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「……エマ」
ベッドの上で目が覚めたら、目の前にエマの顔があった。淡いブルーの髪を後ろに纏めた鳶色の瞳の、美女寄りの美少女……もちろん、美しさは主人であるわたしに敵わないけれどね。
「はい、お嬢様。エマでございます。ご気分はいかがですか?」
気を失う前のあれこれを思い出したから最悪だけど、わたしはそれを顔に出さないようにして応えた。
「まあまあ、よ。あのね、顔が近すぎないかしら?」
「お嬢様の呼吸を確認するために、失礼ながらお近くに寄らせていただきました」
「お嬢様は寝顔も可愛いですね」
至近距離に顔がもうひとつ増えた。ルークだ。
美少女と美青年が並んで眼福だけど、わたしは両手を伸ばして「だから、近いんだってば」とふたつの笑顔を押しやった。
そして、わたしの隣で布団に潜り込んでいるリリアンを「あなたはなにやってるの、よっ!」とベッドから蹴り出してから起き上がる。
「ふえーん、お姉様、リリアンの扱いが酷いですう」
文句を言いながら、なぜかとても嬉しそうに妹分がベッドに這い上がって、ぴとっとくっついてきた。
いつもと変わらないじゃれあい。
でもわたしは、ミリアム先生のように眉間に皺を寄せる。
「あなた達は、知っていたのね」
「この世界が二回目であることを、ですか? はい、知っておりましたわ。ルミナスターキラシャンドラとしてのお嬢様も凛々しくて素敵でしたが、この度の残念なお嬢様もまた愛らしくて、味わい深い魅力に溢れていますわね」
凛々しい?
アレのどこが凛々しかったの?
エマは美的感覚がおかしいか目が悪いか頭がおかしかったんじゃないの?
「一度はお嬢様に剣を……向けてしまった俺を、お側に置いてくださるなんて。さすがはお嬢様です、ルミナスターキラシャンドラだっただけありますね」
なにが『だけ』あるのよ、ルミナスターキラシャンドラはどういうキャラ作りをされていたのよ。というか、あなたは勇者だったんだから、闇聖女を褒めたたえたら駄目でしょうが。
「リリアンはね、本当はね、ルミナスターキラシャンドラの子分になりたかったのです! お姉様、リリアンにも素敵なお名前をつけてください! 目立つやつがいいです! リリリスターキラリリアンとか、そういうやつです!」
センス悪っ!
いやいや、あなたは大聖女だったから!
闇聖女と命の取り合いをする敵の親玉だったんだから!
子分になりたかったならそう言えばよかったじゃないの、そうしたら敵がいなくなった闇聖女は世界征服できたのに。
って、だから、そうじゃなくって。
「落ち着きなさい、リリアン。目立つ名前が欲しいだなんて、たかが大聖女のくせに身の程を知りなさい! あとルーク。うまくごまかすんじゃありません、あなたはわたしに剣を向けたんじゃなくて、刺、し、て、ますからね! ぐさっと、勢いよく! この恨み、決して忘れないわよ」
「申し訳ありません、お姉様!」
「申し訳ありません、お嬢様!」
「深く反省なさい。って、違うわ。そうではなくて……」
わたしは三人から目を逸らしながら「そうよ、わたしは闇聖女ルミナスターキラシャンドラだったの。世界を破滅に導いた大罪人なのに……あなたたちはどうして普通なの?」と尋ねた。
「わたしを憎まないの?」
三人とも、きょとんとした顔になる。
「なぜお嬢様を憎む必要があるのでしょうか。理由がございませんわ」
エマは「わたしは今も昔もお嬢様のことが大好きですわ」と優しく微笑んで、指先でわたしの金の髪をすいた。
「お嬢様のおかげで、エマはとても幸せな毎日を送っておりますわ。そうですわね、前回よりも今の方がいい感じだと思います」
「リリアンも賛成です!」
ウサギがぴょんと跳ねた。
「今の世界の方が前よりもずっといいから、問題ないんじゃないですか? 壊して正解だったと思います」
「リリアン! あなた、大聖女だったのに。わたしを倒そうとがんばっていたじゃない」
「別になりたくて大聖女になったわけじゃなかったし……周りの人達がやれやれってうるさいからそれらしい振りをしていただけで、世界を救おうなんて本気で思っていたわけじゃないです。リリアンは、心の中ではこいつらは救う価値もないと思ってましたから。自分たちは後ろに隠れてるくせに、なんでもかんでも大聖女パーティに押しつけてきて、すっごく迷惑でした。いいように使おうって魂胆が見え見えでしたね」
「……」
「今は大聖女になりたいと思っています。その地位を利用して、お姉様のために働きたいと思ってますから! 役に立つ大聖女、リリリスターキラリリアンになるんです!」
「俺も似たようなものです。清く正しい正義の勇者であることを押しつけられて、はっきり言って迷惑でした。でも、もう勇者じゃないから、お嬢様のためだけに生きられます。この世界はいいですね」
わたしは絶句した。
「ええ、今回はとてもいい世界ですよね。可愛いお嬢様を全力で愛でられて、エマは幸せでございます」
「リリアンもお姉様のお側にいられて幸せです! お姉様がやりたいことはこの拳で叶えますから、なんでも言ってくださいね!」
「お嬢様、ぐさっと刺しちゃった責任を取らせてください。俺の身も心もお嬢様のものにしてくださって結構ですよ、受け取ってくださいね。なんなら、俺のことを刺してもいいです。聖剣で刺してみますか? 気が済むまで刺して、それから結婚しましょう。式はいつにしましょうか?」
迫り来るルークの首根っこをつかんで、エマが恐ろしい笑みを浮かべた。
「ルーク、お嬢様を押し倒そうとはいい度胸ですね。ちょっとこのお薬を飲んでみましょうか? 大丈夫、とてもいいお薬なんですよ、気持ち良くなってお嬢様の犬として一生床を這いずり回って生きなさい」
「リリアンはとっくにお姉様のものですからね。お姉様、リリアンとお式を挙げてもいいんですよ?」
ウサギがベッドの上で飛び跳ねたので、わたしの身体がぐらぐら揺れる。
「エマさん、変な毒を飲ませようとしないでください。俺はお嬢様の守護戦士なんですぅー、ずっと一緒にいるのが俺の使命なんですぅー」
「エマだって、ずっと一緒にいるんですぅー」
「リリアンもですぅー」
いいの?
こんなんで、本当にいいの?
わかったわ、いいのね。
仕方がないわね、偉大なるシャンドラ・リーベルトの魅力には何人たりとも抗えないのですからね!
わたしの意識が戻ったと聞いて、お父様が寝室にやってきた。
そして、三人を部屋から追い出そうとした。
「年頃の娘の寝室に入って騒ぐのは、いくら幼馴染みの関係でもよくないね。特にルーク、君は駄目だ」
「わたしはシャンドラお嬢様の側近にして護衛なので、どこにご一緒することも許されるのです。そして、わたしの主人はリーベルト伯爵ではなくシャンドラお嬢様なので、お嬢様の指示を優先させていただきます」
「……このわたしにそのような口をきくとはね。君は何様のつもりかな」
「元勇者様ですが、何か?」
「くーっ、可愛くない! うちに来た時はあんなに可愛かったのに! なんでこんな子になっちゃったのかな!」
「わたしは元々お嬢様ひと筋でしたよ。『ひとりを主人と定めたらそれを貫き通しなさい、ブレるのは一番よくないですね』と、スミスソン師匠に教わりました」
「スーミースーソーンー」
「スミスソン師匠とフロリアン・ジュール師匠という尊敬するおふたりの指導を受けることができ、わたしは非常に感謝しております。すべてはリーベルト伯爵の采配のおかげです、ありがとうございます。つまり、こんなわたしを育てたのはリーベルト伯爵ということですよね?」
「うぐう。フーローリーアーンー」
漫才を見ている場合ではないので、わたしは「ルーク、お父様とお話がありますので外に控えていなさい」とルークを部屋から出した。




