雨が降らねば殺される!
実際のところ、誰がイケニエになってもいいらしい長老たちは、ヒナにあの立派な髪飾りを与え、衣を着せた。
巫女様~とみんな、これみよがしに拝みにかかる。
「おお、よく似合うではないか」
高貴な白い衣が黒い髪に映えておる、と義父は言う。
このクソオヤジ~っ、と思っている間に、ヒナは形ばかりの儀式で巫女に認定されてしまった。
「お前が真の巫女ならば、イケニエにならずとも、雨が降るやもしれぬな。
雨が降ったら、帰ってきてよいぞ。
明日の朝まで待ってやろう」
そう言われ、淵のほとりに捨てられる。
ヤバいっ。
雨が降らねば殺される!
無理無理無理っ。
ヌシ様の巫女様はお姉様なのに!
私には、無理~っ!
ヒナは干上がった淵にバンバン、そこらにあった石や葉っぱを投げつける。
ゴミを投げると、神様が怒って出てくると聞いたことがあったからだ。
とりあえず、ヌシ様と話をせねばっ、と投げ続けていると、
「こらーっ!」
と誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。
干上がって岩肌の覗く淵。
水たまり程度にしか残っていない水の中から、長い黒髪に青白い肌をした美しい男が湧き上がってきた。
あの少ない水から、こんな大きな男の人が出てくるとか。
絶対に、ただものではない。
これが淵のヌシ様だろうか。
そう思ったヒナはこの麗しき男に訊いてみた。
「あの~、私、この近くの村人なんですけど。
日照りつづきで困っています。
なにをしたら、雨を降らせてもらえますか?」
「雨を降らせろとな?
私にそのようなチカラはない」
麗しき男は、そんな、どうしようもないことを言う。
麗しいだけのようだ。
「あなた、ここのヌシ様では?」
「この淵にヌシはもういない」
え? 一体、いつから……?
とヒナは思う。
じゃあ、お姉様は、なんの巫女だったのか――。
「そういえば、ちょくちょく、ここに来ていた赤髪の娘は逃げたようだぞ」
「は?」
男が空中で手を振ると、そこに、森の中を逃げている姉の映像が浮かんだ。
「ここらが潮時よっ。
何処へ行っても、この美貌でなんとかなるわっ」
と一緒に逃げている村の男に言っていた。
顔は可愛らしいが、気弱そうな男だ。
姉に引きずられてきたに違いない。
だが、男は目の前に飛んで現れた小さなカエルに驚くと、ぎゃーっと悲鳴を上げ、姉の手を振りほどいて行ってしまった。
「ちょっとっ。
待ちなさいよっ」
と姉は叫んでいる。
映像はそこで途絶えた。
「……お姉様、見る目がありませんわね」