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【書籍化】キラキラネームの『破滅の闇聖女』にはなりません!   作者: 葉月クロル
学園編

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31/78

31 ほんの気持ちです

 教室に戻って来て今日はそれで授業が終わりかと思ったら、最後にわたしの大嫌いな基礎練習をやるようにと先生からの指示があった。


「それぞれの練習用の石を机の上に出しなさい」


 机についている引き出しを開けて、水晶の原石を出す。神官さんが祈祷してくれた特別な石で、ここに魔力を込めると聖なる力を持つ魔力の分だけ輝くのだ。


「これ、嫌い」


 わたしが呟くと、ミリアム先生から「聖女の授業に好き嫌いを言わない!」とすかさずお小言が飛んでくる。


 でも、本当に嫌いなのだ。

 これは、入学式の日に使った魔力量判定石の劣化版なので、大きめの魔力(ただし、聖女魔法用)を流さないと反応しない。つまり、わたしのちょっぴり魔力だと、何の反応も見られないのだ。虚しいにも程がある。

 しかもしかも、わたしは普通の魔力量は多いのだ。

 ということで、それに耐えられなかった石が何度も割れてしまい、その度に先生から「シャンドラさん、またしても神官の方々の努力を粉々に砕きましたね」などの嫌味を頂戴した。


 最初に壊した時は先生が新しいものを用意してくれた。しかし、二度目からはわたしが自分で学内神殿に行き、神官様に謝って新しい石を用意してもらわなければならないことになった。

 神官様は決してわたしを責めたりせずに、むしろ慰めてくれながら新たな石に祈祷をして持たせてくれるので、余計に心苦しい思いをするのだ。


 ミリアム先生に嫌味たっぷりに責められるのも嫌だけれど、いつ神官様に見放されるのかとびくびくしながら石をいただきに行くのも心臓に悪い。

 かといって、魔力を加減しながら流すと、石はまったく反応してくれないのだ。クラスメイトたちの机からほのかな青白い光が放たれる中で、うんともすんとも言わない石と向き合い続ける時間を過ごすというのは、虚しいにもほどがある。


 そして今日も、まったく反応してくれない石にうっかり魔力を流しすぎて、水晶を砂に変えてしまった。


 わたしは無言でミリアム先生が用意してくれた袋に水晶だった砂を詰め込んで、上目遣いで先生を見た。


「はい、それでは本日の授業はこれで終わりにいたします」


 先生が教室から出て行くと、クラス委員のアルマさんがわたしの席に来て「一緒に行きましょうか?」と優しいことを言ってくれた。


「ありがとう。でも、アルマさんは放課後に図書室に行くんでしょう? お勉強の邪魔をするわけにはいかないわ」


「そうよ、ぱんぱんぱんぱん石を割りまくるシャンドラさんのことは放っておきなさいな。たかが石じゃないのよ、誰も迷惑をかけていないんだから騒ぐほどのことじゃないわ」


 アライアさんは、相変わらずの口調でわたしに言った。

 ものすごくわかりにくいが『たいした失敗じゃないから気にしなくて大丈夫』だと慰めてくれているのだ。


「怪我はしてないわよね」


「ええ、鋭いかけらはできなかったから。ありがとうね、アライアさん」


「べっ、別に、心配したわけじゃないわよ。あなたがこれくらいのことで怪我なんてしやしないってわかってるし! ほら、さっさとお行きなさいな。なにを凹んでるのよ、さっきは聖水を出せてはしゃいでいたくせに」


 これは『怪我なくてよかった、聖水が出せるというとてもよいことがあったのだから、落ち込むことはない』と……本当に、アライアさんったら!





 わたしは砂の入った袋を持って、学内神殿に行った。日中は、国の大神殿から神官か聖女が派遣されて来ているのだ。


「失礼いたします」


「おや、シャンドラさん。今日はよかったですね……あ」


 実技の時にお世話になった神官様が笑顔で迎えてくれて、わたしの手にある袋を見てくすりと笑った。そして「そんな、泣きそうな顔をなさらないでください。学生のお仕事は失敗を繰り返しながら成長することなのですからね。大丈夫ですよ、この学院にいるうちにたくさん失敗しておいてくださいね。それはあなたの財産になりますから」と優しく慰めてくれたので、思わず涙を溢しそうになってしまう。


 前世では、誰もそんな風に慰めてくれなかった……いいえ、違う。

 優しい言葉をかけられても、わたしのねじくれた心には届かなかったんだわ。


「何度も、申し訳ありません」


「いえいえ、お気になさらず。実はね、今回はシャンドラさんのために、特製の石を用意してみたのですよ」


 砂袋を受け取った神官様の後に続いて、たくさんの石が置いてある部屋に入る。そこには祭壇もあり、石への祈祷を行えるようになっている。

 神官様は、棚から黒くてつやつやした不透明な拳大の石を手に取った。


「これは黒曜石といって、魔力に耐性のある石なのですよ。これを毎日聖水で磨いて、祈祷してみました。シャンドラさんの強い魔力にも耐えられるようになっているはずなので、こちらをお使いになってみるのもいいですよ」


「まあ、神官様! ありがとうございます」


 わたしの手に、どっしりとした黒い石が乗せられた。


「さあ、こちらでお祈りをしてみてください」


「はい」


 わたしは祭壇に石を乗せると跪き「神様、この石を使って魔法の練習をしてみたいのです。よろしくお願いします」と祈るというより神様に話しかけた。すると、石から青白い光が立ち上った。


「よかったですね。それでは、こちらでがんばってみてください。なにか気になることがありましたら、いつでも相談にのりますからね。気を楽にして、練習を続けてみてください」


「はい、ありがとうございます!」


 わたしは、祭壇に向けてと神官様に向けてと二回続けて頭を下げ、急いで教室に戻って自分の席についた。そして、机の上に黒い石を乗せて、両手をその上に乗せて魔力を流してみた。


「よーしよしよし、聖なる魔力よ流れろー、こいこいこい」


「あ、お姉様」


 廊下からリリアンがやって来て、石をのぞきこんだ。

 黒曜石は神官様の言う通りに魔力への耐性が大きくて、かなりたくさんの魔力を流しても壊れる様子はない。


「……あっ! 光りましたね!」


 水晶だと光る前に粉々に砕けてしまうが、黒曜石だと砕けることなく、ぼんやりと光り始めた。魔力を注ぎながら心の中で『神様、ありがとうございます! 出てます出てますー』とお礼を言い、さらにがんばっていると、我が人生において最大量の聖なる魔力が出せたようで、黒い石が青白くなってきた。


「すごいですわ、お姉様!」


「うふふふ、できたわ!」


 魔力を流すのをやめても、黒曜石はしばらく光り続けたので、わたしは手の上に乗せて嬉しい気持ちで見守った。


「この石にはクロマルという名前をつけましょう。この子はわたしのクロマルよ」


 いい子いい子とクロマルを撫でる。


 クロマル、長生きしてね。

 砕けたら、きっとわたしは泣くわ。





 用事があるというリリアンと別れて、わたしは騎士科の教室をのぞいた。学生は不在で連絡ボードに『野外訓練場』と授業の場所が書かれていたので、わたしは小走りでそこに向かった。


 広い訓練場では、授業が終わったらしく、学生が軽く手合わせをしたりメンダル師匠に質問したりしていた。ルークも見覚えがある学生……たぶん、入学式の時に挨拶をしたリナリオ第三王子と練習用の木の剣で型練習をしていた。


 低い柵で隔てられた見学席に行くと、わたしの姿を見つけたメンダル師匠に「シャンドラお嬢様! こっちにどうぞ」とにこやかに手を振られた。


「メンダル師匠、お久しぶりです。お邪魔ではないですか?」


「大丈夫ですよ、もう授業は終わりましたからね。身体を動かしに来たんですか?」


「いえ、そうではないのですけれど……」


 騎士科の学生たちの間から「聖女科のお嬢様だ!」「綺麗な人だなあ……」「なんでメンダル先生と知り合いなんだ?」という声が聞こえた。


 わたしはぐるりと柵を回って訓練場にお邪魔をしようとしたのだけれど、その前に「お嬢様!」と駆け寄ってきたルークに両手で腰を持ち上げられて、ふわっと柵を飛び越えた。


「聖女科の授業は終わったのですか」


「ええ、そうよ」


「失礼、タイが乱れましたので」


 ルークがわたしの胸元のリボンタイを結び直していると、周りから「ルークの大事なお嬢様か!」と先ほどよりも大きなざわめきが起きた。


「ありがとう。あのね、今日はね、神殿で聖水を作る授業があったのよ。それで、これをルークに渡そうと思って」


 わたしは首にかけていた聖水の小瓶付きペンダントを外した。鎖が長いので、ブラウスの中にしまっておいたため瓶が少し温かい。


「ルークはこれから騎士科の勉強で、魔物と戦ったりするでしょ? だから、お守りがわりにこれを持っていて欲しいのよ。わたしが作った、初めての聖水なの」


「これが聖水……」


 ルークは小瓶を陽の光に透かした。中でいろいろな光がきらめいて、ルークは眩しそうに目を細めた。


「とても美しいですね。これをわたしに?」


「ええ。なかなか上手くいかなくてくじけそうになったんだけど、ルークに必要だなって思って作ったら、成功したのよ」


「それは光栄です。ありがとうございます」


 ルークがとても嬉しそうに笑ったので、わたしは聖水を出せて本当によかったと思った。野営をする時に魔物よけに使えるし、剣に垂らせば聖なる力で鋭さが増すのだ。


「一生大切にします」


「あら、必要な時にちゃんと使ってね? お水に垂らして飲むと、怪我も早く治るらしいわよ」


「それなら……怪我をしないようにしなくては。減らしたくありませんから」


「ルークったら! 減ったら、また作ってあげるわよ……たぶん。たぶん、コツをつかめばまた出せるような気がするから……」


 自信がなくてもじもじすると、ルークは「わたしにはこれがあれば充分ですから」と小瓶を握りしめた。


「そうだ、お嬢様が首にかけてくれませんか?」


「え? 仕方ないわね、ほら、よこしなさいな」


 ルークは背が高くてそのままでは全然届かない。膝に手を当てるようにして屈んだので、急に顔が近づいてきてドキドキしてしまった。


「お願いします」


 青い視線が、まっすぐわたしを貫いた。


「え、ええ」


 わたしは鎖を広げて彼の首にかけた。なんだか両腕で彼の頭を抱き寄せるような感じになって、顔が熱くなる。


「はい、これでどう?」


「ありがとうございます」


 彼はシャツの中に小瓶を仕舞い込んで、その上をそっと押さえて微笑んだ。


 メンダル師匠が「いいねえ、青春だねえ」と、相変わらずののほほんとした声で言ってから「皆さんもがんばって青春を楽しんでくださいねー」と騎士科の生徒たちに声をかけた。

 そして「先生、傷口に塩を擦り込むようなことを言うのはやめてください!」「なんなら、聖女科の女子を紹介してください!」「騎士科の士気を高めるために出会いパーティーを開くべきだと思います!」と、学生から抗議(?)されていた。

甘酸っぱいのう……(*´Д`*)

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