4 まあ、プレゼントをくださるの
たんこぶ事件はとーっても痛かったけれど、そのお陰でお父様との関係が改善されて、わたしは健やかに育っていき、無事に月日が過ぎた。
わがままっぷりがかなり減った(皆無にはならなかったけれど、そこは幼女のやることだから勘弁してもらいたい)わたしに、使用人たちは驚き、最初のうちは奇妙な生き物を見るような目でわたしを観察していたけれど、結局『頭の打ちどころがとてもよかったのだ』という結論に達したようだ。
そんなこんなで美幼女シャンドラちゃんは、本日めでたく七歳になりました。
お誕生日パーティ用のフリフリが程よくついた白いドレスを着せてもらって、大満足です。
ちなみに、あまりにフリフリが多いドレスを着ようとすると、真っ赤なお目目からポロポロと涙を零しながら「ゴージャス怖い……」と虚空を見つめるので、侍女もメイドもお父様も「シャンドラにはフリフリが少なめで!」と気遣ってくれるようになったのでした。
あと、黒い服も宝石が散りばめられた服も苦手です。
さすがに黒ドレスを幼女に着せようとする人はいないからよかったわ。
「ねえねえ、お嬢様、髪を巻きましょうよ、ねえ」
コテを片手に、ちょっとあざとくおねだりしながら迫ってくるのは、最近背が伸びて大人っぽくなってきたエマである。まあ、大人っぽいと言っても十歳児なので、わたしと同じお子ちゃまですけどね。
「嫌よ。わたしは二度と髪をくるくる巻きにはしないと誓ったの」
金髪縦ロールぐるんぐるんの髪型を見ると、わたしの背に嫌な汗がつつっと滑り落ちるのです。
ドレスアップする日があっても頑なにストレートヘアを続けるわたしに、お人形さん遊びをやりたい盛りのエマはとても不満そうに言った。
「えー、お嬢様がくるくる髪にしたら絶対に可愛いのにー」
「すでに驚くほど可愛い美幼女なので、くるくる髪は不要なのです」
わたしは腰に手を当ててドヤ顔をして、エマの願いを却下する。
「それなら、先の方だけ、ね?」
「いーやーよー」
「じゃあ、三房だけ。後ろに持って行くから見えませんよ、全然気になりませんから」
「いーやー、ぜったい、いーやー」
美少女侍女のエマの懇願を、美幼女シャンドラちゃんはきっぱりと断らせていただいた。
鏡の中には、サラサラの金髪が腰まで伸びた、赤い瞳のわたしが映っている。
今日もピンクのほっぺときょとんとした表情がお茶目で愛らしい。
無敵の美幼女である。愛され感が満載である。
しかし、その向こう側に、破滅の闇聖女ルミナスターキラシャンドラの孤独な後ろ姿が霞んで見えて、わたしは背中をぞくりとさせた。
金髪をくるくるに巻いたゴージャスな髪型がお気に入りの、厚化粧の闇聖女……いや、顔色が悪いから病み聖女? とにかく、アレに重なるようなことはなるべく避けたい。絶対避けたい。断固として避けたい。
ほらほら、天使の輪が輝く金髪のストレートロングがやはり最高ですわよ。
「それでは、せめてハーフアップに結い上げさせてくださいませ。これでは侍女としての腕を振るいようがありませんわ」
「……仕方がないわね、わかったわ」
わたしはため息をついて、エマが髪型で遊ぶことを許した。
シャンドラお嬢様は、侍女に対して思いやり深い主人なのだ。
「編み込みは? してもよろしいですよね?」
「許します。ただし、髪飾りに宝石は使わないこと。いいわね?」
「リボンはよろしいですか? 薔薇の花は?」
「うーん、ぐいぐいくるわねえ」
前世では闇聖女に仕えてもメンタルを壊さなかったくらいの侍女(本当に、めっちゃくちゃ、迷惑をかけたのよね……)なので、エマの精神力の強さは半端ない。とても十歳児に思えないくらいの、熟女レベルの押しの強さと鋼の精神力を持っているのだ。
「それでは、リボンは控えめなものをひとつ、薔薇は蕾だけならよくてよ」
「お嬢様は、本当に派手なものがお嫌いですわよね」
「わたしはこのままで充分に可愛いから、飾り立てる必要がないのよ。あくまでも清楚で上品なコーディネートでお願いね」
「お任せください」
宝石ギラギラとかレースとリボンとフリルでゴテゴテとかって、神様のお陰でトラウマになっているのよね。あの『ルミナスターキラシャンドラ!』な感じのアイテムを身につけると、悪寒がするの。
そうそう、わたしは毎月数回は教会に通って、神様に祈りを捧げているのだ。
もちろん神様のお返事は聞こえないけれど、穏やかな毎日を過ごせていることを報告して、お礼をしている。
今日も誕生日パーティの後で教会に行き、神様にお礼をするつもりだ。晴れ着を着た可愛い美幼女の姿を見たら、きっと神様も喜んでくださる筈よ。
「お嬢様、できあがりました。とてもお美しくて愛らしいですわ」
「当然よ」
鏡に向かって、わたしはドヤ顔をした。
「そんなに自信満々なのに、どうして着飾るのが苦手なのですか……」
呆れ顔のエマがそう言って、わたしの頭のてっぺんに咲ききった赤い薔薇を刺した。なかなかお茶目な髪型である。
だが、不要だ。
「やーめーてー。わたしは薔薇より美しいから、そういうのはいらないの」
「はいはい」
「おお、シャンドラ! なんて可愛らしいのだ!」
「ありがとうございます、お父様」
わたしは完璧なカーテシーでお父様に応えた。
この淑女の礼は、意外に筋力が必要なのだ。前世では身につけていたのだが、幼女の身体でやるには筋肉が足りず、わたしは何度も転がって悔しい思いをした。
しかし、もう完璧マスターをした。
毎日カーテシートレーニングをしたから大丈夫。
この誕生日のパーティは、最初はたくさんのお客様を招待して派手にやる筈だったのだが、わたしが止めた。上目遣いをしながらお父様に「身内だけの心安らぐ集まりにして欲しいのです」と頼んだら、すぐに許可してもらえた。あざとさならエマに遅れを取らない。
前世では派手派手なドレスを着て、派手派手なパーティを開いて、お集まりくださった方々の前でわがまま高飛車幼女っぷりを披露したのだ。
もうそんな愚は冒さない。
目立たない美幼女として生きると決めたのだ。
アットホームなパーティを終えると、わたしはドレスの上にガウンコートを羽織って教会に赴いた。
お父様は、プレゼントにお高い宝石とかお高い小物入れとか、幼女にそぐわないものをくれようとしたので、あらかじめ辞退しておいた。そして、本当に欲しいものがあったら、その時にプレゼントしてくれるように約束をして、話を終わらせたのだ。
でも、どうしてもひとつだけ贈りたいというので、このガウンコートをオーダーして作ってもらった。
ふふふ、素材にドラゴンを使っていて、防御力が抜群のコートなのです。
エマに「お嬢様はなにと闘うつもりなのですか?」と呆れられたけれど「運命のいたずらで突然馬車にはねられても無傷でいられるからよ」と答えたら「それなら頭にも防具をおつけになったらいかがですか」と返されてしまった。
わたしの運命には、もう『上から固い木の実を落とされる』はないと思うから、頭は大丈夫だ。たぶん、きっと。
神様、万一落とす時にはあらかじめお知らせくださいね。
教会に着くと、いつものように個室に通してもらう。
落ち着いて神様と対話したい時には、少し多めに寄付をするとこの静かな特別室を借りられるのだ。
エマは普通に祈って、あとはわたしを待ちながら教会に飾られた神様の絵を眺めて過ごす。毎月変わるので楽しいらしい。趣味が絵画鑑賞とは、さすがは貴族の子女である。
個室の椅子に座ったわたしは、目をつぶって神様に話しかけた。
「神様、こんにちは。わたしは今日七歳になりました。前世と違ってお父様はとても可愛がってくださるし、エマもよくしてくれるし、周りの人たちはみんな親切です。地味で楽しい毎日を過ごしています。これも神様が丁寧にわたしを導いてくれたお陰です。ありがとうございます。今度は絶対に、破滅の闇聖女にはならないで、一生地味におとなしく目立たずに生きていきたいと思いますので、よろしくお願いします」
いつものように、特に返事はない。
「お父様とエマがいてくれるから、他にはもういりません。目立ちません。愛情を求めません。なるべく日陰を選んで忍び足で歩んでいきます」
わたしはそう誓って、部屋を出た。
すると、そこには神父様が待ち構えていた。
「お嬢様に神託がございました」
「え」
直接お返事がないと思っていたら、そっちから来たか!
「お嬢様には、孤児院をご案内するようにとのことです。失礼ですが、お誕生日をお迎えになられましたか?」
「はい、今日で七歳になりました」
「新しき歳の門出に、神様が贈り物をくださるそうです」
「まあ、それはとても素敵ですわね。ありがとうございます」
わたしは追加の寄付をした。
神様が贈り物をくださるの?
よくわからないけれど、神父様にお礼を言って孤児院の場所を教えてもらい、さっそく足を運ぶことにした。