龍神様が龍神様になりました
龍神様は龍神様になった。
人型から、龍の形になったのだ。
銀色のウロコを持つ龍の背に乗り、ヒナは空を飛ぶ。
高いっ。
風が強いっ。
星が綺麗っ。
「ツノをつかむなっ」
「だって、持つとこないんですっ」
「私に抱きつけばいいだろうっ」
「それは照れますっ」
と風を避けるように身を屈めながら叫ぶと、龍神様は沈黙した。
「……照れるのか」
「照れるんです」
そう呟きあったとき、森の切れ目から、走っている姉、シノの姿が見えた。
「おねーさまーっ」
と空から呼びかけると、姉は、ぎょっとしたようにこちらを見上げる。
「ヒナッ。
なにやってんのよ、あんたっ」
「お姉様っ。
隣村は、そっちじゃなくて、あっちですよー」
と西の方を指差す。
「そんな近くじゃ捕まっちゃうじゃないのっ。
っていうか、あんた、ほんとうに巫女様だったのね?」
「いえいえー、そういうわけではー」
と龍の背にまたがったまま、ヒナは言う。
「淵に行ったら、ヌシ様はもういらっしゃらず。
代わりに、龍神様がいらっしゃったので、押しかけ巫女になろうとしたんですけど。
断られちゃってー。
今、頼み込んで移動させてもらってるところですー」
「……相変わらず、神経太いわね」
「村に戻られたらどうですかー?」
「冗談じゃない。
殺されるわ。
いい思いだけして、あんたに後始末させるようなやつ、みんな、よく思ってないに決まってる。
あんたはもう知ってしまったんでしょう?
私はもうとっくの昔にヌシ様の巫女ではなくなっていたのよ。
ヌシ様がいなくなってしまったから」
「聞きましたー。
だから、お姉様、ほんとうにすごいなって思って」
「なにがよっ」
「みんなに知らせないでいてくれたんですよね?
ヌシ様がもういないこと」
姉は黙る。
「大事なのは、なにかが守ってくれていると信じることです。
お姉様は、ずっとヌシ様がいるフリをして。
祭りを盛り上げたり、みんなを鼓舞しつづけてくれていた」
村人を守るものはもういない。
その事実をひとり、胸に隠しつづけて――。
おかげでみんな、ヌシ様が、村を守ってくださっていると信じ。
大きな安心感の中で、暮らすことができた。
「あんたがいるから、大丈夫よー」
下から姉が言ってきた。
「あんたがいるから、村は大丈夫ー」
自分が逃げたいから言っている、という風でもなかった。
「私は街に行って、この美貌で幸せになるわ。
みんなによろしくー」
もう誰も彼女を見てはいないが。
いつも村人たちの視線を集めるときにやっていたように、姉は大きな動きで手を振る。
ヒナにちょっと微笑みかけ、行ってしまった。