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「うちの従者はちょっと変だと思うの」
聖女クラスの教室で、机に突っ伏しながら呟くと、「一番変なのは主だった件!」と八百屋の娘のスージーさんに突っ込まれた。
「シャンドラさんのところって、騎士科のルークさんだよね? あとは侍女さんだっけ? すごく綺麗な人って評判みたいね」
「そこに妹分が加わるわ」
「なるほど、リリアンさんもチーム・シャンドラの一員か。いいじゃない。ってゆーか、美男美女を揃えてるわねえ、さすがはリーベルト伯爵家だわ。目立ってる目立ってるぅ」
「わたしは地味な令嬢なのに」
「なーに寝ぼけたことを言ってんのよ、シャンドラさんに地味要素? ないない、ミリアム・ローリー先生の思いやりくらいにないわ」
「そこまで少ないの?」
人懐こいスージーさんは、大きな口を開けてケラケラと笑った。この子は自称八百屋の看板娘だけあって、明るく社交的で身分差にも物怖じしないという、コミュニケーションに長けたお嬢様だ。
「まことに遺憾ですわ」
地味要素を加えようとして下を向いてそう言ったら、スージーさんは「あ、マジ、怒った? ごめんね、ごめんってば!」と慌てている。
「なんで怯えているの? たおやかな聖女っぽい弱々しい雰囲気を出したところなのに」
「あのね、人には向き不向きってものがあるからさ。シャンドラさんは存在が輝きすぎていて迫力満点なのよ、控えめにしようとするほど怖いのよ」
「それは美人だから?」
「それもあるわね。いいわねえ、あたしもシャンドラさんみたいな顔に生まれたかったわあ。そうしたらお客さんをじゃんじゃん呼び込んで、大儲けできたのにさ」
スージーさんは、お金儲けが大好きな聖女になりそうだ。
「でもさ、シャンドラさんは美人で頭もいいし腕っぷしも強くて完璧な伯爵家のお嬢様なんだけどさ、アホな要素に満ちているっていうかお馬鹿さんっていうか、残念令嬢なのよね」
「ものすごい悪口を面と向かって言われたわ。スージーさんはある意味勇者ね」
「違うって、褒めてるのよ! 庶民のあたしが貴族のお嬢様をこき下ろすわけないじゃん。そこがシャンドラさんの愛され要素なんだって教えてるの」
アホだの馬鹿だの残念だのとはっきり言ってるくせに褒めていると言い張るスージーさん、さすがは聖女のたまごだけあって肝が据わってるわねえ……。
「可愛いのよ、シャンドラさんは。目を離すとなにをするかわからなくて気になっちゃうしさ。んで、お高くとまってるくせに親切で優しいの。だから、チーム・シャンドラの三人はシャンドラさんのことが好きで好きでたまんないのよ。あたしもシャンドラさんのことが大好きだよ」
おさげ頭の八百屋のお嬢さんに笑顔で言われて、わたしはとても嬉しくなってしまったけれど、あえて口を尖らせて「ふふーん、わたしだってスージーさんが大好きですもの」と言い返した。
「んもう、そんなに可愛いとかじっちゃうぞ!」
「わたしは野菜じゃないってば」
顔を見合わせてくすくす笑う。
「おはようございます、皆様」
「おはようございます、アライアさん」
金髪をゴージャスに巻いたアライアさんが教室に入ってきた。今週の係なので、先生から預かったプリントを持ってきて教卓に置いた。
コミュニケーションに問題を抱える、本当は気の良い親切な貴族令嬢であるアライア・チェスター伯爵令嬢とスージーさんは真逆な性格だが、とても仲がいい。算数を苦手とするスージーさんの勉強を見ているうちに、ふたりは身分を越えて仲良くなった。
スージーさんに「だから、そういう言い方じゃ伝わらないんだってば! 聖女業に就くために会話術ってやつを身につけなくちゃ」とぽんぽんお直しされているうちに、アライアさんも「あっ、今の言い方は適切でございませんわね」と言葉の使い方を学び、最近は誤解されるような言い回しがかなり減ってきた。
スージーさんは「アライアさん、わたしたちは女優よ。女優になるの。聖女の仮面をかぶるのよ。優しい言葉と振る舞いをする人は、優しい人だと認識されるの。こんちくしょうって思っても、悲しそうな顔で「遺憾ですわ」って呟いておけば、周りの人がなんとかしてくれるからね」なんてことをアライアさんに教え込んでいた。
なかなかいいことを言うわ。
わたしも見習わなくっちゃね。
「アライアさん、おはよー」
「シャンドラさん、気の抜けた挨拶はおよしくださいませ」
とても貴族令嬢らしいアライアさんは、マナーに厳しい。
でも、ツンツンしている割にお人好しで優しく親切なのだ。あくまでもわたしのためになるようにと注意をしてくれる。言い方がちょっと下手だけどね、彼女も残念令嬢なのだ。
「……なるほどね、スージーさん、わかる気がするわ」
わたしがアライアさんを見ながら言うと、スージーさんも「うんうん」と頷いた。
「な、なんですの?」
「綺麗な貴族令嬢なのに、ちょっとアホっぽくて残念な可愛さって、こういうことなのね」
「はあ?」
「目が離せなくて気になっちゃうのよ、アライアさんは。可愛くて好きだわ」
「はああああああ?」
「ねー、あたしもアライアさんが大好きだよ」
「残念可愛いわよねー」
「可愛いよねー、好き好き。好き過ぎてツヤツヤの髪の毛をつんつんしたくなっちゃうよ」
「わたしはほっぺにすりすりしたくなっちゃう……」
「んふふふふふふ」
「んふふふふふふ」
「一体なんですの、朝からおやめください、近寄らないでくださいませっ、いやあっ」
離れたところでアルマさんたちとおしゃべりしていたリリアンが、ぴょんと飛んでやってきた。
「うきゃー、楽しそうだからまぜてくださいお姉様! ムフムフムフー」
「リリアンさん、あなたまで混ざらなくてよろしいですわ!」
わたしとスージーさんと、追いかけっこが大好きなリリアンは、ムフムフ笑いながらアライアさんを追いかけた。
数分後、疲れ果てたアライアさん(貴族の令嬢だからダンスの修行をしているはずなのにねえ、鍛え方が足りないようだわ)が机でぐったりしているのを横目に、近くの生徒とおしゃべりが始まった。教室内ではわたし以外の生徒と交流を深めることにしているリリアンは、追いかけっこが終わると元の位置に戻って行った。
「そういえば、そろそろダンジョン実習のグループ分けが始まるよね。なんであたしたちがそんなとこに潜らなくっちゃいけないんだろ」
「聖女になるわたしたちには、戦いの前線に赴いて負傷者を癒やすお勤めがあるからです」
生真面目に答えるのは、教会の孤児院で育ったというガブリエラさんだ。
光魔法の才を持つものは貴族に多いけれど、教会出身の者もちらほらいる。幼い頃から神様にお祈りをしているから、加護を受けているのかもしれない。
「ガブリエラさんは、怪我人を見たことがあるの?」
「12歳で光魔法を授かってから教会の治療院のお手伝いをしてきましたので、傷口には慣れております。経験のない方には刺激が強いでしょうね」
「うひー、傷口怖いよー、中身なんて見たくないよー」
スージーさんは淑女らしからぬ声を出して、変顔をして見せた。
そう、聖女は血生臭い場所に慣れる必要がある。神殿にこもってお祈りして聖水を作るだけがお役目ではないのだ。重い病や怪我をした気の毒な民のために、病院や治療院や戦場に行く。その時に動揺すると効果的な癒しを行えないので、在学中から少しずつ現場の空気に慣らされるのだ。
その第一歩として、学院に慣れた頃に行われるのが聖女・神官科、騎士科、魔法科の三科合同のダンジョン実習である。
ダンジョンとは国が管理している迷宮とも呼ばれる場所で、魔力の凝集から生まれた魔物が棲む異世界だ。このタイタネル国にも大小様々なダンジョンへの入り口があり、学院から馬車で一日走ったところにも学院専用の小さなダンジョンがあるらしい。
この中の魔物はダンジョンの中から出てくることはないけれど、きちんと観察して定期的に魔物を討伐しておかないと、浅い階層の魔物がある日突然溢れてくることもあるので、しっかりとした管理が必要なのだ。そして、討伐した魔物からとれる魔石や素材は貴重な資源である。わたしが愛用しているお高いドラゴン素材も、ダンジョン産だ。階層が深ければ深いほど価値の高いものが手に入るので、無理して実力以上の深さに潜って負傷したり命を落としたりする者も出てくるのだ。
そこに、わたしたち聖女もまずは三泊四日の実習に行く。
聖女科の生徒はふたりずつ六チームに分かれて、騎士科と魔法科の学生とキャンプを行うとのことで、わたしたちはドキドキワクワクしているのである。
初回の実習はごく浅い層でのキャンプだ。そこには頭突きをするモフモフしたウサギや、ただ転がっているだけの石の魔物、そしてゴミを食べるスライムくらいしかいない比較的安全な場所なので、雰囲気を味わって野営を体験するのが目的だ。
ちなみに聖女科の生徒は最初の夜にダンジョンの側にある宿舎に泊まり、二日目から騎士科と魔法科の生徒が用意したテントで『接待キャンプ』を体験するとのこと……。
わたしたちは、ふわっふわの高級寝袋を買っておくように指示をされたわ。




