32 教師ミリアム・ローリー
「ランディ先輩、何をやってらっしゃるんですか?……じゃなくてランドルフ王太子殿下」
「ランディでいいよ、シャンドラさん。今日のわたしは君の友人としてやって来たんだからね」
あははと爽やかに笑うランディ先輩は王族らしく、お腹の中にいろんなものを隠し持っている狐さんであり、狸さんのようだ。
「この壺が気になるかな? 気になるよね。あのね、実は……」
「そろそろ失礼してもよろしいでしょうか?」
わたしは席を立った。
「えー、それは冷たいよシャンドラさん。わたしと君の仲なのに」
ランドルフ王太子殿下が口を尖らせた。
確かにあなたの婚約者候補ですが、それは名ばかりのものだと先ほどお聞きしましたし? 以前一度会っただけの仲ですし?
「まあまあシャンドラさん、そんな冷たいことを言わないでください」
大神官様も口を尖らせた。
変なコンビを組むのはやめて欲しい。
あと、わたしは冷たくない。この反応は普通だ。
お守り役の神官様が、目で『本当に申し訳ありません』とわたしにメッセージを送りながら「緊急で、王太子殿下にも聖水魔法をお試しいただくことになりました」と言った。
「光魔法の才がなくても、いわゆる聖女と神官の魔法が使える可能性が高いことは、すぐに広まると考えられます。しかも、宰相閣下までかなり強力な力があることがわかりました。そこでですね……」
「シャンドラさん、何度も大人の事情に巻き込んでしまってすみません。ここは王族の方にも使えるようになっていただかないと、この国のパワーバランスが崩れる恐れがあるのです。というわけで、ランドルフ王太子殿下ががんばってくださることになりました。応援をよろしくお願いします」
「よろしくね、シャンドラさん」
大神官様と王太子殿下によろしくされたら、お断りすることなどできない。
ため息をついていると、神官様がどこかに用意しておいた壺を全員に配った。
嬉しそうに壺を持った大神官様が、さらに爆弾発言をする。
「そして、学院の生徒であるシャンドラさんをお借りするにあたり、教師の立ち合いが必要なのだそうです。というわけで、もうおひとり、特別ゲストの登場です!」
わたしは嫌な予感がして、ドアを見た。
「……失礼いたします」
ものすごく嫌な顔をしたミリアム先生が、壺を持って登場したので、わたしも「うへえ……」という顔でお迎えした。
わたし、ランディ先輩、大神官様、神官様、そしてミリアム先生の五人は、大ホールに移動して壺を抱えたままベンチに座り、神様に祈りを捧げた。
『神様、少々おかしなことになりましたが、ランディ先輩にも祝福をください。とりあえず、王族のひとりが聖水を出せば話がおさまると思うのです』
ちゃんとお願いしておいたので大丈夫と思ったら、案の定ランディ先輩も壺に半分くらいの聖水を賜ることができた。
ミリアム先生は、またしてもだばだば聖水を出している。歴代の聖女でも、こんなに不機嫌そうに聖水を出した人はいないと思う。
用が済んだらさっさと退散するに限る。
わたしが三人の男性に挨拶をして急いで神殿から立ち去ると、同じようにミリアム先生が足早にやって来た。
「どうしたんですか?」
「面倒なことになりましたので」
「あー、聖女になりませんか、みたいな勧誘が来てるんですか。ミリアム先生は聖女が嫌いですよね。なのになんであんなに景気よく聖水が出てくるんでしょうねー、好き嫌いは関係ないのかな」
「わたしは別に、聖女を嫌っているわけではありませんよ」
「……信じられませんが」
わたしはことさらいい笑顔を作りながら言ったが、先生にスルーされた。
「わたしの妹も聖女ですから……いえ、聖女でした」
「そうだったんですか。引退されたのですか?」
「亡くなりました」
「えっ?」
「亡くなりました。身を削って人を癒して病に倒れ、そのまま衰弱して妹は若くして亡くなりました。シャンドラさん、あなたのお母様と同じように」
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「お姉ちゃん、光魔法の才がもらえた!」
わたしの妹、ふたつ歳下のサマンサは、嬉しそうに言った。
「聖女になれるわ。お姉ちゃんと一緒にタイタネル国立学院に通えるね」
うちは庶民の家で、父は鍛治屋、母は洋品店のお針子だ。
わたしは幼い頃から棒を振り回すのが得意で、父にもらった失敗作の剣で稽古の真似事をしていたら、それなりに上達して様になってきた。これは剣士の才があるのではないかと、両親はわたしに先生をつけてくれた。すると、ますます剣技が身に付き、魔法洗礼の時にはやはり剣士の才をもらえたのだ。
両親が学費を用意してくれて、領主様からも補助金がもらえたので、わたしは十五になったら学院の騎士科に入学できることが決まった。
だが、うちの経済力ではわたしひとりを学院に入れるので精一杯だ。
妹は王都に行くわたしのことを羨ましがり、学費が免除される聖女科に入りたい、そのために光魔法を授かりたいと、毎日教会に通って神様に祈っていた。
そこまで望むならと神様も思ったのか、サマンサは光魔法の才をもらい、領主様からは祝い金が届いてお祭り騒ぎになった。光魔法を使える者はとても少なく、聖女を輩出することは領主様にとって名誉となるらしい。
人付き合いがやや苦手なわたしと違って、サマンサは明るく人懐こく、たくさんの人と関わるのが大好きで、友達が多い娘だった。可愛らしい顔をしていたので、大店の跡取り息子に目をかけられていたが、聖女科に入るとなって「将来は嫁に来て欲しい」などという話も出るようになった。
人や魔物を斬り殺す技術を極めるためにひたすら剣を振るわたしには似ていない妹だったが、わたしは彼女に嫉妬することもなく可愛がっていた。
お姉ちゃん、お姉ちゃんとわたしのあとをついてくるサマンサはとても愛らしくて、わたしとは真逆な生き物だ。わたしは違う生き物になりたいとは思わない。剣を振ることが生き甲斐なので、人を癒す力が欲しいなどとはこれっぽっちも思わなかった。
「お姉ちゃんが怪我をしたら、わたしが治してあげるからね」
「それじゃあ、安心してドラゴンを倒しに行けるね、期待してるよ」
「ドラゴンの鱗でネックレスを作って欲しいな」
「ネックレスでもティアラでも作ってあげるから、しっかり腕を磨いておきなよ」
十五になってわたしは先に入学し、後からサマンサもやって来た。
わたしたちは仲の良い姉妹だったが、寮の部屋は別だった。わたしは騎士科で、妹は聖女科で努力をして毎日が過ぎていった。




