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ダンジョンの近くにある学院の宿舎に着いた頃には、もう夕方になっていた。
わたしたちは宿舎の前にある広場に整列した。点呼を済ませると、聖女科の学生は割り当てられた部屋に自分の荷物を運ぶ。
騎士科と魔法科は広場にテントを張って、今夜はここに野営をするとのことだ。彼らの食事は宿舎で用意されているし、シャワーも浴びられる。一年生の野営実習は甘いのだ。今のところは、だけどね。
聖女科? もちろんお風呂を使用して入浴させていただきますわ、ほほほほ。
ただし、お世話をしてくれる侍女はいませんし、共同で使う大浴場ですわ。そしてそこでは皆、ひとりで入浴をしなければならないのです。
宿舎の部屋は、ふたりでひと部屋を貰えた。野外に慣れさせるためか、入り口に扉がついていないけれど。
「ヴィーラさん、カーテンを使う?」
扉の代わりにペラッとしたカーテンがひけるようになっているので、相棒のヴィーラさんに声をかける。
「わたしは不要ですわ。ベッドと布団があるんですもの、これ以上の贅沢は言わないわ。シャンドラさんはどう?」
「わたしも不要よ。木の上でも寝られるもの、扉がないくらいなんてことないわ」
お互いに、寝室に対するハードルが低くてよかったわ。
貴族のお嬢様の寝室は、基本的にひとりで使う。寝る支度をしてくれるお付きはいるけれど、家族とも一緒には眠らない。寮の部屋も、貴族が多い聖女科はひとり一部屋なのだ。
ふたり部屋には抵抗がある生徒もいるだろうけれど、屋敷にいた頃にリリアンが一緒に寝たがって枕を抱えて来ることもあったから、わたしは部屋に誰かがいても眠れるし、ヴィーラさんは物置の固い床で眠ることに慣れているという厳しい環境にいたお嬢様なので、そこは心配はいらなかった。
荷物をクローゼットにそのまま放り込んでから外を見る。
生徒たちががんばってテントを張っていた。もちろん、実習の前に学院で訓練をしてきたらしいから、騎士科はもちろん、魔法科の生徒たちもそこそこ手際よくテントを設営できた。ルークのいるグループでは彼が手早くテントを張りすぎて、やり直しをさせられている……。
「楽しそうにしちゃって。ルークったら、あまり手出しをするなと言われたことを忘れてるわね」
いつも笑顔のメンダル先生にこづかれて、ルークも頭を押さえて笑っている。年相応の曇りのない笑顔だ。
リーベルト家では年の近い男の子はいなかったけれど、学院に来てからは彼にも男友達ができたし、なぜか第三王子のリナリオ殿下とも仲が良さそうだ。殿下は幼い頃から腕利きの騎士に指導されたとかで、剣がかなりお強いらしいので、ライバルとして研鑽し合っているというのがメンダル師匠からの情報だ。
わたしはルークの主人なので、こうして彼のことを把握する必要がある。貴族というものがわかっていないスージーさんには「それはもしかして愛なの? 愛なのね、ヒューヒュー」と冷やかされたけれど。
指導員の冒険者のお兄さんにゆすられて倒れてしまったテントも、もちろんやり直しだ。かわいそうに、魔法科の生徒がショックで地面にうずくまっている。
経験を積めば秒で張れるようになるから、何度でも挑むがいいわ。
うちのグループのテントは大丈夫かしら? その辺りのチェックはしっかりとしておいて欲しい。
もしも夜中にテントが崩れてきたら最悪だ。寝ぼけているだろうから、怒りに任せてわたしの中の闇の力が覚醒してしまうかもしれない。
「世界の存亡がかかっているから、しっかりと励みなさい」
わたしが窓の外に向かって腕組みをしながら言うと、入り口からわたしたちの部屋の中をのぞいていたスージーさんが、一緒に来ていたアライアさんをつついた。
「ほら、今の聞いた? ものすごい上から目線だよ」
「わたしはアレほど酷くありませんわ」
「アライアさんだって、この前まではいい勝負だったよー」
「まあ酷い」
わたしはふたりの方をキッと見ると「全部聞こえているわよ!」と言って、廊下まで追いかけ回した。
ミリアム先生に見つかって怒られたので「おほほほほー、ごきげんよう」とさっさと撤収する。ミリアム先生のおかげでわたしの逃げ足はかなり早くなったのだ。攻撃力も退避力もバッチリなお嬢様ですわよ。
「そういえば、スージーさんとアライアさんはペアなのね。わたしはリリアンと別れたわ。仲良し同士は分けられるんだと思ってた」
ベッドしかない部屋なので、布団の上にみんなでばふんと座り込んでおしゃべりをした。
「あー、あたしはたぶん、アライアさんのお守り役よ」
スージーさんが肩をすくめた。
「アライアさんはチェスター家のお嬢様だからね。学院内では身分のことは考えないようにって言ってもさ、やっぱり貴族同士のしがらみとか出てくるんじゃないの? 騎士科や魔法科とも関わるから、会話の緩衝材になれってことよ」
「生徒に丸投げというのもどうかと思いますわ」
アライアさんがまことしやかに頷くけれど、あなたの上から目線が過ぎるめんどくさいコミュニケーション力が問題なのよ?
「シャンドラさんは、力のあるリーベルト家でしょう? まさか、わたしも緩衝材に……」
わたしの相棒が、心細げにスージーさんを見る。
「あーん、ヴィーラさんはなーんもやらんで大丈夫っしょー」
少し強く訛ったスージーさんが断言した。
彼女は八百屋の店番もしていたせいか、タイタネル各地の訛りにも詳しい。王都にはおのぼりさんのお客が多く、きつい訛りでも対応できないと仕事にならないという。そういえば、リーベルト家の領地にも少し訛りがある。
「そうなのですか?」
「シャンドラさんは、降りかかる火の粉は自分で払えるタイプだし、騎士科の生徒とは仲良しだし、放っておいて大丈夫。美人でモテモテのシャンドラさんが騎士科となにかあっても、お嬢様命の誰かさんがやってきて解決するでしょうしね。むしろ、下手に手を出すと間で潰されるから、くれぐれも人間関係の問題に挟まっちゃダメよ」
「ええ、わかったわ」
「そうね、わたしは騎士科に頻繁に顔を出して、皆さんと鬼ごっこをしているから顔馴染みよ。魔法科にも、Aクラスにうちのシェリーさんがいるし、彼女のところに顔を出した時に知り合った方もいるわね」
リーベルト伯爵家が後ろ盾になって学院に通わせているシェリーさんは、弟のジムを火事から救ったこともあって、とてもわたしに恩を感じている。どうしたらリーベルト家のためになるかを考えて、わたしのお願いを聞いて今から優秀な人材に声をかけているのだ。
「騎士科の訓練に参加なさるなんて、シャンドラさんはたいそうなお転婆……ジャジャ馬……活発なお嬢様ですわね」
アライアさんが微妙にディスりそうになりつつ、褒めてくれた。
「でも、コミュニケーションの基本が鬼ごっこだなんて、わたしには想像もつきませんことよ」
「違うわよ、アライアさん。騎士科の鬼ごっこはそんな甘いものではなくて本気の訓練よ。『地獄の鬼ごっこ』と呼ばれていて、毎回けっこうな数の負傷者も出るから、回復魔法の練習もさせてもらっているのよ」
そう、コミュニケーションどころではない。わたしたちは戦地を生き延びた戦友のようなものだ。あのオレンジ頭をキラキラさせたイケメンのリナリオ殿下ですら、鬼ごっこの時にはなりふりかまわずに逃げ回っている。
メンダル先生にミスリルの剣で脚を斬り落とされそうになったら、王族も貴族も庶民もあったものではないわ! 本当に怖いんだから!
切り傷擦り傷は当たり前、骨折したら「あっ、折れちゃったね」で済まされる鬼ごっこなのよ。おかげで回復魔法の練習台が豊富で助かりますけれどね。ちょっと自信がついてきたわ。
「放課後に回復魔法の練習がしたかったら、声をかけるわよ? 実践することが上達の早道だし……出血や怪我で苦しむ人の姿に慣れるのにもいい機会よ」
「ひいっ」
ヴィーラさんは、鷹に睨まれた子リスのような怯えた顔をした。
スージーさんが「まああああ、騎士科の皆様が不憫でございますわねええええ。シャンドラさんは、皆様に怪我させて治して怪我させて治して怪我させて治して……」と失礼な感じで言ったので、優しくデコピンをしてストップさせておく。わたしはそんなに頻繁に怪我人を出してはいませんわ。手加減ができる令嬢なのです。




