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【書籍化】キラキラネームの『破滅の闇聖女』にはなりません!   作者: 葉月クロル
学園編

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30 わたしの可愛い子

「聖水……わたしの作った聖水……ふふ……うふふ……」


 わたしは壺の中を覗き込みながら優しくゆすって、聖水が放つ光が踊る様を楽しんだ。前世と今世を通して、初めて自分の力で作り出した、貴重な貴重な聖水なのだ。心なしか、輝き方が普通の聖水とは違って美しい気がする。青と金と赤の光をきらめかせる聖水……美しいわたしが作ると、聖水まで美しくなるのね。

 ううん、可愛い聖水ちゃんめ。

 このこのー。

 壺をゆすると、聖水も楽しそうだわ。


「シャンドラさん、いい加減になさいな。顔がだらしないわよ」


 そんなわたしの楽しみを邪魔したのは、アライア・チェスターさんだ。言い方はキツいけれど、先生から注意される前にと考えてくれたのだろう。


「ねえ見てちょうだい、うちの子、すごく可愛くない? がんばって生まれた我が子よ」


 わたしがアライアさんに壺を示すと、言葉は上から目線だけど実はとても性格がよい令嬢は「うちの子って、あなたねえ……ええ、なかなか綺麗じゃないの」と壺の中を見て微笑んでくれた。


「ありがとう、自慢の我が子よ」


「ねえ、シャンドラさん、いっつも思うんだけどね、特に今日は頭の中が大丈夫なのかしら? 一度校医さんのところに行った方がよろしくてよ。聖女科の学生がストレスとプレッシャーで少しおかしくなることがあるって話を耳にしたの」


 アライアさんが眉根を寄せて、心配げにわたしを見下ろした。


「とにかく片づけに入りましょう。ほら、あっちのガラス瓶に聖水をまとめて入れるのよ」


「ええっ、そんな! 駄目よ、わたしはこの子から離れたくないのよ」


 みんなは涼しい顔で壺に二杯も三杯も聖水を出しているから気にしてないみたいだけど、わたしの聖水は苦労して生み出した、わたしの血と汗と涙の結晶なのだ。そう簡単には手放せない。


「なにを言ってるのよ、壺を持って教室に帰れないわよ」


「いやー。じゃあ、帰らない」


「あなたねえ……ねえアルマさん、この駄々っ子をなんとかしてちょうだいな」


 アライアさんが、クラス委員のアルマさんを呼んだ。彼女は「シャンドラさんは、いつも自由ね」と困ったように微笑みながらやって来て言った。


「初めて出せた聖水ですものね。情が移るのもわかるわ。でも、授業で出した聖水は、学内神殿が管理することになっていて、個人で持つことは禁じられているの。さあ、わたしがその壺を預かりましょう」


「やだ! わたしの子を取らないで!」


 やっとやっとやーっと出せた聖水だし、もしかするとわたしが一生涯に出せる聖水はこれだけかもしれないのだ。


「シャンドラさんったら……え? あなた、泣いてるの?」


 アルマさんは、涙ぐむわたしを見て驚愕の表情になった。アライアさんは、壺を抱えて座るわたしの横で仁王立ちになった。


「はあ? どうしてそんなことくらいで泣くのよ! 先生に何度叱られてもめげないあなたがそんなことで! 聖水はとても貴重なもので、聖女が個人的に所有してはならないって授業で習ったでしょう。本当に必要な方に届けるべきものであって……」


「わたしにはこの聖水が世界一必要なの! アライアさんはたくさん聖水が出せるから、わたしの気持ちがわからないのよ、この壺の底にちょっぴりしか出せないわたしの気持ちが! わたしはもう二度と聖水を作り出せないかもしれないのよ、これが最初で最後の聖水ではないと言い切れるの⁉︎」


「いやだわ、シャンドラさんったら、なにを熱くなってるの……あ、ミリアム先生」


 わたしたちの声が大きくなったので、苦い顔をしたミリアム先生に気づかれてしまった。


「神聖な神殿で、なにを騒いでいるのですか? シャンドラさん、お立ちなさい」


「いやです。この壺は渡しません」


 わたしが、大切な人のために出した聖水は、ちゃんとその人の元に届けたいの。スプーンに五杯しかないけれど、特別な聖水なの。


「シャンドラさん! どうしてあなたはいつもそうなのですか!」


「でもこれは、大事な、大事な聖水なんですう……うう……」


 クラス委員のアルマさんは、わたしの肩を抱いてくれた。


「そうなのね、シャンドラさんは、とても苦労してその聖水を出せたのですものね、それはとても素晴らしい聖水だわ」


「ありがとう、アルマさん……ううううう」


 アルマさんがハンカチを出して、本格的に泣き出したわたしの涙を拭ってくれた。


「まあ、お姉様! どうされたのですか? まさか、いじめられたのでは……」


 異変を察知したリリアンが、半ば戦闘モードに入りながら飛んできた。


「アルマさん、誰がお姉様を泣かせたんですか?」


「違うわよ、リリアンさん。誰もシャンドラさんをいじめていないから、殺気を引っ込めなさいね。ここは神殿なのよ」

 

 アルマさんが優しく言い聞かせるが、リリアンは両手の拳を握りしめて言った。


「お姉様を泣かす者は、誰であろうとこのリリアン・ウィングが許しませんよ!」


 凶暴な子ウサギは、鉄板の入った靴で足の床をガツンと蹴った。聖なる魔法で守られた頑健な床だからよかったものの、普通の石だったら間違いなく砕けていると思う。


「ふたりとも、困るわね……リーベルトの一族はこれだから」


 アライアさんは、わざとらしくため息をついて言った。


「ほんと、見た目と中身のギャップが激しすぎるのよ、リーベルト一族は」


 どうやら問題児なのは、わたしとリリアンだけではなかったらしい。


「穏やかな気性のチェスター家を見習った方がいいわ」


 コミュニケーションに問題があり過ぎるあなたに言われたくないわ。


 わたしたちの様子を見ていた学内神殿の神官さんが「ミリアム先生、ちょっと」と言って先生を隅の方に連れて行った。


「少々なら、都合をつけて差し上げてはいかがでしょうか? あの学生さんは、かなりの気持ちを込めて聖水を出していたようにお見受けしました。きっと、とても気持ちのこもった大切な素晴らしい聖水なのでしょう。心に傷をつけるような事態はできるだけ避けた方が、学生さんのこれからの成長にもよろしいかと思われますよ」


「でも、こちらで作った聖水は、すべて神殿に納めるのが決まりですわ。一部の学生を甘やかすような真似は……シャンドラさん、そんな、人でなしを見るような瞳でわたしをにらむのはおやめなさい」


「みりあむせんせいいいいい……」


 せっかく親切な心の広い神官さんが言ってくれたのに! 

 ミリアム先生の鬼!

 鬼鬼鬼ーッ!


「変な声を出さない! まったく、あなたという人は! 他の学生をご覧なさい。わがままを言って聖水を欲しがるのはあなただけですよ」


「……」


 わたしが猫だったら、牙を剥いて「シャーッ!」と威嚇しているところだ。


「あの、先生。こちらをお使いになるのはいかがでしょう」


 神官さんが、キラキラ光るなにかを取り出した。


「これは……聖水の容器ですわね。よろしいのですか?」


 ちらりと見ると、先生が鎖の付いたガラスの小瓶を受け取っていた。


「熱心に課題に取り組んだのですから、少々ご褒美があってもよいかと。実はですね、こちらは、わたしどもが新たに製作したペンダント型の聖水入れなのです。いつもこれを身につけることで神様に対する信仰心を高めようという意図で近々売り出すのですが、その事前調査ということで学生の皆さんに使っていただいて、感想をお聞かせいただけると、神殿として助かるのですが……ぜひともお願いいたします」


「まあ、そんな……我が校の至らぬ学生をお気遣いくださいまして、ありがとうございます」


「いえいえ、わたしどもにもよいお話ですので。他の学生さんたちも、少しご自分用に聖水を出して、こちらに詰めてみてください」


 神官さんが、ペンダントを皆に配ってくれた。

 わたしには、かつかつと足音を立てて近づいてきたミリアム先生が直接手渡す。


「いいですか、シャンドラさん。いつもいつもわがままが通るなどとは思わないことですよ!」


 嫌味を言いながらも、ペンダントの蓋を開けてくれる。


「そら、入れなさい」


「先生、こぼれませんか?」


 小さな瓶の中に、上手く聖水が入るのか心配である。


「聖水は決してこぼれないものです、これは覚えておくように。そして、必要とする人のところに届けられるものなのですよ……この聖水は、どこに届くのでしょうね」


 わたしは壺を傾けて、小さな瓶の口に当てた。とてもゆっくりと滑り落ちてきた大切な聖水は、生き物のように瓶の中に入った。


「あら?」


 入ったのは、きっちりスプーン一杯分。

 スプーン四杯分の聖水は、壺から出なかった。


「壺に残った分は、あなたのものではないということですよ。さあ、向こうのガラス瓶の中に入れてきなさい」


 先生が小瓶の口を閉めて鎖をわたしの首にかけてくれたので、わたしは「はーい」と言って、残りの聖水をみんなのものと一緒にしようと駆け出した。


「『はい』は短く!」


「はい!」


 わたしは素直に返事をして、壺の中身をガラス瓶の中に移した。スプーン四杯分の聖水はするんと中に入り、美しく光を放った。

『シャンドラちゃんは、わがままでお馬鹿さんで、

可愛いなあ♡』(●´ω`●)←神様

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