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【書籍化】キラキラネームの『破滅の闇聖女』にはなりません!   作者: 葉月クロル
学園編

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35 たまには弱音も

「で、シャンドラさんはどうしてこんなところにいるの?」


 イケメンというのは、りんごを持っただけでポーズが決まるわね、などと思いながら半分こにしたりんごを食べていたわたしに、ランディ先輩が言った。


 わたしもランディ先輩のようにがぶりとかじりたかったが、外部からのお客様が見ている手前、淑女らしくひと口大に切り分けながらいただいた。

 マナーとしては美しいけれど、細い光でりんごを切る姿を、ランディ先輩に珍獣を見る目で見られたのが少し辛かったわ。


「あと、それのやり方を教えて欲しいな」


「光の波長と方向を揃えて一点に収束して密度を上げるのですが……先輩、まさか、光魔法を使えますの?」


 剣士であり、魔法の研究者であるランディ先輩は、光魔法も使えるのだろうか? それではあまりにもオールマイティ過ぎるけれど、『金の瞳をお持ちの方』なのだから、もしかすると、もしかするの?


「……使えないよ。ああやっぱりそうか。残念!」


「びっくりさせないでくださいませ。使えるのかもと思ってしまいましたわ」


 金の瞳をお持ちでも、光魔法が使えたらやっぱり神官コース行きになるのだろう。


 それにしても『光で切断』というのは男子心をくすぐるのだろうか。そういえば、ルークもメンダル師匠もとてもやりたがっていた。

 メンダル師匠なんて「俺に光魔法が使えたら、絶対に光の剣を作ったのに! うおおおお!」と、珍しく感情を露わにして悔しがっていた。


 いやいや、光魔法が使えたら、進路は神官一択になりますからね。いつもにこにこ顔のメンダル神官が誕生していたでしょう。


「で、どうして木の上でのんびりしているの? わたしにはサボり以外の理由は思いつかないけれど」


「ええ、サボってますの」


「聖女科のお嬢様が、木の上に隠れて授業をサボるなんて……なにか学院で辛いことがあったんだね」


 辛いことなんてなにも、と言いかけて、なぜだか言葉に詰まってしまう。


 このわたしが、辛い?

 前世ではあんなにも悪逆非道なことをしておいて、たかが聖女に向いていないことが辛いですって?

 あまりにも身の程知らず過ぎて、笑ってしまうわ。

 シャンドラ・リーベルト、贅沢なことをほざくのではありません。


 ぼろぼろに切り刻まれたルミナスターキラシャンドラが、全身を血に染めながら、虚無でできた目でわたしを見る姿が脳裏に浮かんだ。


『お前はこんなにたくさんのものを手に入れたくせに……』『まだ欲しがるの? 強欲な女ね』『なにが不満なの?』『すべての人に愛されないと気が済まないの?』


 なにもない、洞穴のような瞳で、金髪を華やかに巻いた孤独な闇聖女がわたしを見つめてつかんで虚無の中に飲み込もうとする。


『いい気になるなよ、シャンドラ・リーベルト。お前は大罪人なのだからな』


 暗い世界にわたしを連れて行こうとする闇聖女……。


「ごめんなさい、シャンドラさん。今の質問は撤回します。わたしが踏み込み過ぎました」


「えっ、あっ!」


 変な幻を見ていたわたしは、困り顔のランディ先輩に謝られて慌てた。


「こちらこそごめんなさい! あのですね、違いますのよ、ランディ先輩がお悪いのではございませんの。お気遣いさせてしまって申し訳ございませんでした。恵まれた身のくせに、辛いなどという感情を持った自分に少し……呆れただけで……わたしは……」


 木の上というのは秘密の場所めいていて、心の扉の鍵が緩んでしまうのかもしれない。


「先輩、わたしはね、落ちこぼれ聖女なのですわ」


 そんなことを、彼に話してしまった。





「平民のスージーさんでさえ、一般教養の学習と並行しながら専門科目を学んで、わたしよりもずっと上手に癒しの魔法を使うことができるし……先生の授業は今ひとつ納得できないし。結果、反抗的でろくに聖水も作れない、落ちこぼれとしてクラスの中で足を引っ張っているのですわ」

 

 わたしはため息をついた。


「今日も国からの査察……ではなくて見学でしたっけ。それで国の偉い人がやってくるから、なるべく気配を隠して、目立たず、なにもせずに身を潜めていようかと思いましたが、それならばいっそ、わたしがいない方が丸く収まると思いまして」


「なるほどね」


 ランディ先輩は、黙って話を聞いてくれた。


「クラスでは居心地が悪いのかな」


「いいえ、皆様至らないわたしのために手助けをしてくださるし、さすがは聖女のたまごと言うのもおかしいのですが、親切でお優しい方ばかりなので……居心地は悪くはないのです。けれど、やっぱり負い目がありますわよね」


 毎日ミリアム先生に叱られるわたしのことを、邪魔にする人はいない。八百屋のスージーさんだって「シャンドラさんは、美人だから上手く魔法が使えなくてもカバーできるんじゃないですか? 商売なんて、意外とそんなものですよ」と、少しピントがズレたことを言って励ましてくれる。


 これが、わたしのことを責めて攻撃してくるようならば、かえって気持ちが楽だったかもしれない。喧嘩を売られたら叩き潰せばいいだけだ。だが、クラスメイトのお嬢様方は違う。わたしのことを心から応援して、上手くいかないと同情して、励ましてくれる。


「皆様、本当に優しいのです。でも、このままだといつかわたしのことを見捨てる日が来るのではないかと……思って……ああ、そういうことなのね」


 わたしは、怖かったのだ。

 優しくしてくれる人たちに見放されてしまうことが。


 前世のリリアンは、明るくて優しくて聖女の魔法が上手で、とうとう大聖女に選ばれるくらいで、当然ながらクラスの皆にも先輩にも先生にも愛された。


 対して、先生の覚えも悪くて問題児で聖女の魔法も少ししか使えないこんなわたしなのに、どうしてなのかわからないが、今世は仲間として扱ってもらっている。面白がっておやつをくれる先輩もいるし、どんなに迷惑をかけても神官様は笑って応援してくれる。


 でも、こんな、実力の裏打ちのない好意なんて、すぐになくなってしまうのではないか……わたしはまたひとりぼっちになるのではないか……それならば、なくなる前に手放してしまえばと……。


「シャンドラさんは、甘えん坊で、怖がりさんで、他人を信用しきれないんだね」


「うう……」


 いい笑顔で容赦なく言われ、わたしはうなりながらランディ先輩を上目遣いで見た。


「裏返すと、自分のことを信用していないってことかな」


「うううう……」


「シャンドラさんは、クラスに落ちこぼれた子がいたら、仲間はずれにして見捨てる?」


「それは……どうかしら。しないと思うわ」


「なぜ?」


「聖女科で上手くやれなくても、他にできることがあるでしょう? 別に聖女になるだけが人生ではないもの。聖女科で落ちこぼれたくらいで見下したりはしないわよ……あ、いたしませんわ」


 うっかり敬語を落としてしまったわ。


「そうだね。どうしてクラスメイトはそうは考えないと思うのかな。君の不安ってつまり、クラスメイトたちは皆、聖女科至上主義で、頭ががっちがちで、聖女の魔法が上手く使えないシャンドラさんのことを見下して見捨てるってことでしょう? つまり、聖女科のクラスはその程度の人間の集まりってことだね」


「違います! 皆様はそんなことはしませんわ!」


「それでは、なにが怖いの?」


 金の瞳が、わたしをまっすぐに見た。


「え?」


 わたしはなにを恐れて、逃げ出したのだろう。

 

 言葉を失ったわたしに、ランディ先輩は「大丈夫、みんな同じだよ」と優しく声をかけてくれた。


「シャンドラさんは、まだ十五歳くらいでしょう」


「はい」


「光魔法の才があるからと、強制的にタイタネル国立学院の聖女科に入れられて、環境が激変しているところで思った通りには聖女の魔法が使えなくて、先生に厳しくされて、いろいろ悪いことを考えちゃったんだろうね」


「そう……ですね。そうかもしれません」


「うん。もっと肩の力を抜きなさい。まだ勉強は始まったばかりだよ。もしかしたら、これから魔法がぐんと上達するかもしれないし、やっぱりしないかもしれない」


「そこは、希望を持たせてくださいませ!」


 ランディ先輩は笑った。


「魔法が駄目でも、他のところが伸びるかもしれない。未来になにが起きるかは誰にもわからないからね」


「はい」


「怖くて我慢できなくなったら、ここで昼寝して休めばいいよ。なにができてもできなくても、シャンドラさんはシャンドラさんだし、クラスメイトさんたちも、魔法の強さで人の価値を決めたりするようなことはしないはずだからね。少しずつでもいいから、友達を信用できるようになれるといいね」


「はい……」


「それから、シャンドラさんは、聖水がティースプーンに四杯しか作れないと言ったよね」


「はい」


「でも、その聖水は、誰かにとって必要な聖水なんだよ。その誰かはスプーン四杯の聖水で救われるんだから、そこは自信を持っていいんだと思う」


「そう……かしら」


「そうだよ。もしよかったら、わたしにもシャンドラさんの聖水を分けて欲しいな。スプーン一杯分でも、シャンドラさんががんばって作った聖水には特別価値があると思うよ。わたしのお守りにしたいんだ」


「ランディ先輩……わかりました! わたし、ランディ先輩のために聖水を作ってみせますわ」


「ありがとう、楽しみにしているよ。卒業生だし、先生に話せばわたしの元に届くからね。じゃあ、がんばって……がんばるけど肩の力を抜くんだよ」


「先輩、それって難しいんですけど」


 ランディ先輩はわたしの頭を撫でて「君ならできるよ」と励ましてくれてから、軽い身のこなしで木から降りると「りんごをごちそうさま。また会えるといいね」と手をあげ、姿を消した。


 気がつくと、もう夕方になっていた。


 あら、もしかして、ランディ先輩はこの学院に用事が残っていたんじゃないのかしら? 時間をもらって悪いことをしちゃったわ。


 わたしはハンモックを外して丸めると、袋の中にしまって木から降りたのだった。

ランディ先輩、大人の余裕ですね(●´ω`●)

さりげないナデポ、

ルークには内緒にね!

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