25 入学式
夕食後にはそれぞれの部屋に戻ってきたので、わたしは用意された教科書に目を通したりしてからゆっくり休み、一夜が明けた。
今日は学院の入学式である。エマに身支度してもらい、鏡の前で確認する。
「よし。今日も美しいわね」
わたしは満足して頷いた。
サラサラの長い金髪は朝の光にまばゆくきらめいているし、さながら高価な宝石のような赤い瞳も、ぱっちりとして可愛らしい。
前世のように険のある性格でなくなったわたしには、可愛らしさという新しい武器が備わったのだ!
無敵のお嬢様と呼んでもよろしくてよ。
「よく寝た朝は、我ながら美人度が増すわね」
わたしは様々なポーズをとって「ねえ、エマ、どう? ほら、可愛い? 綺麗?」と尋ねた。
目を縁取るまつ毛は焦茶に近い濃い金色なので、わたしの目には存在感がある。メイクをしなくてもはっきりとした目鼻立ちのわたしは、リーベルト伯爵家の美しき姫君だ。断然、清純派なのだ。
肌を荒らすような厚化粧はもうしない。
しないったらしないのだ。
「お嬢様、自分のことがお好きなのはよろしいのですが、そのように見惚れていると時間が無駄に過ぎますわ」
「タダなんだから、いくら見てもいいじゃない。ねえ、リボンタイの色は赤でよかったわよね?」
「お似合いでございます」
白いブラウスに淡いブラウンのジャケット、スカートは赤のチェックである。そして、胸元にリボンタイを結ぶのだが、この色はそれぞれの個性で選んでよい。ボーイッシュな感じにしたいなら、リボンタイではなくネクタイにすることも可能だ。
わたしは自分の瞳の色に合わせて、鮮やかな赤のリボンタイにした。リリアンも「わたしのリボンもお姉様の瞳の色にしたいです! ね、いいでしょう?」とおねだりをしてきたので、同じ色にすることを許した。
ご機嫌な子ウサギになった。
ルークは男子だからネクタイをつけるのだが、焦茶色を選んだようだ。
「あら、わたしの瞳の色にしなくていいのかしら?」とからかったら「お嬢様の瞳の色は、ほら、この胸に咲き誇っていますから」と胸の赤い薔薇の刺繍を指差した。
見事に返り討ちをくらってしまい、悔しいわ。
最近のルークはすっかり生意気になったのよ。
支度が済んだら、男女共用の建物に行き、食堂で朝食を食べて校舎に向かう。式は大ホールで行われるとのことだ。
「みなさん、おはよう」
リーベルト家のテーブルに行くと、ルークとリリアンがいた。
ルークはおそらく、朝の鍛錬を済ませて来たのだろう。メンダル師匠にしっかりと仕込まれているし、ここでも師匠の授業を受けるのだ。少しでも腕が鈍っていたら、あの師匠から非常識な課題が課せられるに違いない。
さすがにここでは地獄の鬼ごっこはしないだろうけれどね。
「おはようございます、お姉様」
「おはようございます、お嬢様」
先に挨拶をしようとして食い気味のリリアンと、落ち着いた様子のルークは、前世の役割が逆転したようだ。
おどおどしながら、懸命にわたしに話しかけようとしていたリリアンも、嫌われ者のお嬢様にためらいなく話しかけて、ぴしゃりと断られ、子犬のように悲しい目をしていたルークも……やがて、わたしに牙を剥く存在となった。
今回は違う。
皆、違う運命を進んでいるのだ。
そう思っても、最後のところで心を許しきれないわたしがいる。
三人の幼馴染みたちは、幸か不幸か人の気持ちに敏感な質だったので、わたしの心の奥底にあるものに気づいているのだろうけれど、見ないふりをしている。
そこに触れたら、わたしが消えてしまうと思っているのかもしれない。
一番長く一緒にいるエマには、時折「お嬢様、ひとりで遠くに行かないでくださいませね」と囁かれる。
ぼんやりと風に吹かれている時とか、仮眠に入ろうと、うとうとしている時に。
わたしはとても臆病なのだ。
あんなに欲しかった友達なのに、いざ手に入れたら失うことが怖すぎて逃げ出したくなる。
「お嬢様、おかけください」
耳元でルークに囁かれて、はっとした。椅子を引いて、わたしが腰かけるのを待っていたのだ。
「ぼんやりしてしまったわ、ごめんなさいね」
「緊張しているのですか? それとも、あまりよく眠れなかったとか?」
彼は腰を屈めて、青い瞳でわたしの目を覗き込んだ。
間近でその青を見ると、わたしの記憶が揺さぶられる。
「大丈夫よ、心配しないでちょうだい」
わたしは心の中で『そう、大丈夫、大丈夫、今度は彼はわたしを殺さない』と自分に言い聞かせた。
みんなが子どもではなくなり、闇聖女討伐パーティにいた姿に近づいてきてしまった。とても怖い。
いつかまた、わたしのことを憎むのではないかと……いいえ、そんなことはないわ。
余計なことを考えてしまうのは、きっと着慣れた制服に身を包んだせいね。
しっかりなさい、シャンドラ・リーベルト。
今度は世界を滅ぼしたりしないと誓ったのだから、神様のご期待に応えてもっと誇り高く生きなさい!
食事を終えると、エマは寮に戻っていき、わたしたち三人は大ホールへと向かった。
「科で席が分かれてしまうわね」
「お嬢様、聖女科では入学式の後になにかあるのですか?」
「ええと、魔力測定があったかしら」
リリアンに尋ねると「はい、そうですわ」と頷いた。
「騎士科はすぐに解散すると思いますので、お迎えにあがります」
「あら、ゆっくりしていていいのよ。お友達を作ったりすれば?」
「お嬢様に悪い虫がついたらいけませんので」
「過保護な人ね」
唇を尖らせると、彼は笑って「そういう可愛い顔を、男性の前でやたらと見せてはいけませんよ」などと、お父様みたいなことを言う。
「それでは、リリアン様、お嬢様をお願いいたします」
「任せてよ。またあとでね」
なんで妹分に面倒を見てもらわなくちゃならないの?
唇を尖らせたままリリアンを見ると「シャンドラお姉様が、美しすぎるからいけないのですよ!」とおでこをつつかれてしまった。
うーん、そればかりはどうしようもないわね!
「お姉様、あの方が第三王子殿下ですよ。同じ学年の騎士科に入学された、リナリオ殿下です」
隣に座ったリリアンが、小さな声で教えてくれる。
「そうなのね。なかなかハンサムじゃない」
燃えるような濃いオレンジの髪に、金の瞳をした青年が、新入生の代表として挨拶している。この金色の瞳は王家の瞳と呼ばれる、いかにも王者らしい鋭い光を放つ瞳だ。
「え……お姉様、まさか、ああいうのがお好みなのですか?」
「全然」
悪いけど、暑苦しい男は嫌いなのよね。彼は熱血タイプの大剣使いで、前世では力任せの攻撃をガンガン放ってきたのよ……闇聖女ルミナスターキラシャンドラに向けて、ね。
壇上では、余裕の笑みを浮かべながら大きな声で、リナリオ王子殿下が『国のために役立つ人間になるべく学問に励もう!』みたいなことを言っている。
「でも、どのくらい強いのか、興味があるわね。ルークといい勝負ができるかしら」
個人的には、ルークにこてんぱんにやっつけられて欲しいところだわ。這いつくばるイケメン王子を足蹴にするのもまた一興……。
わたしがそんな失礼なことを考えて、口元に笑みを浮かべると、挨拶を終えたリナリオ殿下と目が合ってしまった。
負けず嫌いなわたしは、その視線をがっつりと受け止める。
やはり、前世では敵だったからか、熱血王子を見ると血が騒ぐのよね!
するとなぜか、リナリオ王子は驚いた様子で目を見開き、それから顔を少し赤らめて視線を逸らしてしまった。
烈火の如く激しい気性の戦士も、今世では気が弱くなったのだろうか?
もう戦うことはないだろうから、わたしには関係ないことだが。
式が終わると、わたしはリリアンと連れ立って聖女科の教室にやってきた。今年は十二人が入学したとのことだ。
席が決まっているようなのでさっそく座る。ちゃんとリリアンが隣に配置されている。
すると、金髪を後ろでふたつに結び、それぞれを縦ロールにしているという派手な髪型をした令嬢が、わたしたちのことをちらりと見た。
「ゴージャス、怖い」
条件反射で呟いてしまった。
それが耳に入ったのか、彼女はわたしのことを軽く睨んだ。
すぐに教師がやってきたので、名も知らぬゴージャス令嬢とはそれ以上のことはなかった。




