ お鍋♪ お鍋♪」

「その気狂いそうな歌やめてくんない?」

「え? なんで? お鍋だよ?」

「そんなに嬉しい? 恥ずかしいよ、私は」


 不破さんは呆れ気味だけど、私にとってはそれほど嬉しいことなのだ。

 お金だけあって、でも家族はいなくて、適当に食事とかをお菓子で済ませていた私は、最近になってようやく料理のことを考えたり、ほとんどコンビニのご飯とかにしたり、油断してお菓子を食べてご飯を食べなくなったり……と将来体を壊しそうな生活をしている。

 そんな自暴自棄をやめて、改めて自暴自棄の時でもハードルが高くて手が出なかったのがお鍋。

 最近じゃ一人用の食事として楽に作れるし売ってもいるけれど、私にとってこれはみんなでつつくものの象徴みたいなもので……、一人で食べるとなんか嫌いな食材とかも食べないとダメで……。


「みんなとお鍋食べると、家族になった感じもするしね」

「それは……うぅん」


 ふい、と未代が目を逸らす。そんな他意はないけれど、まあ勝手に勘違いさせておこう。

 何を食べるとかどうするかとか、何をしたいかって夢生ちゃんにそれとなく聞かれたから、これも未代の思い通りなんだろう。自分の誕生日なのに私のしたいことを優先してくれたのだから、思う存分はしゃぎたい。


「智恵理はどう? 嬉しいよね、お鍋」

「そうですね」

「ま、未代にはわかんないよ。この……まあ」


 家族がいない寂しさ、なんて言うと、別にそこまで深い話じゃない。

 クリスマスにツリーが飾ってあるとか、そういう些細な話なんだ。変に口ごもっちゃったから変に気を遣わせちゃったけど。


「いや嬉しいって。楓のこと大好きだから、そりゃあもう」

「へへ。ま、そうだよね」


 ほどほどに濁して、もうお店も近くというところだ。

 別になんてことはない、ファミリー向けの鍋料理屋、全国でチェーン展開されている、名前を聞けばああ近くにあるなぁと思うようなごく普通のお店。

 人通りもまばらな道の、賑やかなファミリー向けのお店が並ぶそこを目前に。

 意に介さないくらい、ありふれた少女とすれ違った瞬間に智恵理が息を呑む音がした。


「……八科先輩?」

「……っ、留実音(るみね)……」


 智恵理の、喉の詰まる間、零れる吐息のような声、表情に出ない彼女の、最大限の驚愕と不安が私に伝わる。

 すれ違いかけた少女は、買い物の途中なのだろうに、脇目もふらずに踵を返して走り出した。


「えっ! 君ちょっと! あっ!!」


 鞄を落としているし、ポケットからスマホも落ちている。それなのに振り返りもせずに走る彼女を見て尋常じゃないものを感じるけれど。

 智恵理が、それを拾って、猛然と駆け出した。


「ちょっ!! ちえ……」

「すみません! 先にどうぞ!!」


 見たことがない智恵理の姿に、その大きな声に、私はこれ以上追求することもできず。

 未代の顔を見ると、未代も呆然としているようで。


「……えっと……」

「……とりあえず、一旦入る?」

「……まずメッセ送るわ」


 図らずして、私と未代は二人の誕生会ということになってしまったのであった。


―――――――――――――――――――


 冗談めいた雰囲気で、智恵理のやつには楓と二人きりの誕生日が良いなんて言ったが、いざ二人残されると嫌な気分だ。

 もちろん嬉しい気持ちもある。楓と一緒にいられること、それで距離を縮められたらその日一日は嬉しい気持ちが続くだろう。

 だが、今は智恵理の心配の方が勝つ。あんな智恵理は見たことがない。楓も、もちろん私もだ。

 そのせいで結局、近くのファミレスに入ってしまった。二人で鍋は……誰も喜ばないし。

 表情が大きく変わったわけではないが、あの鉄人の全力疾走は体育の授業でも早々お目にかかれない。あの大きな声も、懇願しても出るものじゃない。

 楓が退学しそうになった時も、大きな声は出さなかったし。今回が切羽詰まっていたからだろうが、こっちの心中は智恵理の変わらない鉄仮面を見るまで穏やかではない。


「とりあえずメッセは送ったけど……」

「……夢生から連絡来た。るみね、獅童(しどう)留実音(るみね)。……元カノだって」

「あ。あぁ……例の」

「ん~……どうしよ? とりあえずドリンクバー入れてくる。未代は何飲む?」

「お茶でいいよ」


 話をぼんやりとしか聞いていなかったが、ファンクラブもできるくらい狂気的な人気のあった智恵理に告白して、付き合えたのに、智恵理のことが理解できなくて破局した女子がいるという話は覚えている。それが今、偶然ばったり出会ってしまったということだろう。

 そんなに追いかけて何をするんだか、とは思うが、智恵理も何か思うことはあるんだろう。

 あれでも智恵理は、中学の時から随分と変わったように思うから。怖がらせていた後輩の女子に対して、今だからこそ何かすべきことか言うべきことがあるんだろう。

 だからって私の誕生日会を放っておくのか。そりゃ友達甲斐がないぜ。

 落とした荷物を届けるだけ、で済ますような鉄仮面であったら私は助かるけど、それはそれで小言を言う。今の智恵理なら、たぶんすぐには済まさないだろう。

 ……むしろ、私もメッセを送ろうか。ちゃんと改心したと伝えて、よりを戻そうとなって、ここまでその留実音って子を連れてくればいい。四人で鍋をしながら昔の智恵理のくだらない話でも聞ければ、良い誕生日になる。

 いや、仮にもこの三人の恋人関係、元カノなんて連れてきた日には『誰よその女!?』ってヒステリーに騒いでもいいかもしれない。智恵理の困った雰囲気も見てみたい。


「ふ、不破さ~ん……」

「ん、なんだよ楓遅かったじゃ……」

 

 困った顔の楓がコップを二つ置く。

 その後ろに、知らない女子が二名。


「……だ、誰よその女たち!?」

「どうも~、楓と友達、やらせてもらっていました(はた)です」

「ひ、日村(ひむら)です……」

 

 派手めな子と、大人しそうな子。

 二人は楓を私の側に座らせると、対面の席に座ったのであった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「留実音」


 ようやく、腕を掴んで彼女を抱きとめることができました。

 その行動に、表情に、どれだけ私のことを警戒しているのか、怯えているのか、それが理解できない私ではありません。

 けれど、それ以前の問題です。


「鞄とスマートフォン。落としています」


 違う。

 私が伝えなければいけないのは、それじゃない。


「私は……」

「八科先輩……」

「私はあなたに謝らないといけません」

 

 不意を打たれたような驚きの表情ながら、全力で走って息を切らした留実音は少し咳き込んでいる様子で。


「ひとまずどこかで座って話しませんか?」

「えっと……いいんですか?」

「……私からのお願いです。あなたに、聞いてほしいんです」


 留実音は、揺れるような僅かな動きで首肯し、私に掴まれた手を握り返してついてきてくれました。

 街の中心からは少し離れた人気のない喫茶店の中で、腰を下ろしました。

 まだ落ち着かない様子でそわそわとしている留実音に、私は私が言うべきだと思ったことをなんとか伝えようとしました。

 けれど、彼女の緊張が伝わるかのように、私も頭の中が真っ白になって、言うべき言葉が見つかりませんでした。

 私は、私のせいで人を傷つけたり、苦しめることがあるのを知っています。傷つけぬようにと振舞おうとしても、それすら裏目に出てしまう。

 私を一身で育ててくれた兄にも、私を孤独から救ってくれた楓にも。

 私に親しもうとしてくれた留実音にも。


「……ありがとうございます、私を好きになってくれて」

「えっ……それは……」


 私にとって、彼女と過ごした時間は決して長いものではありません。それでも、誰かに必要とされたという気持ちは……。


「皮肉、ですか? 私は、ちゃんと先輩のことを好きでいられなくて」

「違います。決して、そんなことは」


 また、やってしまった。

 視界が明滅するほど、私はショックを受けて。

 やっぱり私はこんなにも弱いものか、と悲嘆にくれそうなところを。

 彼女の小さな笑いが聞こえて。


「……ふふっ、わかってます。先輩がそんなこと言わないって」

「……るみ、ね」

「変わりましたね、八科先輩」


 留実音は、とても落ち着いていました。

 目元を軽く拭って、小さく息を吐いて、どこか寂寥感を覚えさせる振舞いと共に、私の目を見ずに。


「ありがとうございます、かぁ。……私も、嬉しかったです。本当に、先輩が付き合ってくれて」

「……けれど、それで留実音は」

「私も謝りたかったんです。先輩のことが好きなのに、好きだったのに、……自分勝手なことをしました」

「いいえ。留実音、それは」


 私が悪い。


「いえ、先輩は悪くありません。私が怖くなって逃げただけです。さっきだってそうです。あんな馬鹿みたいに走って逃げちゃって……」

「……けれど、それとこれとは」

「もっとありますよ。先輩のことをちゃんと見ていないから、噂ばっかり鵜呑みにしてましたし。先輩が、こんな風に落としたものを拾ってくれたり、私を追いかけてくれたり、……こんなにも優しい人なのにちゃんと先輩のことを知ろうとしなかったんですから」

「それは、私の家族のことで」 

「なおさら、ひどいのは私ですよ。……先輩、だから仕方ないとか、だから私が悪いとか、そういう風に考えるのはやめてください。……もうちょっと好き勝手に、思うようにしてください」


 留実音は、以前に比べて随分と変わったようでした。

 私の顔を見るのも嫌だと、最後に会った時は涙を流して懇願するようですらありました。

 それは、悲しくもあり、けれど理解の範疇でもあり……言葉も少なに彼女の気持ちを受け入れて、彼女の楽になる方にと大人しく関係を断つことにしていました。

 それは、私にとっても楽な道を選んでしまっていたのだと、楓と会って気付いた。

 理解も得られないまま、孤独であることに甘んじていた。

 留実音の気持ちを理解しようともしなかった。

 今の私なら。


「私はあの時、手を離すべきではなかった。謝らせてください。すみませんでした」

「……八科先輩は、大事な人と出会えたんですね」

「わかりますか」

「はい。だって本当に、凄く変わりましたから。きっとすごい人なんでしょうね」

「彼女は、楓は」

「私からも、本当に、すみませんでした」

「なぜ、なぜ謝るんですか。私が…」

「私が悪いんです。恋人になりたいって言ったのに、ファンの時からなにも変わっていなかった。先輩のことをちゃんと見てあげられなかった。怖くなって逃げて……それで……」


 一息、飲み込んでからは重い雰囲気で言葉を続ける。


「先輩がそれで傷ついたことさえ気づかなかった。八科先輩だから大丈夫なんて思ってた、から」


 それは、確かに見当違いで、謝罪の理由としては充分に思えます。

 それでも仕方ないと思うのは、私が私だから。私のような人間だから。


「八科先輩も、普通の女の子なのに……」

「……充分です。それで、……充分ですよ。ありがとうございます、留実音」


 留実音がハンカチで目元を拭うのを見て、けれどその顔の妙に爽やかなところに、安心を覚えました。

 

「お互いに、想っていたのですね」

「……ですね。ふ、ふふっ。こんなことなら、もっとちゃんと話しておけばよかったです。もっとちゃんと……話していたら……」


 留実音は、そのまま泣き崩れてしまいました。

 私も、胸が締まる想いで過去を振り返ります。

 ほんの短い時間、彼女の顔を見るまで、名前を呼ばれるまで、忘れかけていた、確かにあったその時のことを。

 私を好きになってくれた人と結ばれた時のことを。


「留実音……」

「あ~、っ、湿っぽいのは、嫌なんですけど……、すみっ、すみません」

「……構いません。いくらでも待ちます。今なら……待てます」


 あの時と同じ失敗はしない。

 そう思っての言葉でしたが、楓と未代からメッセージが来ていることに気付きました。

 ああ、確かに、いつまでも待っていたら未代の誕生日を祝えません。


「ところで留実音、このあと時間は大丈夫ですか?」

「……な、なんです?」

「……鍋を」

「……はい?」


――――――――――――――――――――――――


 肩身が狭いのなんのって。


「楓の中学時代の友達ねぇ。中学卒業して即音信不通。へぇ~」

(はた)恵梨香(えりか)。こちらの眼鏡っ娘が日村(ひむら)京子(きょうこ)です」

「あ、の、不破さんは大学生ですか……?」

「いや、同級生だよ。不破未代、未来の未に先祖代々の代で未代。よろしくね~」


 楓の過去について、そういえば聞くことがなかったと思ったけど、畑の強圧的な態度を見ればわかる。


「わかるよ恵梨香ちゃん。こいつら連絡ガン無視して高校退学とかしようとしてたから」

「え、えぇっ!? 大丈夫だったんですか!?」

「もうちょちょいのちょいで家調べて突入したよ。いや~でもあの時は本当にヤバかったわ。ねぇ、楓」

「あはは……うん……」


 強気に言うけれど、あの時は私もほとんど何もできていなくて、智恵理のおかげなんだけど。

 しかし、卒業のタイミングで音信不通になると本当に詰んでいたかな。進学先が分かっていれば解決できそうだけど、それはそれで『そういうものか』で受け入れてしまうのかもしれない。

 にしても、こんな気まずそうな楓はなかなか見られるものじゃない。


「まだそんなことしてましたの? 気を付けた方がいいですよ、不破さん」

「もう大丈夫よ。なんたって、カ・ノ・ジョ、なんで」

「えっ……カノッ!? 楓さんが!?」

「まあねぇ。もうAもBもCもZも済ませているからねぇ」

「Zも!? AもVC3000も!?」

「のど飴もね」

「ノーベルですね」


 京子ちゃん、言うことがそれでいいのか。と思ったけれど。


「……どこかのお菓子食べまくりガールのおかげでお菓子の話が捗るね。会社名まで覚えちゃって」

「えーっと……なにか食べますか? 私は今日奢っちゃおうかな~……なんて」


 こんな見たことのない楓を見られるなんて最高! これ以上の誕生日はないかもしれない。いやぁ面白い人たちと出会えた。


「ミックスグリルとライスのセットにティラミスとフォカッチャ、いただけますか?」

「ハンバーグドリアと温玉豆サラダに水牛モッツァレラピザにキノコのクリームパスタ。あとティラミスとバニラアイスもいただけますか?」

「京子ちゃん食べるね。楓みたい」

「ピザはみんなで頂きましょうよ。ねっ樋水さん?」

「……は、はい……」


 めちゃくちゃ腹黒いか、本当に悪意がないのかわからない子だ。でも恵梨香の方もドン引きしてるから、やっぱり怒ってはいるんだろう。

 これは、聞くしかない。楓の昔話を、二人のことを。


 ―――


畑「そうそう。イベントとか行事とか張り切るくせに妙に付き合い悪いですよね」

日村「結局、どこに住んでいるのかもわからなかったから会えませんでしたし……卒業したら即ブロックで着信拒否ですよ!? ひどいと思いませんか!? ねぇ樋水さん」

樋水「その……若気の至りと申しますか」

日村「ねえ樋水さん」

樋水「ひどいと思います。申し訳ございません」


 ―――


畑「……そんな事情が」

日村「言ってくれればよかったのに」

不破「言いたくなかったんでしょ。あれあれ、中二病だよ。チューニビョー」

畑「ぶふっ!! いや笑ってはいけませんね。楓さんは楓さんで寂しかったわけですし」

日村「納得はできませんけど、理解はできました。言ってくれれば、私だって……」

樋水「若気の至り、だよね。ん、ん、同情してくれたのなら、その、まあお代の方とかは」

日村「反省してるんですよね」

樋水「あ、はい。もちろんです。大船に乗ったつもりで好きにしてください」


 ―――


畑「私が覚えている限りで50回は超えていますね。お菓子食べて生徒指導室行き、それで45回は反省文書かされていらしたかと」

樋水「それホントに言わないでって!!」

日村「修学旅行の時も林間学校の時も持ち込みと現地購入で反省文書いていましたね」

樋水「やめてってば!! 本当に」

不破「グフっ……ヒヒッ……楓、店内では静かに……ぶふーっ!!」

樋水「未代のがうるさいんじゃん!!」


 ―――


 ――


 ―


 針の筵なんてものじゃない。

 三人の拷問による恥辱たるや、過去の行いの全てを反省してウジ虫になるくらいの気持ちだった。

 そこで、ようやく助けがやってきてくれた。


「こちらでしたか。……楓、どうかしたのですか?」

「智恵理……うっ、うっ、うわーんっ!!」


 もう智恵理に抱き着くしかできなかった。

 過去の恥ずかし話も今の真剣な話も、思い返せば全部遠い過去のようだったのに、確かに一本につながった地続きの、私の歴史だった。

 詳らかに暴くものではないというのに、三人の話の盛り上がりと言ったらもう……、ずっと肩身が狭いってレベルじゃない。こういう刑罰って言われたら信じるくらいだ。


「もう、不破さんきらい。智恵理に慰めてもらうもん」

「おい楓、まだルミネちゃんに紹介とか……」


 そんな未代の声を遮るみたいに、声が同時に響く。


「不破未代って『眠り姫』ですか!?」

「八科智恵理、宵空高校の八科智恵理!?」


 獅童さんは未代を、そして二人は智恵理のことを既に知っているらしかった。


「……とりあえず積もる話はあとにしてお鍋食べよう?」


――――――――――――――――――――――――――――――――


 三人の予定が六人になり、大所帯でのお鍋が始まる。

 旧知の仲で話したいこともあれば、初めての出会いに心がときめくこともある。


「恵梨香と京子ってバスケ部に入ったんだ。へ~」

「宵空高校の八科智恵理は有名だよ? 秘密兵器がついに動き出したって……。一対五のバスケで勝ったって変な噂もあるくらいだから」

「あ、それ本当だよ」

「いえ誤解です。正規ルールではありません」


 マネージャーをしている京子に事の顛末を話している間に、獅童さんは未代に改まった態度を取っている。


「不破さん、って、夢生ちゃんにはよくお世話になって。すみません、さっきは気付けなくて、起きている姿を初めて見たかもしれません」

「あははっ、そうだね。へぇ~智恵理の元カノ。可愛くていい子じゃん。フッて正解だよこんなやつ。妖怪鉄仮面だし」

「い、いくら先輩でもそういう風に言うのは……!」


 賑やかな場に話題は尽きない。共通の知人の話に、知らなかった過去のこと、今のこと。


「あ、そうだ。楓さん、改めて連絡先」

「ん、……まあいいけど」

「また消息絶たれても、未代さんに連絡が取れるから逃げられませんよ」

「……もう逃げないよ」


 未代と智恵理に、会えて良かった。

 人の繋がりは、簡単に断てない。二人が引き留めて繋いでくれたから今のこの場所がある。

 恵梨香と京子と一緒にいた中学の時も、笑いながら二人と話すと意外と楽しいことがいっぱいあったんだって思える。

 私がしていた蓋をみんながとってくれたんだ。


「……今日会えて良かったよ」

「その言葉、嘘じゃないと祈りますわ」

「へへ」


 財布は空っぽになったけど、それより大事なものは手に入った気がする。


―――――――――――


「じゃ、今日はうち泊まるよな」

「え? いきなりだね」

「頼むって」


 私の誕生日、ということで集まったのに二人の昔の友達が急に出てきて盛り上がった。

 それ自体は良い。楽しかったし二人の昔のこともいっぱい聞けたし、良いサプライズだ。

 ただ、私は昔からずっと一人だったからそういう思い出がない。そういうところに少し寂しいものがある。

 瞼の裏の煌きは、誰かと共有できるものでもなく、しかも私はそれを失いつつある。私だけの一つの輝きすら、それは楓という存在にとってかわられている。

 誰よりも大事だった煌きに、取って代わる存在が現れたことにただ驚いているんだ。

 寂しいと、思っている気もする。けれど、そのこと自体は寂しいと思っていない気もする。


「私には二人しかいないんだよ。……誕生日なのにさぁ、二人とも昔の女連れてきて」

「昔の女て。まあ智恵理はそうだけど」

「すみません」


「そうだ。チューしてよ。プレゼント」

「ま~た未代はそういうことを言って……」


 華奢に見えて、男の人より力強い腕で抱かれる。

 驚きに目を見開く暇もなく、智恵理の顔が迫る。

 いつもと違う、瞳を閉じた智恵理の顔が。


「んっ……」

 

 一瞬の接触の後、智恵理のほのかな吐息の熱に、開かれた双眸の黒さに、私が正気を取り戻すと真っ先に心臓の音の煩さに焦った。


「いかがですか」

「おま、いかがって。お前なぁ……」


 こいつ、上手いんだよな。そういうこと全般。クソ……。


「……ふーん、良かったね」

「そりゃないぜ楓。ほら楓も、んーって。んーって」

「全く……」


 呆れたように溜息を吐いた楓は、いつもと違ってはにかみながら、私の唇の近くの頬にキスをして、また照れ隠しするみたいに笑った。


「へへ」

「……お前、お前らなぁ……」


 漫画のパワーアップイベントじゃないんだから、そんな風に急に態度を変えるなよって。心臓がいくつあっても足りない。


「なんだよもう。昔の女に色々教えてもらったのかよぅ。二人して、なんかスッキリした感じになって」

「なんていうかなぁ。……二人のおかげだよ。智恵理と未代がいてくれたから、ちゃんと向き合えた気がする」

「同意します。……二人がいたから、様々なことを学べました」


 はぁ、思わずため息が出るくらい呆れてしまう。二人して満足そうな顔をして。私の誕生日なのに。

 本当に不器用な奴ら――いいけどさ。

 意外と繊細なんだ、二人は。自分が悪かろうが、悪くなかろうが、過去のことで悩んだり臆病になったりして。

 それは私にはナイ感覚だ。こうして通じ合ってきて、自分がそんなに迷わず、自由にしているって気付いて猶更思う。

 こんな風に変わる二人を羨ましく思うこともあるけれど、そういう風に煩わしい感情に振り回されることをよしとしない気持ちもある。

 私も我侭なだけじゃダメだと思うけれど、今のままでいいと思う。

 この二人と一緒にいるには、これくらい自分の我を貫かないとね。


「……よし! じゃあ今日はウチでお泊りだ!」

「すみません、兄と予定があるので帰ります」

「じゃ私もいいかな」

「なんでぇ!?」


 素っ気ない二人に対するショックは、家族水入らずでは埋まらない。もう私は、三人で過ごす時間の方がかけがえなく、貴重なものだ。

 でも二人が我を出すようになったのなら、人としての成長みたいなことで喜んでいいのかもしれない。といっても元からこの二人は断りそうな気もする。二人とも付き合いが良い方ではないし。


「……うちに来ますか?」


 智恵理が、手をとって尋ねてきた。

 それは、まさしく今までにないことだった。


「……えっと、あの、はい……」

「ちょっと!! それじゃ私も行かなきゃじゃん!!」

「頼むよ楓。私も智恵理と二人きりじゃ流石に……堕とされちゃうよ」

「智恵理も昔の女と会っていかがわしくなったねぇ……」

「……兄もいるのですが。……では、二人とも落としますよ」


 獅童留実音は、そんなに冗談を言うタイプじゃなかったと思うが。

 表情は相変らず変わらないのが恐ろしい。本当に、二人まとめて智恵理にコマされるみたいで。


「……じゃ、いっちょ落としてもらいますか」

「大胆だね。ついていきやすよ」

「……冗談ですよ? 兄がいるので……いえ、必要とあらば」


 なんていうか、下品な会話だけれど三人とも方向は同じになった。

 まあ、私がそういうのに積極的だから、私へのプレゼントっていうところでみんな考えることは一緒だったのかもしれない。

 

「いいのですか? 誕生日に、ご家族と過ごさなくて」

「ん? いいよいいよ。二人と一緒にいられるのなら」

「……いえ、それなら未代の家で過ごしましょう。兄には連絡をします」

「えー? 別にいいんだけど……、うん。じゃあそれで」


 結局は私の最初の予定通り、二人は急なお泊りに対応してくれるらしい。

 まあ智恵理には私の、楓には夢生の服を貸せるしそう困ることもない。


「にしても、本当に気を遣うようになったよな。智恵理」

「そうですか?」

「んー、気を遣うっていうか……口にするようになった」

「そうですね。もう後悔はしたくないので」


 その決意のような台詞は、覚悟の重さもあるだろうに、どこか安らいだ雰囲気を感じる声音だった。

 伊達に肌を重ねたわけじゃない。智恵理の言葉の雰囲気を、私もだんだんと感じ取れるようになってきた、と思う。

 まあ、私は泣いたところとか微笑んだところを見たことあるから、気付けなくてもいいけど。


「あ、星」

「なに? もうお鍋食べて結構経ったしそりゃ星も出るよ」

「うん。まああれほど綺麗とは思わないけどね」


 それでも、やっぱり、三人で見られる景色の方が尊いと思ってしまったから。


「ロマンチストだ」

「まあね……」

「……どうかしましたか?」

「や、べっつに~? 普通嬉しいもんじゃん、誕生日って。また来年もよろしくね~」


 からからと笑って、家に向かって軽く駆けだした。

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