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【書籍化】キラキラネームの『破滅の闇聖女』にはなりません!   作者: 葉月クロル
学園編 その2

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1 あれからのわたしたち

 幼馴染みであり、孤児院からわたしの従者になるべくスカウトして育ててきたルーク。ちなみに前回では、闇聖女であるわたしに聖剣を向け、成敗しようとした勇者ルーク。

 そんな彼から衝撃の告白を受け、おまけに手の甲に口づけまでされ……ることはなかったけれど、熱烈な感じにとても意味深なことを言われた。

 しかしその後、わたしたちの関係は変わらなかった。

 んもう、あんなに雰囲気を出しておいて全然変わらないって、どういうことかしらね? 動揺して損したわ。


 わたしはエマに「ルークにこんなことを言われたんだけど、どうしたらいいと思う?」と打ち明けたのだけれど、彼女はふっと笑って「そうですか。今さらですから、別にどうもしなくて放置でよろしいと思いますわ」と言われてしまった。


「なにが今さらなの?」


「お嬢様は鈍くて可愛いですわねえ」


 上から目線で頭を撫でられた。


 リリアンには特に話さなかった。

 なんか、あの子はそういうことにはうとそうなんだもの。

 わたしとルークを見比べて「はーん、ふーん」と目を細めていたけれど、絶対にわたしよりも疎いの。そうに違いないの!

 リリアンにまで頭を撫でられたら立ち直れないわ。


 放課後のひと時にリーベルト家のサロンでくつろぎながら、わたしはルークの顔を眺めた。頭がよく腕も立つ元勇者は今日も完璧に整った美形顔で、ソファに座って教科書を読んでいる。


 騎士科の勉強って、どんな内容なのかしら。

 聖女科では、光魔法を治療とか聖水作りとかに使う方法を習ったり、この国と聖女の歴史みたいなことを学んだり、他の国の聖女の扱いとかも勉強している。そして、道徳教育もね。

 見たところ、聖女科のクラスメイトはお人好しが多いから、道を外れる人はいなさそうだわ。まさかそこから闇聖女が生まれるなんて誰も思わなかったから、前世では被害が拡大したのよね……。


 わたしの視線を感じたのか、ルークは顔をあげてわたしを見た。軽く眉を動かして『何か?』と目で尋ねる。


「ルークが読んでるそれは騎士科の教科書よね。どんなことが書いてあるの?」


「これは生物学で、今勉強しているのは人体の急所についてです。これが終われば魔物の生態や構造に移ります」


「あら、聖女科の内容と似ているのね。わたしたちも人体について学んでいるのよ」


「聖女科は身体を癒すけれど、騎士科は破壊するのが目的、というあたりが違います」


「怖いわねえ」


 聖女は怪我や病気を治す癒しの魔法を使う。その時、少ない魔力でより効果をあげるには身体の構造や働きを学んで理解し、どのような効かせ方をするのかを強くイメージすることが必須なのだ。


 もしも重症患者に大雑把な『元気になーれ!』なんて大雑把な癒し方をすると、膨大な魔力を消費してしまい、聖女が倒れるし、やられた方の身体にも負担が大きくて、下手をするとそのまま天に召されてしまうのだ。


 そしてルークの場合は、騎士が剣を向ける相手は、戦争が起きたら人間だし、魔物が暴れたら魔物退治をする。そこで、人間と魔物の違いや急所を学ぶ必要があるのだろう。


 彼は「不必要な暴力を用いないようにするためにも、知識を身につける必要があります」と真面目な顔で言った。


「授業や手合わせの時、うっかり急所を攻撃してしまうと大事故になりますからね。友人の命を奪わないように、しっかりと学ばないとなりません」


 幼い頃から剣の鍛錬をしてきたルークは、すでにかなりの腕前である。刃を潰した剣を持たせたとしても、本気を出したらクラスメイトたちの命を奪うことも可能だろう。前回の彼は、勇者として闇聖女に致命傷を与えるほどだったし……。


『闇聖女、成敗する!』という幻聴が聞こえて、わたしは身震いをした。


「確かに授業で学生がポックリ逝ってしまったら、メンダル師匠もお困りになるものね」


「そうですね。友人を殺めたりしたらわたしの経歴にも傷が付きますし、それは避けたいです。手足を落とすくらいなら対応できるから気にするなと、師匠には言われていますが」


「そうね、それくらいなら治せるし……って、そういう問題?」


 騎士科の考え方ってちょっと変じゃない?

 それ、ものすごく痛いから気にしてね!


 メンダル師匠は手足が飛んでもくっつく(ものすごくお高い)お薬を常備しているけれど、死者を甦らせることはできない。

 それだけは、たとえ大聖女にも無理なことだわ。

 神様の領域だもの。


 まあ、約一名やっちゃったリリアンがいますけれどね。あれは神様がわたしを生き返らせるために特別にお命じになられたことなのでいいのです。やられちゃった人が証人です。


 リリアンに上手なお茶の淹れ方を教えていたエマが、透んだいい香りがするお茶をティーカップに注ぎ終えた。


「ルーク、わたし、急所とか必殺点とか、その辺りはかなり詳しいですよ? よろしければご教授いたしますが」


 わたしは『もしもしエマさん、お年頃の令嬢がいう言葉じゃないわよ』と口元を引き攣らせた。


 この、淡いブルーの髪に鳶色の瞳をした美しき侍女、エマ・クラーク伯爵令嬢は、『人体の仕組みと壊し方』を十歳の時から愛読書として読み込み、完璧に消化したというちょっと危険なお嬢様なのだ。他にも毒薬の使い方や暗器の使い方だとか、人知れず必要な情報を集める方法とか、精神操作をして他人を操る方法などという、淑女にふさわしくない知識と技術を身につけている。絶対に敵には回したくないタイプなのである。

 彼女が腹心の侍女で本当に良かったわ。

 

「それは助かります。ぜひお願いします」


 ルークはにこにこしているけど、あなたまで闇色に染まったりしない? 元勇者だから大丈夫かしら?


「わたしも! エマさん、わたしにも教えてください! お姉様の障害になるものは全部ぶっ飛ばすのがわたしの使命ですから、急所に一撃して致命傷を与えられる技術が欲しいのです!!」


 ぴょんこぴょんこ跳ねて可愛らしく(内容は物騒だけど)おねだりするのは、わたしの妹分であるリリアン・ウィング男爵令嬢だ。ふわっとした柔らかな茶色の髪に濃いピンク色の瞳を持つ彼女は、子ウサギっぽくて愛らしい。なのに、言動がかなり物騒なのだ。


 優しくておとなしい大聖女になるはずだったのに、どうして『腕力で解決系』のパワフル美少女になってしまったのかしら。不思議だわ。あっ、わたしのせいではないわよ。わたしは妹分として可愛がっているだけだもの。


「このわたしこそ、無敵のリーベルト戦隊の副隊長となるんですからね!」


 あ……それ、まだ覚えていたのね。

 子ウサギはわたしの腕を自分の両手で抱き寄せて、甘えるように言った。


「隊長はお姉様ですから。このリリアンは、お姉様をお支えする立ち位置なんです」


 上目遣いもお得意な、あざと可愛い子ウサギめ!

 こんなウサギに誰がした……って、やっぱりわたしなのかしら。


「そ、そう。しっかり励みなさい」


「はい!」


 子ウサギはぴょんと飛び上がっていいお返事をした。


「お嬢様、よろしければわたしが戦隊服のデザインを承りますわ」


「エマまで、そんなことを言って……」


 わたしはそっとため息をついた。


「それより、ルークに聞きたいんだけどね」


「なんですか、シャンドラお嬢様」


 素敵に澄んだブルーの瞳が、わたしの視線を捉えた。彼はソファから立ち上がるとわたしの隣にやってきて、床に膝をついた。


「別に、座ったままでいいのに」


 彼はわたしの手を取ると「なんなりとお尋ねください」と微笑んだ。


「あなたは、わたしが好きなの?」


 エマが驚きの声をあげた。


「まあっ、直球を投げられましたわ! さすがはお嬢様です!」


「さすがはお姉様です! さすおね! さすおね!」


 ウサギは跳ねる。

 いや、外野はいいから、おとなしくしてて。


 ルークはわたしの手を握ると「大好きです」と答えた。


「わたしは出会ったその日からお嬢様のことが好きでしたが、日に日に好きになっていって、今もさらに好きになっています」


「わたしも! わたしも!」


 子ウサギはわたしに飛びついて言った。


「お姉様が大大だーい好きです! リリアンが一番好きですからね!」


「あらまあ、なにをおっしゃいますやら。お嬢様のことを一番好きなのは、ご幼少の頃よりお世話差し上げているこのエマでございますよ」


 後ろにまわると、三つ歳上の美しき侍女はわたしの長い金髪を指で梳きながら「お嬢様、大好き」と呟いて笑った。

 

「そうなのね。わたしも、ルークとリリアンとエマのことは大好きよ。ということは、わたしたちは皆、両想いということなのかしらね」


「シャンドラお嬢様と両想い……それはこの上ない喜びです」


「お姉様と両想い! お姉様と両想い!」


「ええ、エマの想いは永遠でございますから。永遠の両想いですわ」


 なんか、変な方向に盛り上がった。

 ……って、違うわ。知りたいのはそういうことじゃない。


 わたしはひとつ咳払いをして、改めて尋ねた。 


「それでは、将来どうしたいかを教えてちょうだい」


 ご機嫌な子ウサギが跳ねながら言った。


「もちろん、お姉様のお側であらゆる困難をこの拳で排除できる、攻めも守りも完璧な大聖女になりたいです!」


「だ、大聖女ですって?」


 リリアン、またしてもわたしの宿敵になるつもりなの?


 ……っととと、そうじゃない。今回のわたしは、落ちこぼれだけど闇には堕ちないから大丈夫なのよ。ちょっぴりだけど聖水も出せるんですもの、立派な聖女だわ。美しく儚い、もの静かで地味な聖女シャンドラ、それがわたしの真の姿なのです。


「リリアンは、大聖女になりたいのね」


「はい。聖女の魔法には結界や防御があるけれど、たいした効果はないんですよね。だから、大聖女となって強い防御力を身につけて、お姉様の盾となりたいんです。お姉様の身に振りかかる火の粉をすべて薙ぎ払う力が欲しいのです。だって、お姉様ったら、ちょっと目を離すとなにをやらかすかわからないんですもの!」


「なにをやらかすって、そんな、こんなに落ち着いたひそやかな令嬢であるシャンドラ・リーベルトが、なにをするというの」


「丸焼きになったくせに……」


 リリアンに、ものすごいジト目で見られてしまった。まことに遺憾ですわ。


「こんがり焼けてましたよね……」


 ルークに以下同文。


「目を離すと丸焼きになる令嬢、それがシャンドラ・リーベルト伯爵令嬢でいらっしゃいますわ」


 エマに以下同文!

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