あなたは誰なのですか?
「女の一人旅では物騒だから、適当にその辺にいた男を連れて逃げてただけじゃないのか?」
と言ったあとで、男は、あの娘、引き戻してやろうか? と訊いてくる。
そしたら、この面倒ごとはおさまるのだろう? というように。
「あの、もしかして、今のカエル。
あなたがやったのですか?」
いや、私ではない、と男は言う。
「……そうですか。
いや、いいです。
お姉様は、あのまま行かせてあげてください」
「ほう、いいのか?」
意外そうに男は言った。
「そんなことより、ヌシ様でないのなら、あなたは誰なのです?」
「私はこの淵に住まう龍神だ。
私が寝ている間に、あのヌシ様とやらがここらを牛耳っておったのよ」
「もしかして、あなたが起きたから、ヌシ様いなくなったとか?」
「……なにを非難がましく言っておる。
あっちが勝手に住み着いておったのだろうが。
どのみち、あれにはなにもできん」
雨を降らせることも、と龍神は言う。
「……そうだったのですか。
お姉様はそのことは?」
「知っていただろうよ。
あれに大したことはできないことくらい」
そうですか、と言ったあとで、ヒナは訊いてみた。
「あの、では、私をあなたの巫女にしてくださいませんか?」
あんなことを言っていたが、龍神なら、雨のひとつも降らせられるのでは、と思ったのだ。
「私は巫女などいらん」
「では、私をイケニエに!」
「イケニエの押し売りもいらん!」
「では、私を花嫁に!」
「ますますいらん!」
お断りする! と麗しき龍神様は言う。
ですよね~。
「でも、このままでは、私は、もうここにはいないヌシ様のイケニエにされます。
ヌシ様がいないと言ったところで、信じてはもらえないからです。
誰も受け取ってくれないのにイケニエとか、無駄死にではないですかっ」
「だが、人間は自らの都合で殺したものを祀る習慣がある。
きっと、お前のことも、のちの世まで大事に祀ってくれるであろうよ」
いや、祀ってくれたら、なんだというのです。
神様の感覚、わからない、と思いながら、ヒナは聞いていた。