表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】キラキラネームの『破滅の闇聖女』にはなりません!   作者: 葉月クロル
学園編 その2

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/78

23

 お父様には『聖剣の乙女』の件は隠しておけそうである。

 けれど……。


「お嬢様、お帰りなさい」


 いつもの笑顔で現れたのは、メンダル師匠だった。おかしい、学院にいるはずの師匠がなぜここに?


「師匠、教師の仕事の方は……」


「わたしはリーベルト伯爵家の騎士で、お嬢様の護衛が最優先ですからね。長期休みには当然、ここに戻ってくるよ」

 

 先回りが早すぎる。

 にこにこにこ、と恐ろしい笑顔で近づいてきたメンダル師匠は、声をひそめて言った。


「シャンドラお嬢様は面白い剣を手に入れたそうじゃないですか……もちろん、わたしにも見せてくれますよね……わたしはシャンドラお嬢様をお育てした師匠ですものね……内緒話も教えてくれますよね……」


 正面から攻めてくる笑顔の圧が強すぎる。

 わたしは数歩後退あとずさりながら言った。


「あっ、そうですね、もちろんですわ。なんなら、ちょっと使った後に師匠に差し上げてもよろし……」


「それはいらないです」


「即答ですか!」


 聖剣押し付け作戦は失敗した。





 部屋から聖剣を持ってきて、メンダル師匠に渡す。剣を抜こうとしたが、やはりわたし以外には抜けないようだ。


「残念でした」


 剣が戻ってきてしまった。


「師匠……このような訳アリの剣を一生持ち続けるのは、わたしには荷が重いのですが、なんとかなりませんか?」


「いわく付きの武器は人を選んでやってくるからねー。おそらく手放すことはできないよ」


「使命を果たせば離れてくれるかしら。わたしは奥ゆかしい令嬢なので、きらびやかな剣は不要なのですけれど」


 何もかもが終わったら、どこかの洞窟の中に挿して帰りましょう。


「その剣はすごく光るらしいね。武器屋の親父さんが、目をやられそうになったって話してたよ」


 情報を漏らしたのはあのおじさんなのね。


 わたしは「ごらんください」と聖剣を鞘から抜いてみせた。


「あら? 全然光らないわ」


「用事がないと光らない仕様なのかもしれないね」


 メンダル師匠がちょっと残念そうなので、わたしは剣を天に掲げて「わたしは地味な令嬢にして『聖剣の乙女』シャンドラ・リーベルト!」と名乗ってみた。

 その途端、ものすごく光った。

 喜んでいるのか、赤、青、緑、ピンク、黄色などなど様々な色の光線を発射しながら光った。やっぱりわたしが持つには派手すぎる。ちょっと聖剣さん、聞き分けが悪いと今すぐ捨てるわよ。


 メンダル師匠は目を押さえながら「これはすごいね。知能を持つ剣なのかもしれません」と嬉しそうに言ったけれど「すごくてもわたしは要りません」とさりげなく永久就職的な剣の引き取りを拒否した。


「ということで、やっぱりお嬢様を選んだ聖剣ですね」


 わたしはため息をついて「どうやらそのようです」と答える。


「神託を授かったのですが、それによるとこの先聖剣を振るう時が来るらしいのです。わたしはまだまだ未熟なので、その時に備えまして、リーベルト領のダンジョンでもっと腕を鍛えておこうと考えております」


「そうですか、前向きでいいですね。もちろん俺も協力しますよ。バッチリ仕込んであげるから、安心して」


「えっ、そんな、師匠もお忙しいことですし」


「大丈夫です、シャンドラお嬢様が死なないようにするのがわたしの仕事ですから」


「怪我をしないように、ではないのですか!」


「こんな時のために、頭を潰されても治る素晴らしいお薬を手に入れておきましたからね。安心して訓練に励んでください」


 にこにこにこにこ。

 その笑顔に、全然安心できません。

 頭を潰されて新しい頭が生えてきても、それは本当にわたしだと言えるのでしょうか?


 結局、長期休みはほとんどダンジョン内で過ごす羽目になり、遠慮なくしごいてくださるメンダル師匠のおかげで地獄を見るのである……。

   



「シャンドラちゃん、大丈夫? お父様がメンダルに、もう少し手加減するようにお話しようか? ……聞いてもらえるとは思えないけれどね」


 精神的な疲労(身体的な方は、メンダル師匠が用意してくださったお薬で回復しております。そのため、休みなく訓練が続いております。辛い。本当に辛いわ)でぐったりしたわたしに、お父様が心配そうに声をかける。


「ありがとうございます、お父様。けれど、これは乗り越えなければならないわたし達の課題なのです」


「いやいや、ルークはまだしも、どうして聖女候補がこんなに武術を極めなくちゃいけないのかい? おかしくない? ダンジョンのどこまで潜っているの?」


「申し訳ございません、お父様。そこはさらっと流して、健気なシャンドラの応援をしてくださいませ」


 わたし達が前人未到の深さまで潜っていることは、誰にも秘密なのだ。メンダル師匠のお友達が試作した簡易転移門を設置してあるため、わたし達は三日に一度は屋敷に戻って来ている。なので、お父様も気づいていない筈だ。


 ちなみに、簡易門の費用はダンジョンで手に入れた魔石を売ってまかなっている。深層階で取れる魔石は質がいいので、高額で売れるのだ。門を動かすにも魔石が必要だから、わたしたちはダンジョン内で血まみれ解体祭り状態でほじくり出している。

 本当に、聖女候補のすることじゃないわ。


 そんなある日、メンダル師匠に「明日はお休みにします」と言われて驚いた。

 容赦のない指導をする師匠がお休みをくれるなんて、いったい何事かしら?


「ごめんね、お嬢様。せっかくいい感じに進んでいるところを申し訳ないけれど、ちょっと用事があるんです」


 なんの用事だろう? メンダル師匠のことだから、戦いに関することでしょうけれど。と考えていたら。

 わたしの部屋に顔を出したお父様がエマに声をかけた。


「例の婚約の話は正式に進めることになったからね」


「承知いたしました」


 え?


「婚約って、誰のですか?」


「もちろん、エマのだよ。もう結婚していい年頃だからね。大きくなったよねえ」


 お父様は感慨深げに言っているけれど。


 ええええええーっ、エマ、あなた、婚約ですって?

 どこかに行ってしまうの?

 わたしを置いて、どこへ行ってしまうの?


 倒れそうになるくらい衝撃を受けたわたしに、忠実な侍女は笑顔で言った。


「お嬢様、たとえ結婚したとしてもわたしはお嬢様のお側にずっとおりますし、お嬢様以上に優先する方はおりません。どうぞご安心くださいませ」


「いや、それは無理でしょう。だって、結婚するのよ?」


「お嬢様の側から離れないことが結婚の条件ですから」


「いや、でもね、夫がね、できるわけでしょ? そのうち子どもも生まれたりして? そうしたら、さすがに……エマがお母さんになるなんて……」


 わたしは気が遠くなり、ふらついてしまった。エマが素早くわたしを抱きしめる。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


 エマだって、お母さんになったら、わたしよりも子どもを取るでしょう!

 子どものためなら、わたしを捨てるでしょう!


 ああ、こんなにもエマに依存していたなんて。わたしの心の奥底に、エマの婚約者を憎む気持ちが湧き出てきて、それを止めることができない。


 大好きなエマには幸せな人生を送って欲しい。

 それは確かな願いなのに、わたし以外の者と強く結びつくエマを許せない自分がいるのだ。醜い。自分勝手なわたしの心はとても醜い。

 でも、理屈じゃなくて本当に苦しい!

 嫌よ、わたしを置いてどこかに行くなんて言わないで!

 わたしをひとりにしないで!


「お嬢様、ゆっくり呼吸をしてください。お嬢様、お嬢様」


 エマが叫び、そこに「お嬢様!」というルークの声が加わる。


「落ち着いてください、お嬢様! 息を、いったん止めてください、呼吸を整えてください」


 どうしてかしら、息が苦しいの、空気が薄くなって、毒が紛れ込んで、わたしの肺の中に入ってこないのよ。


「いやあ、お姉様! どうしよう、お姉様が、お姉様が、だめ、待って、わたしが回復魔法をかけますから、お姉様ああああーっ!」


 パニックになったリリアンが泣き叫ぶ声がする。わたしの身体が見慣れた光に包まれたけれど、胸が苦しくて息ができなくて、わたしは身悶えた。


「いや、いや、いやよ、いや」


「お嬢様、過呼吸になっています、わかりますか? もっとゆっくり息をしないと苦しいままですよ、お嬢様。お嬢様?」


「触らないで!」


 わたしはエマの身体を突き放した。

 わたしを捨てるくせに!

 捨てるくせに!

 捨てるくせに!


 ひとりはいやなの。ひとりはいやなの。ひとりはいやなの。ひとりはいやなの。ひとりはいやなの。ひとりはいやなの。ひとりはいやなの。ひとりはいやなの。ひとりはいやなの。ひとりはいやなの。


 わたしのことがいらないのなら、わたしもこんな世界はいらない!

 わたしは……ひとりぼっちになるくらいなら、わたしを消してもうなにもなかったことにすればいいのね。


「お嬢様! 言わないで! それ以上は駄目だ!」


 ルークがわたしを抱きしめて、手のひらで口を押さえた。

 殺すの?

 あなたは勇者だから、わたしを殺すのね!


 彼の指に歯を立てて、思いきり食いちぎる。

 鮮血が吹き出したけれど、彼はわたしから目を逸らさない。


 強く腕をつかみ、彼を振り払おうとした時。


「…………?」


 ルークの唇が、わたしの口を覆った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ