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「これはこれはシャンドラさん、ようこそいらっしゃいました」
わたし達が神殿の面会室に通されて、お茶などいただいていると、少し時間が経ってから大神官様といつもの神官様がやって来た。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
わたし達は立ち上がった。
「いいえ、こちらこそ急にお伺いしてしまいました。お忙しいところをお時間をいただきまして、ありがとうございます」
たぶん、忙しいのは『聖水出ちゃった事件』のせいなので、少々責任を感じてしまう。
「いえいえいえいえ、シャンドラさんならばいつでも大歓迎ですよ。あ、もちろん変な意味ではありません」
大神官様はなぜか胸を張り、『面白いことを言っちゃったでしょ?』と言わんばかりにむふうと鼻を鳴らした。
「大神官、そういう余計な言葉をつけると変な意味に聞こえますので」
神官様にサクッと注意されて、大神官様は「そうなの?」と首を傾げた。
「おじいちゃんジョークなのに」
「職務中にやめてください」
大神官様は「怖いでしょー、この人怖いでしょー」と言いながら座った。
なぜ神官漫談を見せられているのだろうか?
ご機嫌な大神官様が言った。
「ええと、それでは、今日の用件は……聖剣の乙女パーティ結成の報告かな?」
やはり、情報が上がっているようだ。
「そうです。ご覧になりたいかと思いまして、聖剣を持って来たんですけれど、抜きましょうか?」
「おお、すごく光るそうですね! ぜひとも拝見したいものです!」
ものすごく食いついてきたけれど、聖職者にとって聖剣は特別なものなので仕方がないかもしれない。真面目で仕事熱心な神官様も目をキラキラさせているし。
「それはやはり、シャンドラさんでなければ抜けないものなのですか?」
「試してみてください」
わたしは大神官様に聖剣を渡した。
で、剣を抜こうとしたが、抜けなかった。
「わたしもいいですか?」
神官様まで手を出したので「やってごらんなさい」と聖剣が渡された。
やっぱり抜けなかった。
「抜けませんでしたねー」
「うん、もしかしてって思ったけど、抜けませんねー」
「乙女でなくてはならないんですよ」
「ロマンですねえ」
ふたりとも、なんでそんなに嬉しそうなの?
そして、なんで聖剣をわたしに返して、ワクワクしながら待っているの?
さっきから一言も発しないエマ達三人を見たら、同時に肩をすくめられてしまった。
「……わかりました」
わたしは剣を抜くと頭上に掲げて「わたしは『聖剣の乙女』シャンドラ・リーベルト!」をやってみせた。
案の定、ものすごく光った。
赤、青、緑、ピンク、黄色の光が神殿の一室で乱舞して、壁や天井に反射してえらいことになった。
やはりこの剣は派手すぎる。
「すごいですねえ、改めて神様の偉大さ素晴らしさセンスの良さを実感致しました。よいものを拝見させてくださいまして、ありがとうございます」
「信仰心がますます深まり、人生の指針がはっきりしたように感じられました。ありがとうございます」
ふたりは天に感謝の祈りを捧げ始めてしまったので、わたし達は遠くを見る瞳をしてしばらく待った。
「はうっ!」
不意に、大神官様が変な声を出したので、わたしは『今度は何?』と思いながら見る。
「大神官様!」
椅子から崩れ落ちる大神官様を神官様が支えたので、わたし達は驚いた。
「どうなさいました?」
「神託、が……」
顔色が真っ青になった大神官様が、かすれた声で言う。
「王都のダン、ジョン……魔物が溢れる……シャンドラさん、生徒が、闇に堕ちようとしています……」
「大神官様、今、なんて?」
「止めてあげて、ください……このままでは、王都が飲み込まれて……わたしが封印を、守ります、もう時間が……」
「大神官様!」
神官様がわたし達を手で制して、大神官様を床に横たえた。すると、その身体が灰色に変わり、石像のようになってしまった。
「大神官様は病気なんですか? すごい色になっちゃいましたけど。治癒魔法をかけましょうか?」
「これは病気ではありません。大神官様はご自分の命をおかけになって、何かを押しとどめていらっしゃるのです。シャンドラさん、あなたには状況がわかりますか?」
「はい、わかります」
神様に警告されていた、ダンジョンの暴走が始まるのだ。そして、その原因はおそらく以前のわたしのように闇に堕ちようとしている人物なのだろう。
「シャンドラお姉様、大神官様は生徒とおっしゃいましたね」
リリアンが、低い声で言った。
「それ、聖女科の生徒ってことですか?」
「……その可能性は高いわ」
新たな闇聖女が誕生するのだろうか?
「お姉様、わたしの頭にある人が浮かびました」
「リリアン、わたしもよ」
光を持つものは、反転すると闇を持つ。
わたし達の脳裏に浮かんだのは、怯えたような表情のリリアリリスさんだった。
「神官様、あとはお願いします。わたし達はダンジョンに潜ります」
わたし達は神官様が手配してくれた馬車に飛び乗って、学院へ急いだ。空には禍々しい色をした黒雲が重く立ちこめて、ところどころで稲光が光る。
「どこかで見たような光景ですわね」
エマが呟いた。
「お姉様が世界を破壊した時にそっくりです!」
「リリアン様、そんなに元気よく言うことではありません」
ルークがつっこみを入れた。
「急いで身支度を済ませなさい。すぐに王都のダンジョンに向かいます」
「はい!」
三人揃ったいいお返事を聞いてから、わたしはエマを連れて寮へと向かった。
「シャンドラさん、淑女がそのように服を翻して駆けるものではありませんよ!」
「ミリアム先生、いいところへ」
わたしが勢いよく駆け寄ったので、先生がのけぞった。
「あなたは……」
「お説教を聞いている時間はありません。先生、王都のダンジョンが暴走します」
「なんですって?」
「急いで生徒を安全な場所に避難させて、門を閉じ、魔物の襲撃に備えてください。深淵の強大な魔物が出てくる前に止めるつもりですが、弱くても大量の魔物が押し寄せて来たら戦いによほど慣れていないと被害が出るでしょう。攻撃よりも防御を重視して、戦いはなるべく避けてください」
「あなたは何をしようとしているのですか!」
「ダンジョンに潜って魔物の王の息の根を止めてきます。それでは、支度がありますのでこれにて失礼いたしますわ!」
わたしはあっけにとられたミリアム先生を置いて駆け出し、振り返った。
「言っておきますけど、わたしのせいではありませんからね!」
ミリアム先生は嫌そうな顔をすると犬でも追い払うように手でしっしっとしてから、滑るように走って学院に向かった。
本当に失礼な人よね!




