27 それ、わたしのよ
聖女科の教室を出る前にまずはこっそりと廊下を覗いてみると、面白いものが見られた。
うちの『愛と光の守護戦士』様が、女生徒に微妙な距離をとられ、しかし明らかに取り巻かれて少し困った顔で立っていたのだ。遠距離包囲である。
「あらら、うちの従者にモテ期が来たようだわ……」
リーベルト家で暮らしていたルークはわたしの従者なので、伯爵家で雇われている女性もアプローチしてこなかったし(そんなことをしたら、たちまち首を切られてしまうからだ)街や村に出かける時にはわたしの護衛としてついてきていた。休みの日には出かけたりしないで剣の鍛錬をしていた。
だから、若い女性と直接関わることはほとんどなく、自分の容姿が優れていることに気づいていない……かな?
鏡を見たらわかるわよね、ふふふ。ただ、男性と女性とは感じ方が違うから、平民上がりの騎士志望である彼は、見た目が多少よくても自分がモテるとは考えていないのかもしれない。
「お姉様を差し置いてルークに近づくなどとは、不届な……あれ? 誰も近づいては来ませんね」
「彼にはある種の迫力があるから、話しかけにくいのかもしれないわ」
スーパースターの持つ輝き……彼にはそれが備わっている。たぶん、前世が勇者だったからだろう。
「メンダル師匠に鍛えられてきたからか、存在感がありますよね、ルークもお姉様も」
「わたしは野辺に咲く可憐な花程度の存在感だけど」
「うふふ、面白い冗談ですわ」
あっさりかわされてしまった。この子のメンタルも相当鍛えられたわね。
「正直な話、エマさんの存在感のなさの方が、わたしは怖いです」
「あれはね、ないんじゃなくて高度なテクニックで存在感を消しているのよ」
「いつ喉をかっ切られるかと思うと怖すぎて、夜しか眠れません」
「わたしに敵対しなければ、喉は安全よ」
「死んでも敵対しませんからね!」
死んだら駄目でしょう。
いくらエマでも、死霊の呼び出しなんてしないと思うし……しないわよね?
「でも、ルークって本当にルックスがいいですよね。シャンドラお姉様の美しさといい勝負になってきました」
「ふうん」
「もちろん、お姉様の圧勝ですけれどね」
「よしよし」
従順な子ウサギの頭を撫でておく。
だが、女生徒たちの反応は無理もないかもしれない。
真新しい制服に身を包んで、首周りがうっとおしかったのか少しタイを緩めて、窓辺で風を受けるルークは、貴族の鑑賞に耐えうるレベルの芸術品……ではなく、美青年なのだ。
彼は顔立ちが美しいだけではなく、すっと伸びた背筋と高い身長に長い脚、そして制服を着ていてもわかる鍛え抜かれた筋肉質の身体と、これでもかと女子ウケ要素を盛っている。
そんなルークに親しげに話しかける勇敢な女の子はいないようだ。しかし、珍獣でも発見したような興奮ぶりで、そわそわしながら距離をおいて彼を見る女生徒の輪ができていた。
ほとんどは聖女科の学生のようだが、胸の薔薇を見ると黄色や白も混ざっている。
さすがに赤はないようだ。
騎士科からあとをつけてくるような、勇猛果敢な将来の女騎士がいないことにはほっとした。
見ると、ひとりなどは美術に覚えがあるのか、手に持った紙に彼の姿をスケッチをしている。こっそり描いているつもりだろうけど、ものすごく真剣な表情でルークを見ているから、気合いが全方位に放射されてバレバレなのだ。
あとで見せてくれないかしら?
気になるわ。
まあ、サラサラの黒髪を風に揺らす青い瞳のルークは、客観的に見てもわたしたちの学年で一、二を争うイケメンだと思うから、外見で多くの女性の心をさらうだろうなとは思っていた。
でも、彼はわたしの下僕……ではなく、側近ですからね。
おさわり禁止ですわよ!
「シャンドラお嬢様、お疲れ様です」
わたしが何食わぬ顔で教室から出てきたのを見て、彼はほっとしたように微笑んだ。
それを見た女生徒からため息が溢れる。
「ルーク、ごめんなさいね。待たせてしまったかしら?」
長い脚で数歩進んだ彼は、わたしの前に立った。品のある滑らかな所作(剣技を極めると仕草も美しくなる、というのがメンダル師匠の考えで、無駄を省いた技は確かに美しいものだ)(そして、お作法に関しては、うちの執事とエリザベス夫人に叩き込まれている)は長年の訓練の賜物なのだが、それを知らない者は、彼のことを生まれついての高貴な存在ではないかと誤解するかもしれない。
「お嬢様、謝る必要などございませんので、どうぞお気遣いなく。お嬢様のためならわたしは何時間でも待ちますよ」
「あら、そう」
んまああああ、というひそやかな感嘆の声が上がる。
ちらりと見ると、通りすがりの女生徒たちも加わって人数が膨れ上がっている。
あなた方、早く目的地に向かいなさいな。
こんなところで油を売っていていいの?
「あ、お嬢様」
彼はそっけなく頷いたわたしの前に屈むようにして「失礼。タイが歪んでおります」と、わたしのリボンタイを結び直した。彼は護衛兼執事なので、エマがいない時は身につけているもののチェックも怠らないのだ。
「わたしのタイも直されたい……」
そんな声が聞こえたけれど、ルークはわたしの従者なので、タイを直すのもわたしのだけなのよ。
「お嬢様、どうされましたか? 聖女科で、なにか問題でも?」
耳元でひそひそと話されて、わたしは「大丈夫、問題ないわ」と答えた。
「それならよいのですが……なにか気がかりなことがありそうな顔をしていますよ」
「気のせいじゃない?」
こんなに美麗な顔が近いと、冷静さを保つのに苦労してしまう。
あと、声が問題。
声変わりしてから、ルークの声がよすぎて辛いのだ。
彼はわたしだけに聞こえるようにしたい時、少し低めのかすれた声で話すのだが、最近はそこに色気のようなものが乗ってきている。
ほんの最近まで、一緒に勉強したり、遊びまわったりするやんちゃで優しい幼馴染みだったのに。生意気にも大人になっちゃって。
「そうね、わたしが今気になるのは、今日のランチのメニューだわ」
そう言うと、ルークは「それはわたしも気になります」と、子どものように笑った。
「はうっ」と変な声がした。誰か倒れたのかもしれない。
「それでは、昼食をいただきに参りましょう……お手を失礼いたします」
生徒たちで混雑している廊下(その原因は、間違いなくルークである)を通り抜けるので、彼はわたしの右手を軽く握った。
人通りの多い街の中で買い物をする時は、いつもこうして手を握っていたのだ。
腕を組むと万一の時の防御や迎撃に支障が出るからと、彼はいつでも前に出て戦えるように、右手を空けて手を握る。
それを見て、周りからざわめきが起きた。
「まあああーっ、あのふたりって……」
「もしや、そうなの?」
「嘘でしょ、わたしの失恋最短記録だわ!」
いえいえ、そうではありませんわよ。
と、わたしの左手も握られた。
「なんか、おなか空いちゃいましたねー。早く食堂で美味しいごはんをゆっくり食べましょ!」
元気な子ウサギが、にこにこしながら手を繋いでいた。
右手にイケメン、左手に可愛い子ウサギを連れて、わたしは微笑んだ。
「そうね、お昼のメニューも、きっと美味しいでしょうから楽しみね」
「わたしはやっぱり肉料理が食べたいですよ。できれば魚も」
「ルークはまだまだ育ち盛りなのね」
「わたしは食べた分は動いていますからね。お嬢様は……」
「皆まで言わなくて、よし!」
わたしたちの頭の中は、お昼ごはんでいっぱいだったので、もう他人のことなど構わずに食堂を目指して行った。
皆さま、色気より食い気で申し訳ございませんわね。




