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「シャンドラさん」
「はーい。わたしは悪くないと思うんですけど、ミリアム先生的にはみんなわたしのせいになるんでしょう、すみませーん、ごめんなさーい」
「やさぐれた態度をとるのはおやめなさい、みっともない」
わたしを呼び出したミリアム先生は、ため息をついた。
「……なかなかうまい落とし所でした。本気でレナ・ドルネルクの首を刎ねるのかと心配しましたが」
「その時は、先生方が介入する手筈だったんでしょう?」
「あまりやりたくはありませんが、そうするしかなかったでしょうね」
今回の騒動は、レナさんが家名を、しかも自分の家よりも格上である伯爵家を持ち出してリーベルト家の契約を非難したため、生徒同士の喧嘩ではおさまらなくなってしまった。
これを下手に仲裁すると、庶民ならば不敬罪で断首され、貴族の先生では貴族家の名のもとにイディオス伯爵家に味方したと判断されてしまうため、立場も命も家ごと危険になるのだ。
だから、先生方も他の生徒たちも成り行きを見守るしかなかったし、常識的に考えるとあの場でレナさんひとりが断罪(『首刎ね』一択ね)されることで済めば『平和的解決』だと思われるわけだ。
そう、首ひとつで解決してよかったですね、となるところだった。
わたしは真顔になり、ミリアム先生に言った。
「レナ・ドルネルクは男爵令嬢ですが、無知すぎます。どうやら魔法に関すること以外の勉強はあまり熱心ではなく、必要な知識を身につけていなかったようですね」
「シャンドラさんのおっしゃる通りです」
貴族は力のある高位の家ほど、体面や政治的な立ち位置、そしてプライドを重んじるものだ。そのため、命の重さが庶民よりも軽くなることが多々ある。
今回のような場合では、レナさんがフェリーヌさんに処刑され、さらにイディオス家からリーベルト家に慰謝料が払われて、ドルネルク家の当主が命をもって禊をして代替わりする、くらいの流れでようやく話が収まったはずだ。リーベルト伯爵家は力がある家だし、そこの次代の領主であり、かつ王太子殿下の婚約者候補として指名されたわたしを侮辱したということだから、これくらいは仕方がない。
ちなみに、この話が収まる前に『リーベルト家が舐められたこと』がお父様の耳に入ったら、たぶん、おそらく、ドルネルク男爵家はタイタネル国から消え失せていたでしょうね。本気で怒ったお父様は怖いから、イディオス伯爵家に連なる一族も、血筋を絶やされていたかもしれない。
なので、今回の件は生徒も先生も心をひとつにして揉み消す。
可愛らしい恋の鞘当てがあった、それだけのこととなる。
「驚いてしまいましたわ。庶民あがりのうちのリリアンですら幼少時に学んでいたことが、まったく頭に入っていない様子なんですもの。あれではドルネルク家にとっても危険人物です。もしや、彼女も訳ありの出自なのですか?」
「……あまり大きな声では言えませんが、家庭のご事情があって、比較的最近にドルネルク家に引き取られた方です」
ミリアム先生は「この情報は内密に」と付け加え、わたしは頷いた。
「やはりそうでしたか。それでは、今回は甘く採点して正解でしたわね。レナさんが貴族の社会で生き残るには、これほどまで無知のままでは難しいでしょう。彼女はこれを機に庶民に戻った方がいいかもしれません」
「シャンドラさん……その通り、今回は賢明な判断だったと思います。さすがですね」
えっ、今、『さすがはシャンドラさん』とミリアム先生に褒められた?
ダンジョンの中に嵐が来るんじゃないかしら?
「なんですか? あなた、変な顔になっていますよ」
「なんでもありませーん」
「どうせまた、失礼なことを考えていたのでしょう」
「まあ、とんでもございませんことよ。そろそろ皆様のところに戻らなくてはいけませんわね。ではでは先生、失礼いたしますわー」
わたしはとっとと逃げ帰ることにした。
ミリアム先生のこの勘の良さは、おそらく騎士としての訓練の中で培われたものでしょうね。
「あなたの考えていることは、全部顔に出ていますよ。気をつけなさい」
……単に、わたしがわかりやすいだけだったみたいね。
ちょっとした事件はあったものの、どのグループの聖女科の生徒も宿舎に逃げ帰らずに実習が終わり、その他の生徒たちもそれぞれ魔物狩りを経験して、また馬車に乗って学院に帰ることになった。
野営のごはんが美味しすぎて、メンダル師匠に「これが野営だと思われちゃったら困るなあ。うちの弟子たちが優秀すぎるよ」と言われてしまったけれど、クラックバードの美味しさとブツカリウサギのシチューの味を知った学生たちが、本能に後押しされて魔物狩りが捗ったというので「それもよし、かな」と叱られずに済んだ。
あ、聖女科手作りの甘くて美味しい携帯食バーは、皆様にお土産として配って大喜びされました。
「聖女科の、手作りのおやつ……大切にします!」と言われたけれど、ちゃんと傷む前に食べるのよ? あと、転売は禁止ですからね、神様から天罰が下されるわよ。
「それにしても貴族って大変なのねえ」
スージーさんにしみじみ言われてしまった。
帰りの馬車も行きと同じくアライアさん、スージーさん、アルマさんとセアリーさん、ヴィーラさんとわたしが一緒に乗っている。
「あたしの首は刎ねられない? ヤバい橋を渡っている気がしてきたわ」
「そう簡単に刎ねられなくてよ。レナさんの場合は、悪い条件が重なってしまったの。やってはならないこと……まともな貴族ならば、子どもでもやらないことをしてしまったのですわ」
アライアさんが首を押さえるスージーさんに言った。
「そうですよね、安易に家名を出すなんてことをしたら許されないって、激しく叱責されて身体で覚えている筈ですわ」
ヴィーラさんは「リッツ家でしたら、鞭打ちの上に三日は食事を抜かれて、床に這いつくばって反省文を書かされていますわね」と恐ろしいことを言う。
それはやり過ぎだと思うけど、重い罰があるのは間違いない。
「でも、家の体面にはこだわるけれど、身内同士だと気安いものよ。リーベルト家もみんな仲良しだし」
「そうだよね、ルークさんも庶民の出でシャンドラさんの従者なのに、砕けた喋り方をしたりふざけっこをしたりしてるよね」
「うん、そうね。使用人も遠慮なく、わたしたちにお小言を言ってくるわよ」
わたしは事務内政官に度々叱られているお父様を思った。
オーガスタ・リーベルト伯爵は、文武両道を備えて見た目も麗しく、行動力もあるやり手の領主なんだけど、たまにとんでもないことを思いついたりする。で、よせばいいのに勢いで実行してしまうのだ。
大抵は内政官に見つかって、トラブルの芽を摘んでもらえるのだけれど、この前は危うく大損害を出しそうになったらしく「いいですか、実行する前に報告、連絡、相談を、必ずなさってくださいね! なんのためにわたしたちが存在するとお考えですか? 安全チェックをすっ飛ばすのはやめてくださいね!」とめちゃくちゃ叱られて、涙目になっていた。
その日、お父様の額にはインクで『よく考える』と書かれて、光を失った瞳で「本日のわたしの名前は『よく考える』くんです。『よく考える』くんとお呼びください」と呟いていた。
お父様のようにできる部下を持つことが、領主として大切なのだなと思いました。独裁の未来には滅びしか無いのです。




