6 すくすくと育ちますわ
こうして、将来の勇者ルークは我がリーベルト伯爵家の一員となった。
賢くて礼儀正しく、見た目もよくて性格もよい何拍子も揃ったルークは、皆に快く迎え入れられた。
七歳児サイズの執事服(これはわたしが強く希望した。能力の塊のようなルークには、文武両道を目指してもらいたい。そして、わたしのために手足となって働いてもらいたい!)(間違えました。頼りになる腹心となって、わたしを支えてもらいたいだけです、こき使うつもりはないのです)を着た彼が照れ臭そうにお披露目をした時には、あまりの可愛らしさにその場にうずくまる使用人の女性もかなりいた。
「ルーク、とてもよく似合っているわ」
「お嬢様、ありがとうございます」
頬を赤くするルークが可愛い。
わたしはもっと可愛いけれどね。
「ルークには、わたしやエマと一緒に、家庭教師の先生からお勉強を習ってもらいます。生活に慣れたら、剣の修行も始まりますから、一緒にがんばりましょうね」
「わかりました」
彼には屋敷の仕事を学びつつ、知識と剣技も身につけてもらう予定だ。そして、将来はわたしの護衛を兼ねた従者になってもらう。彼にはしっかりと恩を売って、わたしに剣を向けたりしないように洗脳……ではなく、生まれ変わって良い子になったわたしを守っていただきます。
勇者が従者なら、怖いものなしだし、勇者的な視点からチェックを入れてもらえれば、わたしは悪の道に引き込まれないで済むと思うの。神様も粋な計らいをしてくださるわ。
「ちなみに剣の修行にも、わたしは参加しますからよろしくね」
「え」
ルークだけではなく、エマや執事やエリザベス夫人やその他の使用人からも、そんな声が出た。
「わたしも剣を学びたいのです」
闇聖女だった時に、剣を向けられた時の恐ろしさと言ったら!
パニックになり、思わず余計に魔法を放ってしまいましたわ。無駄打ちした魔法もまた、世界を壊してしまった一因だと思うのです。
もしもあの時のわたしに剣を扱う力があったなら、いざという時に相手の剣筋を見切ることができて、落ち着いて戦うことができたと思うし……そうなったら、わたしが勝利していたかも……いいえ、もうそんなことにはなりませんけれどね! わたしは闇聖女にはなりませんから。本当ですわ、神様。
「剣を学ぶ女性は皆無ではありませんよね?」
わたしは、今回の人生では魔法だけに頼った女にならないように、身体も鍛えたいと思っていたのだ。
だが、当然のことながら、皆に反対された。
「しかし、お嬢様には剣技は必要ないと存じます。ルークはのちのちお嬢様専属の護衛となりますし、現在は手練れの騎士であるメンダルもおりますし」
執事のスミスソンがそう言ったが、わたしは「いいえ、必要あるのです」と答えた。
「わたしは思うのです。守られる側にもある程度の技術と知識が必要だと!」
ドヤ顔でキメてから、さらに続ける。
「万一の時には、わたしの身のこなしというものが事の明暗を分けると思うの。護衛の者がわたしを守るにしても、走ったり、攻撃を避けたりといった技術をわたしが持っていたら、より安全になるのではない? 悪漢に襲われて逃げなければならない場面に、走るのが遅かったら? 何もできずにその場で気を失う令嬢を助けるのは、どんなに腕が立つ護衛でも難しいのではないかと思うのよ」
「……確かに、それはそうですけれど」
「お嬢様は、女剣士を目指しておいでなのですか?」
メンダルさんが、そう訊ねてきた。
「あらまあそんな、わたしの将来は凛々しく美しい女剣士だなんて、メンダルさんったら! とんでもございませんわ」
七歳児のわたしは、おほほほ、ではなく、うふふふ、と笑った。護衛騎士のメンダルさんは「そこまでは言ってないんだけどな」と呟いた。
「わたしは剣の訓練を通して、身体を鍛えて健やかに暮らしていきたいと思っているだけよ。今のわたしは充分に美しくて可愛いけれど、大人になった時にはスタイル抜群になりたいのよ。それには継続した適切な運動が必要だと、なにかのご本に書いてあったわ」
「……そんな本がございましたっけ?」
「あったから、わたしが知っているんじゃない」
「それもそうですわね」
エマは簡単に煙に巻かれてくれた。
「というわけなので、ルーク、共に研鑽しあっていきましょうね」
「はい、お嬢様」
とっても素直なルークは「お嬢様と一緒で嬉しいです」とニコニコして言った。
剣を向けてきた張本人はお前だがな!
びっかびかのぎんっぎんに電撃を放つ聖者の大剣、めっちゃ怖かったんだからね!
同じ謎理論でお父様も説得して(「お父様は、シャンドラが悪い奴に襲われて逃げられなくてもいいのですか?」と上目遣いうるうる攻撃をしたら、一発で落ちた。チョロい……いや、娘を愛する心優しいお父様なのだ)わたしも剣術の指導を受けられるようになった。
先生になったのは、メンダルさんだ。
ちなみにメンダルさんはメンタル強めなので、うるうる攻撃が通りにくい。
動きやすいシャツにパンツ姿のお子ちゃま三人は、少し緊張しながら裏庭にある広場に集まった。
最初、エマは参加の予定ではなかったのだが、無邪気なルークに「お嬢様が逃げ出した時に、走って追いつけるようになっておかないと侍女として困りませんか?」と、澄んだ瞳で問われて「それは非常に困ります!」と参加を決意したそうだ。
しまった。
頭が良すぎるルークの前でもう少しだけ猫を被っておくべきだったわ。
年上で身体の大きいエマが一緒に訓練したら、絶対にかなわないもの。ルークは絶対に才能の塊だし、わたしだけ落ちこぼれるなんて嫌よ。
けれど、そんな心配は無用でした。
シャンドラちゃんは、やればできる子だったのです。
「お嬢様、なんて、すばしっこい、のですか!」
「ふふふ、そら、こちらよ」
メンダル師匠の「まずは鬼ごっこをして、基礎体力をつけますよー」という宣言で、わたしたちは大きな丸の中で鬼ごっこをした。メンダル師匠の書いた線から出たら失格なのだ。
鬼がひとりで残りのふたりが捕まらないように逃げるのだが、狭い中を走りっぱなしでなかなか体力がいるし、線を踏まないように足元にも注意し続けなければならない。
わたしたちはお子ちゃまなため、手抜きというものができずに、真剣な鬼ごっこが延々と続いていく。
「エマさん、がんばれー」
師匠はニコニコしながら応援しているが、わたしたちは必死の形相だ。そして、一番身体の小さいわたしは小回りがきくため、エマの手をかいくぐって逃げ続けていた。
「そろそろ限界かな……では、俺が鬼をやるからエマさんも逃げてね」
なんと、師匠が参戦した!
「あはははははははははは」
「きゃあああああああああ」
大笑いしながら追いかけてくる鬼が超怖い!
さすがは師匠、生かさず殺さずの手加減で延々とわたしたちを追い回して「はい、今日の訓練はこれにて終了です! 解散して、お風呂に入ろうね」と声をかけられた時には、わたしたちは地面に転がって「も…もう……動けない……」「師匠の……鬼……」と、屍累々な状態になったのであった。
これが剣の訓練? と、なんだか解せなかったけれど、翌日には三人とも全身が激しい筋肉痛でおかしな歩き方になってしまったので、基礎体力作りに鬼ごっこは正しいのだなと納得したわたしたちだった。
ちなみに、この恐怖の鬼ごっこは毎日続けられて、終わった後に屍にならなくなってからようやく、子ども用の木の剣を一本ずつ与えられたのでした。
剣の道は険しいのです!