表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/78

7 あら、魔法が使えてしまったわ

 優しそうで意外にスパルタ方式なメンダル師匠の教え方はとても上手だった。

 たびたび「なんなの、この地獄は……」と空を見上げて呟きながらも(仰向けに倒れて動けなくなるまで追い込まれるのです)短期間でぐんぐん体力をつけていったわたしたち三人は、楽しく遊び、勉強と剣に励んで、忙しい日々を健やかに過ごした。


 最初は重くて、こちらが振り回されてしまうばかりだった木の剣も、それなりに振れるようになってきた。七歳の幼女にしては上出来だろう。

 ようやく剣術らしき鍛錬になってきて嬉しかったが、その頃にはルークはもう一回り大きな木の剣を易々と扱えるようになっていて、わたしは『さすがは勇者ね』と感心しながらも、負けを感じて悔しい思いをしていた。


 わたしは未だに素振りしか許されないというのに、ルークはもうメンダル師匠との軽い打ち合いも始めている。

 それを横目にひたすら素振りを続けているのだが、ある日突然、型が身体に染み込むような感覚がして、そこからは剣を自分の身体の一部のように扱えるようになった。集中すると、魔力が体内で渦巻いているのを感じられる。


「これはもしかして、魔力による身体強化なのかしら?」


 普通、魔法というものは外に発動するものなので、わたしは戸惑った。


 わたしは生まれながらにして魔力が多く、リーベルト伯爵家の多くの者がそうであるように、おそらく今回も光魔法の使い手である。

 どうやらわたしは、教会での魔法洗礼(十二歳になると貴族の子女や裕福な平民の子どものほとんど、そして魔力が強い兆候のある子どもが受けるもので、通常ならばこの日から魔法が使えるようになる)を受ける前に、光魔法の新たな使用方法を見い出して実行しまったらしい。

 これは、前世の記憶を持っているせいなのか、それとも強い魔力が勝手に体内の魔法路を開いてしまったのか……あとで神様への相談が必要な事態だ。

 これが起きるのは、剣術の稽古の時だけではない。

 日常の運動全般でも、魔力が満ちることを意識すると、身体能力が飛躍的に上がるのだ。

 うっかり発動するといけないと思い、わたしは部屋にこもってこの魔法を完璧にコントロールするまで仮病を貫いた。


 わたしはこのことを誰にも言わずにいる。

 もちろん、エマにもだ。

 しっかりしているとはいえ、あの子はまだ十歳の女の子なのだから、余計な負担はかけたくない。


 魔法洗礼の前に魔法が使えてしまっただけでも異質なのに、この魔法は未知のものなので、もしも使用できることを明らかにしたら、わたしは国の研究機関に調査の名目で軟禁されて、下手をすると二度と家族に会えなくなってしまうかもしれない。

 そんなことになったら……闇聖女と化して、再びわたしは狂ってしまう恐れがある。

 わたしの邪魔をする者たちを、感情に振り回されたわたしは皆殺しにしてしまいそうだ。そして……大切な人を傷つけてしまうだろう。

 前例があるということは行動のハードルが下がっているということなら、闇聖女として非道を尽くした前世を持つわたしのハードルなんて、地面すれすれでしかないだろう。

 わたしを愛してくださる神様を悲しませたくない。でも、この世界でのわたしの大切な人々への想いはとても強い。一度手に入れたものを手放すのは難しい。シャンドラ・リーベルトは元々、執着心が強い人間なのだから、尚更だ。衝動に駆られたら絶対に暴走する自信がある。


 万一、今度また世界を消滅させたら、神様からの罰はデコピンだけでは済まなくなるだろう……恐ろしすぎて想像できないけれど……ぶるぶる。


「神様、お願いします。わたしは今回の人生に大変満足しているし、この平穏な生活を失いたくないのです。なるべくおとなしく地味に生きていきたいのです。一生日陰暮らしでもかまいません。研究材料にならないよう、わたしの力は秘密にしてくださるようお手伝いくださいませ」


 神様もきっと、わたしと同意見だったのだろう。

 その後もわたしは恐る恐る剣術を続けたが、メンダル師匠には「なかなか筋がいいですよ。淑女の嗜み程度に続けていきましょうね」とニコニコしながら言われるくらいで、特別な才能を持つことはバレずに済んでいた。


 そして、エマなのだが。

 彼女は「剣の技術よりも体力を身につけたいですわ」と言って、足音を立てないようにして長距離を走ったり、連続木登りに励んだり、ものを投擲したりという奇妙な練習をしていた。それを見ていたメンダル師匠に「エマさんは、どうやら暗器の取り扱いが得意みたいですね」と言われてからは、投げナイフとか謎の尖った金属などの扱いまで学び始めてしまった。

 

「お嬢様、街の本屋で毒薬についての専門書を見つけましたわ」


 美少女はきゅんきゅんするような可愛らしい仕草で恐ろしいことを言ってのける。 


「そうなのね。毒薬、ねえ……未知の分野だわ」


 前世ではすべてのものを腐乱させるよこしまな波動を撒き散らしたことがあるけれど、毒を使ったことはないの。お肌に付いたら荒れそうじゃない?


「で、その本は面白いの?」


「はい、とっても! 大変興味深いので、深く勉強してみたいと思います。お嬢様、身近なものからも作れるそうなんですよ。一緒に試してみませんか?」


 一緒にケーキを焼きませんか? のノリである。


「……おやつには、ぜええええったいにくっつけないように注意して、ほどほどにがんばるのよ」


「はい」


 天使の笑顔のエマちゃん、可愛らしいですね。

 大切そうに抱えている本が『毒薬〜その歴史と実践』でなければ完璧でしたね。


 ねえ、エマ。

 あなたはいったいどこに行ってしまうの?




 こんな穏やかな日々(前世に比べると、驚くほど穏やかなのです)を過ごして、わたしは七歳半になった。


 いつものようにウォーミングアップの鬼ごっこ(メンダル師匠が鬼をやってくれるので、かなり真剣に逃げないといけない。なにしろ抜き身のナイフを片手に追いかけてくるのだ……ニコニコしながら。怖すぎる。ちびらないだけ偉いと思う)をし終わり肩で息をしていると、屋敷の方が騒がしくなった。


「あら、なにかあったのかしらね」


 わたしが呟くと、エマが「様子を見て参りますわ」と偵察に行ってくれた……ねえ、エマ。なんで物陰に身を隠しながら、誰にも気づかれないように屋敷内に消えていくの? シャンドラはちょっぴり怖くなってきちゃったわ。


「お待たせいたしました」


 足音を立てずに滑るような足取りで、エマが戻ってきた。

 その素晴らしい技術をいつ身につけたのかと尋ねる前に、彼女は「シャンドラお嬢様、落ち着いてお聞きくださいませ」と言った。


「本日、大切なお客様……いえ、お客様ではなく……とある方々が訪ねてくることになったそうです。すぐにお迎えするための身支度をいたしましょう」


「よくわからないけれど……お着替えをすればいいのね」


「はい。詳しくは、旦那様よりお話がございます。まずは部屋に戻ってお風呂をお使いください」


 今日の訓練はこれまでということで、わたしはエマと一緒にお風呂に入り、汗だくの身体を洗って、ナイフの魔人から逃げ惑う剣士のたまごから、石鹸の香りのする可愛い幼女シャンドラちゃんになった。

 ピンク色の、可愛らしいけれど華美ではないドレスに身を包み、ストレートの金髪をよく櫛けずって背中へと垂らす。


「リボンを……ひとつだけ、リボンを……」


 迫力のある侍女(でいいのよね? かげの者に職業チェンジをしていないわよね?)のエマに迫られて、わたしは「わかったわ、ひとつだけよ」とリボンを髪に結ぶことを許した。ドレスよりも濃いピンク色の、縁に白いレース編みのついたサテンのリボンをカチューシャのように結んで、わたしの支度は出来上がった。


 鏡を見ると、天使のように愛らしい美幼女が、真っ赤なお目目をぱちぱちさせながら首を傾げて、くるりと回った。


「ふふふ、どこから見ても完璧な可愛い可愛いシャンドラちゃんよ。わたしの愛らしさに皆度肝を抜かれるが良いわ!」


 おほほほほ、と笑ってからドヤ顔でポーズをつけると、「はい、今日も安定の残念さが溢れ出ていますわね」とエマに笑われてしまった。


「お父様は、可愛いって褒めてくださると思う?」


「きっと抱っこをして『わたしの可愛い天使ーっ!』と叫びながら、頬擦りをされると思いますわ」


「うん、よし!」


 わたしはエマを従えて、部屋の外に出た。そこには執事服に身を包む、カッコ可愛い勇者のルークがいた。


「ルーク、どう? 褒め言葉以外は受け付けませんけどね!」


「褒め言葉以外は口から出ませんよ。今日も大変お美しいですからね、シャンドラお嬢様」


 まだ七歳のお子ちゃまのくせに、最近、優雅な微笑みなんてものを身につけてしまったルークに褒められると、精神年齢が十七歳オーバーのわたしなのにドキドキしてしまう。


 この子、絶対に女たらしになるわね。


「ありがとう、ルーク。あなたもいつもながらカッコいいわよ」


 わたしはちびっ子執事の鼻の頭をつつきながら言った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ