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どうやらティータイムを楽しむどころではなくなったようだ。ご丁寧にアライアさんまで呼んであるとは、ベルナデッタ様は周到な用意をするタイプのお人柄らしい。
つまり、策士ね。
未来の王妃にぴったりじゃないの。
「とうにお気づきと思いますが、この四人は現在、ランドルフ王太子殿下の婚約者候補ということになっております」
ベルナデッタ様の説明を、おとなしく聞くことにする。
「ちなみにこの他にもうおふたり、伯爵家のご令嬢が婚約者候補であると噂されていますが、それは偽の情報です。実際の候補はここにいる四人だけですわ」
「偽の、情報……」
『無敵のリーベルト戦隊』情報担当のエマが、密やかに呟いた。
「このことを知る者はごく僅かです。どうしてわたしが知っているのかと申しますと、ランドルフ殿下より直接お聞きしているからですわ。そして、殿下から依頼がございましたの。わたしに、婚約者候補の取りまとめをするように、と」
ベルナデッタ様は目を細めて、獲物を狙う猫のような表情をした。
「突然の婚約者候補の選定に、皆様も釈然としない思いでいらっしゃることと存じますわ」
わたしたちは頷いた。
「国立学院の聖女科に入学し、聖女としての勉強に全力で取り組まなければならない皆様を、根回しもなくいきなり婚約者候補にするとは、かなり乱暴なお話ではございませんこと?」
「高貴なお方のお決めになったことですもの、わたし共にどうこう言うことなどできませんわ」
わたしは上品な笑みをたたえながら、ベルナデッタ様に申し上げる。
「ふふふ、優等生のお答えですわね。本音は?」
「この忙しい時期に、迷惑でございます。身分にものをいわせて無茶振りなさるなんて、神をも恐れぬ暴挙ですわね」
ふざけんな王家、くっそ忙しい時に無茶振りしやがって、どついたろか! と言うのはさすがにやめておいた。わたしは慎ましく穏やかな令嬢ですもの。
こんなに遠回しにしたのに、アライアさんが『あー、言っちゃったわ』という呆れた顔でわたしを見た。
「わたしたちは聖女の修業だけで手一杯なのですわ。学業と、たくさんの実習をこなさなければなりませんの」
「確かに。それは、あの方々もご承知のようですわよ」
ベルナデッタ様は上品に笑った。
「もしや、ベルナデッタ様は、この事態の裏側をもご存じでいらっしゃいますの?」
わたしが尋ねると、彼女は「それは教えていただけませんでした」と首を振る。
「話は少々変わりますが。わたしは幼い頃より、特別な教育を受けて育ちました。個人授業の教師が手配されて、自宅と王宮で学びましたが、学院には人脈を作るために通って学問研究部を卒業いたしましたの」
特別な個人授業……それはつまり、ベルナデッタ様は幼少の頃から王妃教育を受けてきた、内々にランドルフ王太子殿下の婚約者に決まっていたということだ。
「そのような学びを日々行ってきたわたしが申し上げます。王太子妃になるためには、長くたゆまぬ努力が必要な勉強が必要なのです。聖女科の学習と連立できるようなものではないのですわ」
「そうでしょうね」
リーベルト伯爵家を継ぐためにだって、ものすごい量のことを覚えなければならないのだ。それが一国の王妃となると、勉強量も膨大なものであるはず。
で、聖女になるためのカリキュラムも、かなり負担が大きい。実習がたくさんあるし、聖女として仕事をするためには知識も教養も必要だから、わたしたちは取り残されないようにと毎日全力で取り組んでいる。
わたしは二度目だから、余裕ですけどね。
魔法の実習以外は。
わたしとリリアン、そしてアライアさんが顔を見合わせて「今からではとても無理よね」と囁き合うと、ベルナデッタ様は満足そうに微笑んだ。
なのに、なぜわたしたちが婚約者候補に選ばれてしまったのか。
「まさかと思いましたが、殿下にお聞きしました。もしや、わたしたちの中から王妃と側妃を選ぶつもりなのかを」
ベルナデッタ様の雰囲気が変わり、なにか恐ろしいものが滲み出たので、わたしは背中をぞくりとさせた。
お嬢様、こっわ!
さすがは次期王妃に選ばれるだけあって、怖い……お強い性格でいらっしゃるようですわ。
「緊急の理由があって、『王妃の執務をする者と聖女とを妃にしたい』という思惑があるとしか思えませんでしたので」
「ベルナデッタ様が正妃、聖女が側妃、ですわね」
「もしくは、聖女を正妃に据えて、わたしを仕事をさせるための陰の妃にするのか、と。でも、それは現実的ではありませんわよね」
「そんなことをしたら、現王家は多くの貴族及び教会を敵に回すことになりますわ」
ベルナデッタ様は侯爵家の令嬢で、わたしはリーベルト伯爵家、アライアさんはチェスター伯爵家。この二家は、侯爵家及び公爵家に匹敵するほどの力がある家だ。
リリアンは男爵家だから立場が弱いけど、リーベルトの一族なので、うちの庇護下にある。
いずれも側妃にすえるなどという侮辱をして、わたしたちを蔑ろにし、貴族家を敵に回したら、現王家が危うくなる。
そしてさらに、教会がある。
タイタネル国では、一夫多妻を認めていないのだ。
それなのにこともあろうに聖女を、たとえば王家の血筋に取り込むために側妃にして、子をなそうなんてことをしたら、王太子は教会から破門されるだろう。そうなったら神に背く存在となり、この国の王家もろとも国民の支持を失う。
というか、そんなことは神様がお許しにならないと思う。神様は人々を愛しているが、その中でも毎日敬虔に祈りを捧げて清く生きようと努力をしている神官や聖女のことは、特にお気に入りなのだ。
さらに、個人的なことだけれど、このわたしが怒って今回も闇聖女になりそうなことを王族がしたら、その場で天罰が落ちて「王家、終了!」って綺麗にお掃除されてしまうかもしれない。
「ランドルフ殿下は、国の頂点に立つ者がそのような不誠実な真似をするわけがない、あくまでも婚約者候補に選んだだけだと、きっぱりと否定していらっしゃいました」
「なるほど、側妃の線はないというわけですか。となると、ベルナデッタ様が王妃になられることは決定ですわね」
わたしの言葉に、ベルナデッタ様は微妙な表情をした。
「いえ、まだ安心はできません。国を存続させるために、危険を犯しても側妃を据えなければならない事情があれば別ですもの。国の頂点に立つ者として、国を守るためならその身がそしられようと軽蔑されようと、どのような手段を使ってもタイタネル国を守るお方ですわ」
「……それは悪手だと思いますけど」
わたしが闇堕ちしたらおそらく国が滅ぶので、それは逆効果なのよね。
「お会いして言葉を交わしながら観察いたしましたが、今のところランドルフ殿下のご様子からは、そのような差し迫ったものは感じませんでした。けれど、安心してはなりません」
「そうですわね。婚約者候補の選定には絶対に裏がありますわ」
わたしたちは顔を見合わせて、頷き合った。
「なにが起きても、リーベルト伯爵家はベルナデッタ様を王太子妃として支持いたします」
「チェスター伯爵家も支持いたしますわ」
「ありがとう、皆様」
このままベルナデッタ様が王妃になるのがベストだ。わたしたちはそれに異議を唱えたり、自分が王妃の座に座ろうとしてはならない。
いや、する気はないけどね。
だって、王妃になるためにどれだけ勉強させられるのよ、地獄しか見えないわよ。王と王妃ってこの国で一番、胃が痛くなるお仕事だと思うわ。
愚かだった前回のわたしは、大聖女になって王妃になろうなんておバカなことを考えていたわ。
ものを知らないって恐ろしいわね。高い地位には大きな責任がつきものなのに。
「今後、なんらかの情報が手に入りましたら、随時お知らせいたします。学習の邪魔をして申し訳ございませんでした。皆様とお話ができて幸いでございましたわ。これで失礼いたしますわね。ごきげんよう」
「ごきげんよう」
ベルナデッタ様が退出され、アライアさんも顔をしかめながら席を立って言った。
「わたしは実習に戻らせていただきますわ。聖女科の勉強だけでも忙しいのですから、妙なことに巻き込まないで欲しかったわ。迷惑至極に存じます。いくら高貴なお方でも、わたしたちを駒のように扱っていいはずがなくてよ」
「アライアさんったら、相変わらず言いたいことを言うわねえ。盛大に釘を刺されちゃったけど、ベルナデッタ様に丸投げできるってわかって嬉しいわ。あー、お妃教育をしなくて済むことがわかってよかったー」
「とてもしっかりしたお方で、国母にふさわしい女性だと感じましたわ。あと、これ以上学習すべきことが増えたら、わたしは倒れます」
「同感よ」
わたしとアライアさん、そしてリリアンはほっと息をついた。
「とりあえず、目の前のレポートをがんばりましょうよ」
「そうですわね」
アライアさんは実習のグループメンバーのところに戻り、わたしたちは気を取り直してティータイムを楽しんだ。レポートにするために、ね。




