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3 ご安心なさってね

 わたしが闇聖女になってしまった過程には、いくつかの分岐点というか、そうなった理由があった。

 そのひとつめが、母の死である。


 艶やかな金髪にルビーのように光り輝く瞳を持ち、大変美しい容姿をしたお母様は、とても優しくて、伯爵であるお父様に溺愛されていた。

 お母様によく似た可愛らしいわたしも、もちろん両親の愛情を受けて育った。

 三人家族で幸せに暮らしていたのだが、ある日突然、お母様が亡くなってしまった。お医者様によると、元々心臓が弱かったらしいのだが、運悪く感染してしまった流行り病がお母様の鼓動を止めてしまったのだという。

 皮肉なことに、お母様は治癒魔法が得意であった。

 自分のことは癒せない、特別な治癒魔法が。


 最愛の妻を亡くしたお父様は抜け殻のようになり、悲しみを紛らわすためにがむしゃらにお仕事をするようになった。そして、お母様にそっくりなわたしを見ると辛くなるということで、あまり顔を合わそうとしてくれなくなった。


 わたしは、両親の愛を同時に失ってしまったのだ。


 途方に暮れたわたしは、それからはどうしたら再びお父様に愛されるようになれるのかと必死になった。手当たり次第にものをねだり、わがままを言い、なんとかお父様の関心を引こうとしたが、お父様の傷ついた心にはわたしの孤独な叫びは届かなかった。


 そんな最悪な振る舞いをするわたしから、人々は距離を置いていく。

 わたしの気持ちを気にかけてくれる人はいなかった。

 友人も、保護者も、いなかった。

 寒々とした屋敷の中、わたしは毎日悲鳴をあげていた。


 けれど、助けの手は差し伸べてもらえなかった。


「みんな酷いわ、どうしてわたしをひとりにするの? お父様は、どうしてわたしに笑いかけてくださらないの?」


 そして、わたしは思いついた。

 リーベルト家は光魔法を得意としていて、その家系からは聖女が何人も現れているし、大聖女と呼ばれた人もいる。聖女とは、治療魔法や結界魔法、浄化魔法に優れた魔法使いで、大聖女ともなると王家に請われて王妃となることが多い。


 もしもわたしが大聖女になれば、お父様はきっと『よくやった』と褒めてくれるだろう。

 王妃となれば、誇りに思ってくれるだろう。


 このわたしならできる筈。

 お母様も、タイタネル国立学院の聖女科を卒業した、光魔法に長けた聖女だったのだ。

 だから、わたしも学院に入って聖女になって、なんなら大聖女になって、お父様にもう一度愛されるようになるのだ。


 ……という予定だったのが、当然のことながら上手く行かず、わたしは怨嗟の言葉を吐きながらそのまま闇聖女に転落してしまった。





「もう失敗しないわ。お父様に愛されないのは悲しいけれど……それは決してわたしのせいではないのだから。だから、もうお父様の愛を求めて馬鹿な振る舞いはしない」


 そう思いながらも、わたしはひとりベッドで泣いた。

 だってわたしはまだ六歳なんだもの。

 美幼女のシャンドラは寂しくて仕方がないの。


 わたしは神様にやってもらったように、自分の手で頭を撫でた。


「いい子、いい子、シャンドラはいい子」


 目をつぶって、神様の手がわたしの頭に乗っていると想像してみる。


 あ、ほらね、少し寂しくなくなったわ。


 わたしは微笑んだ。


 神様がわたしを愛してるって言っていたから、わたしはひとりぼっちじゃない。

 ……今度、神様にお祈りができる教会に行ってみようかな。


「だって、神様はわたしを撫でてくださったもの。愛しているって、言ってくださったもの。わたし、絶対に忘れないわ。ね、シャンドラはいい子、いい子ね」


 微笑みながら、何度も頭を撫でていると、幸せな気持ちになってくる。


「大聖女にならなくてもいいの、このままのシャンドラでいいの。だって、神様が愛してくださっているもの。わたしはそれ以上のものは求めないわ」


 そんなことを考えていると、屋敷内がざわつくのを感じた。出張で屋敷を留守にしていたお父様が帰ってきたようだ。


「お父様……お早いお帰りね」


 どうせご自分のお部屋にこもってしまうのだろうからと、わたしはベッドに潜り込んだのだが。


「シャンドラ、大丈夫か⁉︎」


「ええっ!」


 部屋の扉が全開になり、お父様が飛び込んできたので、わたしは驚いて起き上がってしまった。

 金髪に濃いピンク色の瞳を持つ、ご婦人方に「素敵だわ……」と囁かれるイケメンなお父様は、上着も脱がずにやってきたようだ。


「頭を負傷したとか? どこだ、見せてみなさい、気分は悪くないか? 熱は出ていないか?」


「大丈夫……ですけれど」


 普段はわたしと目を合わせてもくれないのに、なぜか妙におろおろしているお父様のことを不思議に思いながら、わたしは「ほら、このたんこぶがそうです。お医者様によく効くお薬をいただいたので、触らなければ特に痛みはありません」と、木の実がぶつかったところを見せた。


「そうか……その、怪我をした拍子に、頭の中が変なことになったりは……」


 わたしはぷんと膨れた。


「しておりませんわ! まったく、人聞きの悪いことをおっしゃらないでくださいませ……誰かに何かを吹き込まれましたの?」


 皆、わがままで傲慢な悪ガキお嬢様のことをよく思っていないのだから、陰で何を噂されてもおかしくない。


「お父様、変な噂を信じないでくださいませね。そういえば、お父様とこんなに会話をするのは久しぶりですわね……お父様?」


 お父様は大きく口を開けて「おお……」と言い、それから悲痛な叫びをあげた。


「やっぱり頭の打ちどころが悪かったのだな! シャンドラよ、どうしてしまったのだ?」


「わたしはどうもしておりませんわよ。なにか不都合なことがございまして?」


 こてんと首を傾げる。


「ございましてって、その、話し方だ! 六歳のシャンドラが、なぜ、そのような話し方をしているのだ! 怪我をしたのに、金切り声をあげたり、怒鳴り散らしたりせずにそのように大人びた口調で冷静に話すなんて、おかしいではないか!」


「あ……」


 あ。しまった。そうでしたわね。

 前世を思い出す前のわたしは『お父様ーっ、見てみて、シャンドラ、可愛いのよ! お仕事に行かないでもっと遊んで!』『やだやだやだーっ、新しいドレスじゃないなら、シャンドラ、ご挨拶しないもん!』『シャンドラのいうことをみんなきかないといけないの! あんたなんてクビよ、クビ!』という感じに、わがまま幼女っぷり全開の毎日だし、お父様のことを追いかけ回しては逃げられ、地団駄を踏んでヒステリックに泣き叫んでいましたもの。


 いきなり中身が17歳になっちゃいましたから、違和感が酷いのでしょう。


 でも、わたしは慌てない。


「不慮の事故とはいえ、お父様にご心配かけてしまい、申し訳ございませんでした。お仕事に支障はございませんでしたか? そして、わたしの頭の中は大変健康です」


「……」


「ちなみに、お父様がお忙しくてなかなか会えないうちに、わたしはマナーのお勉強もがんばりましたの。淑女らしい会話法も、この通り、しっかりと身につけましたわ。いつまでも寂しがって甘えてばかりでいたら、お母様に叱られてしまいますからね」


「……シャンドラ」


「いつか、神様のお国でお母様にお会いした時に、わたしは胸を張って抱っこしてもらうつもりです」


「……そうか、そうだったのか」


 お父様は涙を流して、わたしを抱きしめた。


「今までお前を避けて申し訳なかった。シャンドラは亡きエレーナにそっくりな、美しくて誇り高い、素晴らしい女の子なのだな。ははっ、こんなことではお父様はお母様に叱られてしまう! わたしも、神の国でエレーナに再会した時に叱られないように、もっと父親としてしっかりしなくてはな」


 お父様は泣き笑いしながら、わたしの頭を撫でてくれたのだが、見事にたんこぶを直撃したので「いたっ! お父様、ちゃんと見てから撫でてくださいませ!」と文句を言った。


「これからは、わたしを見てくださいね……こぶの場所だけではなくて」


「ああ、もちろんだよ、シャンドラ。こぶも触らないからな。それにしても、お前が無事でよかった。エレーナに続いて、シャンドラまで、失って、しまったのかと……」


 お父様が本気泣きし始めしまったので、わたしはお父様の頭を小さな手で撫でて「いい子、いい子、お父様いい子」と慰めたのだが……あまり効き目がないというか、もっと酷く泣かせてしまったようだ。


 結局六歳児のシャンドラちゃんの手には負えなくて、「うわーん!」と一緒に泣いてしまったのは……微笑ましい出来事でしたわね、ええ。

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