5 ダンジョン実習にまいります
ミリアム先生がやってくると、わたしを含めた十二人の生徒は蜘蛛の子を散らすように解散して席についた。
「最初の授業は、宿泊実習の準備についてです。こちらのプリントを配るので、これから発表するグループ分けの結果を記入してください。自分のところだけでかまいません」
先生は、騎士科と魔法科(正式には魔法研究科なんだけど、呼ぶ時は略されている)がすでに六つのグループを作っていて、そこに二日目の夜から聖女科のふたりが参加するのだと説明した。魔法科の一年生は成績順にA、B、Cとクラス分けがされていて、Aクラスの十五名が合同のグループに参加するそうだ。
「先生、BクラスとCクラスの生徒はどうするんですか?」
わたしがミリアム先生に尋ねると「魔法科と神官科のグループで宿泊実習を行います」と教えてくれた。身体的に優れた騎士科の生徒がいないと、初めての野営はかなり大変だと思うけれど、大丈夫なのかしら。
「神官科では身体の鍛錬も行われていますし、冒険者ギルドに指導員をお願いしてあるので、騎士科の生徒がいなくても安全に野営ができますよ」
魔法使いのたまごたちにもちゃんと配慮がされていた。魔法研究科の生徒も貴族の子女が多いし、優秀な魔法使いは国で重用されるのだ。最初の宿泊実習で挫折されたら困るでしょうね。
あと、意外なことに神官科も体力重視らしい。
そうだろうとは思っていたけれど、わたしとリリアンとルークは同じグループにはならなかった。さらに、メンダル師匠から「なるべく手を出さないようにしてくださいね。他の生徒の成長の妨げになりますから」と前もって注意を受けた。
「師匠、騎士科には他にも野営経験のある生徒がいますよね?」
あの時ルークは怪訝な表情でメンダル師匠に尋ねた。
「うん、いるねえ。でも、うちの弟子たちは彼らとはレベルが違いますからね、野営レベルが。言うなれば、戦力過剰ってやつです」
「そうなんですか?」
「みんなのレベルは、手練れの冒険者がダンジョンに一ヶ月、快適に潜れるくらいのレベルかな?」
「まあ、そうでしたの。でも、貴族の子女にそこまで教える必要があったんですか?」
「だって、シャンドラお嬢様は将来、リーベルト家のダンジョンを制覇するとか言い出しそうですから。早めに実力をつけて、命に危険がないようにするのが師匠の務めですよ。先見の明がある師匠でよかったですね」
わたし、そこまで無謀ではないわ! 師匠はわたしをなんだと思っているのかしらね。
というわけで。
わたしは虐げられ子爵令嬢のヴィーラ・リッツさんと同じグループになり、宿泊実習の日がやってきた。
聖女科の生徒は、パンツタイプの白い聖女服(というのだろうか? 屋外で活動する時に聖女が身につける、動きやすい服装だ)を着て、旅行バッグを持参して集まった。基本的に聖女服のみで一日を過ごすので、着替えが二着ずつになり、貴族の令嬢にしてはコンパクトな荷物だ。
その他に、手に持てる量なら必要と思われる物資の持ち込みも許可されていて、一年生の実習は緩い感じだ。
侍女がいない彼女は丸めた毛皮と寝袋を荷物用の馬車に積み込みながら「これがあったら、床の上に寝ても快適だったわね」と独り言を言った。
「ヴィーラさんは、絨毯の上で寝る習慣があるの?」
「違いますわ。木の床の上でしてよ。わたしは五番目の娘だったせいか、とても厳しく躾けられて、罰として物置に一晩中閉じ込められることが頻繁にあったの」
「それ、躾じゃなくて虐待だから!」
わたしが言うと、彼女は悲しそうに笑った。
「そうね。あの人たちから逃げる算段がついた今なら、逃避しないで言えますわ。最悪の両親でした。もう二度と顔を見たくありません」
「ヴィーラさんの未来には、もう幸せしかないわよ」
「ありがとう、シャンドラさん」
ヴィーラさん、幸せになってね。間違っても闇聖女になったりしないでね。
……孤独で愛を欲しがったわたしよりも、そこに虐待が加わったヴィーラさんの方が闇堕ちしやすくない? 聖女のたまごたちは、使い方によってはとんでもなく破壊力のある光魔法の使い手だから、闇堕ちすると大変なことになるのよね。
前回、悪い使い方に気づいて世界を破壊したのはわたしだったけれど、もしかすると他にも闇聖女候補がいるのかもしれないわ。
「今回の幸せな暮らしを、壊されたくないな……」
わたしが考え込んでいると、ヴィーラさんが「シャンドラさん、大丈夫なの? わたしの話でご気分が悪くなってしまったのかしら、ごめんなさい」と泣きそうな顔になったので、わたしは銀髪頭のお嬢様をぎゅっと抱きしめた。
「きゃっ」
「ヴィーラさんは、わたしが守るわ!」
最悪な両親に手出しをさせない。あなたを闇に堕とさないわ。
「……んもう、シャンドラさんってば、物語の騎士か王子様みたいだわ。ちょっと素敵すぎるわよ?」
そう言って笑ったヴィーラさんは、指先でそっと涙を拭って「嬉しい、ありがとうね」と頬を赤らめた。
学院から出て王都の北側に行き、街道に沿ってほぼ半日進むと学院のダンジョンの近くに出る。側道に入り、人の来ない道を進む。
一年生だけとはいえ、かなりの人数になったので、たくさんの馬車が連なって森の中をダンジョンに向かう。
「騎士科と魔法科の馬車は、ぎゅうぎゅうに詰められていたわね」
「今回だけとはいえ、聖女科は優遇されているから助かりましたわ」
十人は乗れる馬車に生徒が六人ずつ乗っているから、座席に余裕がある。ちなみにもう一台の方にはミリアム先生が乗っている。先生がこっちじゃなくて、本当によかったわ!
「それでもおしりが痛くなってしまって……」
『おしり』という単語を発して少し恥じらいながら、セアリーさんが言った。
彼女は小柄な伯爵令嬢で、人見知りが激しくて入学したての頃はほとんど口を開かなかった。毎日顔を合わせているうちに少し慣れてきたようで、小さな声ながら、お喋りに加わるようになってきた。
彼女は内気な以外、特に問題はなさそうな令嬢だ。
「貴族様の馬車とは違うからね、乗り慣れていないとキツいでしょ」
「スージーさんはお元気ね」
「乗り合い馬車よりもずっと乗り心地がいいもん。あと、最初からおしりに毛皮を敷いているし」
わたしも最初から、折った寝袋をおしりに敷いている。
「次回からは、クッションを持参いたしますわ」
高級寝袋がふわふわすぎて、うまくおしりの下に収めることができなかったアライアさんが、背筋をピンと伸ばして言った。さすがはお嬢様、おしりの痛さなど感じさせない振る舞いだ。
「アライアさん、下半身を寝袋に突っ込んで座ってみたら?」
わたしは提案したが、彼女は首を縦に振らない。
「チェスター家の娘が、そんな自堕落な姿になるわけには参りませんわ」
「自堕落ねえ。確かに芋虫っぽく見えるけど、楽よ」
虫嫌いのヴィーラさんが「いやっ」と身体を震わせた。学院のダンジョンに芋虫は出るかしら? うちの領地にあるダンジョンなら下の方に進むと巨大な芋虫の魔物がいるけれど。
「うちら以外に見てる人はいないから、大丈夫だよー。嫌なら、ほら、こっちに座りなって」
スージーさんは毛皮を細長くたたみ直すと、自分の隣を叩いてアライアさんを「おいでー」と呼んだ。
「回復魔法をかけながらですから、大丈夫ですわ」
「いやいや、痛いのは嫌でしょ」
「お借りすると、楽、です」
ヴィーラさんの毛皮に一緒に座らせてもらい、おしりが救われたセアリーさんがアライアさんに囁いた。そして、潤んだ瞳でじっと見つめた。
内気なのに、圧が強い視線である。
「わ、わかりましたわ。それではお借りいたします」
アライアさんはそっと回復魔法をかけてから、スージーさんの隣に座り直して「あら……」と呟いた。
「とてもモフモフで心地がいいわ。わたしも毛皮を購入しようかしら」
「うん、お勧めだよ」
「よかったわね、アライアさん」
クラス委員長のアルマさんがにっこり笑った。彼女も貴族でバーリット子爵家の令嬢だ。黒い髪に茶色の優しそうな瞳をしていて、外見から聖女らしいしっかりさんだ。お母さんっぽさがある、とクラスメイトに言われているけれど、まだ十五歳なんだから、お姉さんって言ってあげた方がよくてよ?




