8
わたしたち聖女科の生徒は、宿舎で夕飯をとった後、大騒ぎをしながらお風呂に入った。
たかがお風呂に入るだけなのに、こんなに苦労するなんてね!
ひとりでは背中を洗えないのはもちろん、髪が長くて、うまく洗えないし流せないし拭けないお嬢様が続出したのだ。ちなみに、わたしもである。
貴族の令嬢の入浴には、侍女がふたり以上は付くのが当たり前である。事前に各自で入浴の練習をしてきたものの、なんだかんだ言って見かねた侍女に手伝ってもらったから、石鹸の泡立てからつまずいていて、身についていない。
大丈夫なのは、あまり髪を伸ばしていないリリアンとニコルさん、自分で洗い慣れている庶民のスージーさん、ガブリエラさん。残りは長い髪と格闘して大変なことになった。
濡れた黒髪が海藻のようになって顔に張りついているアルマさんの提案で、ペアで洗いっこをすることになりなんとか解決したわ。
わたしはヴィーラさんの美しい銀色の髪をわしわし洗ってもつれさせ、背中を洗ってもらう時にくすぐったくて、身悶えながら「ヴィーラさん、お願い、ちゃんと力を入れて擦ってーっ」と悲鳴をあげた。
「お風呂で力尽きたわ……」
「髪が全然乾かないの。どうしましょう」
「痛い、変な風に絡まってしまったわ!」
散々な姿で寝衣に着替えると、ガウンを羽織ってミーティングのために広間へ移動した。髪がとんでもないことになっているから、みんな頭にタオルを巻きつけて面白い感じになっている。
「……淑女にあるまじき姿ですね」
ミリアム先生にため息をつかれたけれど、わたしたちは血走った目で「これ以上、どうしようもないんです、先生!」と叫んだ。
この洗髪騒ぎは、最初の宿泊学習では毎年起こる出来事だと渋い顔のミリアム先生は言ったけれど、貴族の令嬢はドレスアップに備えて髪を長く伸ばさなければいけないから、ひとりで洗うなんて無理。
夜のミーティングが始まる前に、ミリアム先生が「それでは、ここで新しい魔法を覚えてもらいますよ」と言ったので、うんざりした気持ちが顔に出てしまったが、それが『髪の毛の余分な水分を減らす魔法』だったので、わたしたちは目をキラキラさせて気合いを入れた。
おかげで、濡れた髪で休んで風邪をひく生徒は出ずに済んだわ!
髪を乾かすことに特化したこの魔法は、過去に大聖女が神に願って賜った光魔法らしいのだけれど、聖女たちを愛でる神様が、前線でなりふり構わず働く聖女を哀れに思って、『身体の汚れを取る魔法』『身体を乾かす魔法』と共に教えてくれたらしい。
みっつともものすごく役に立つありがたい魔法だったので、クラスメイト全員が本気度マックスのお礼の祈りを捧げたら、神様のお返事で部屋全体がとても光って、外で野営の練習をしている騎士科と魔法科と神官科のみんなが何事かと驚いていた。
うちの神様、ノリがよくて好き。
あと、身体の汚れを取る魔法は明日の夜に野営地で練習するらしい。実験台がたくさんいますからね、片っ端から綺麗にして差し上げてよ、ふふふ。
翌朝も、朝から一名、大騒ぎをする人がいた。それはいつものスージーさん……ではなく、意外にもアライアさんだった。
「縦ロールが……わたしの縦ロールが……」
「アライアさん、泣くことはないでしょ? 髪型なんてどうでもいいじゃん、これから野営実習なんだからさ」
どうしたらくるくるになるのかと、長い金髪を手にして悩みながら、お守り役のスージーさんがなだめている。
「どうでもよくございませんわ!」
「三つ編みならできるよ。それとも、ふたつに結んであげよっか?」
部屋の入り口のところの人だかりをかき分けて、わたしは遠慮なく部屋に入った。
「大丈夫? 髪がどうしたのよ」
「アライアさんの縦ロールが巻けないだけー」
「なるほど、コテは持ってきてないし、やる人もいない、ときましたか。ゴージャス縦ロールはアライアさんのアイデンティティだものね。縦ロールがないアライアさんなんて、ただのアライアさんだわ」
彼女は激しく咽び泣き、わたしは「なんで余計なことを言っちゃうの!」「ああもう、シャンドラさんのせいですわ」「なんとかしてください」と皆に責められてしまった。
「落ち着いてよ。巻けばいいんでしょ。誰か、手頃な棒を探していらっしゃい。ロールの大きさくらいの棒よ」
みんなはさっと散り、やがていろんな棒を手にして戻ってきた。
「麺棒は……太いわね。ふた巻きちょっとじゃねー。これは魔法使いのロッド? 太さが一定じゃないわ……モップの柄。うん、いいかも」
「モップの……」
「アライアさん、文句を言わない。巻いてあげるから我慢してよ。みんな、アライアさんの髪を濡らすわよ」
水差しの水をアライアさんの頭からかけたら、全身が濡れてしまった。
「冷たいわ」
「終わったら、昨日覚えた身体を乾かす魔法を使いなさいよ」
わたしはアライアさんの髪をモップの柄に巻きつけては、『髪の毛の余分な水分を減らす魔法』を使って乾かしていく。
「すごいわ、縦ロールができていく」
「しっかりとカールがついて、しかもコテと違って髪が傷まないのね」
「艶々の縦ロールがとても美しいわ」
わたしはせっせと縦ロールを巻き『闇聖女をやってた時は、自分で髪を巻いていたのよね。まさかあの経験が役に立つなんて』と、黒い過去を思い出していた。
「できたわ。『神よ、……なんだっけ? アライアさんの身体を乾かしてください!』」
適当な祈りを捧げて、アライアさんの身体を乾かすとできあがり。
「ああ、わたしの髪が……素敵な縦ロールに……」
「ふふん、こんなものよ。アライアさん、存分にわたしに感謝しなさい」
拍手が湧き起こる中で、偉そうに腰に手を当ててふんぞりかえったら。
「シャンドラさん、ありがとう! 大好き!」
驚いたことに、興奮したアライアさん抱きつかれてしまった。
なんだか照れるわ。
「お姉様、わたしも! わたしもくるくるにしてください!」
絶対に来ると思ったリリアンが、わたしとアライアさんの間に身体をねじ込みながら言った。
「リリアンさん、乱暴になさらないでくださいませ」
「アライアさんは、お姉様に、くっつかないで、くださいませっ!」
近接戦闘力が妙に高く育ってしまった妹分は、柔らかな頬をぽんぽんに膨らませながらアライアさんを引き剥がす。
「リリアン、おやめ」
「はい、お姉様!」
つるんと身体を割り込ませたリリアンは、わたしに抱きついて笑った。アライアさんは「仕方がない方ね」とため息をつく。
「リリアン、アライアさんがお優しい方だから許されましたが、今のはとても失礼な振る舞いよ。あなたもリーベルト家に連なる男爵家の令嬢なのですから、もう少し考えて行動なさいね」
「申し訳ございません、お姉様。アライアさん、申し訳ございませんでした」
「いいですわよ、別に。髪を巻きたいというあなたの熱い想いに免じて許しますわ」
想いの方向性が違うような気がしたけれど、その後にリリアンがどこからか調達して来た細い棒に、アライアさんも一緒にピンク色の髪を巻いてくるくるにした。
くるくる仲間が増えたアライアさんが、鼻息も荒くわたしのことも『秘密結社くるくる』に入れようとしたけれど、わたしは『秘密結社ストレート』の首領なので丁寧にお断りした。
ゴージャス怖いしね!




