24 初めましてよろしくね
「お食事中、申し訳ございません。畏れながら、少々お時間をいただけますか?」
我がリーベルト家のテーブルに見知らぬ学生が近づいて来て、深く頭を下げた。その女子の胸には黄色い薔薇の刺繍があるので、魔法科らしい。
「よくてよ」
わたしが許可を出すと、彼女は「ありがとうございます」と言って顔を上げた。
「わたしはシェリーと申します。このたびリーベルト伯爵様の後ろ盾を得まして、タイタネル国立学院の魔法科に入学させていただきました」
「ああ、お父様からお聞きしているわ。よろしくね」
領地の村に魔法の才能がある者がいたとお父様が話していた。頭がよさそうなので学院に入れて勉強させることにしたのだろう。他にも数人、うちの領地から来た者がいるはずだ。
「どうぞよろしくお願いいたします。そして、お嬢様、その節は本当にありがとうございました」
「なんのことかしら」
「ジムを助けていただいたことです。わたしはジムの、二番目の姉にあたります」
「ジムというと……ああ、あの村のジムね! そうだったの、ジムには優秀なお姉様がいたのね」
家畜小屋全焼事件、そしてわたしの丸焼き事件が起きた場所だ。
エマたち三人が、びくりと身体を動かした。
トラウマにしちゃってごめんなさいね。
「はい、お嬢様が猛火の中に飛び込み、命をかけて助け出してくださいました、あのジムの姉でございます。あの子はとても働き者で、とてもよい男の子なのです。危ないところを助けてくださって、本当に、本当にありがとうございました!」
その学生は「ありがとうございました、ありがとうございました」と何度も頭を下げて、涙を拭った。
「お怪我を負ったお嬢様のお姿を、わたしも拝見しておりました。本当に……幼いお嬢様が……あのような酷いお姿に……」
「あ、いいのよ、あれは思い出さないほうがいいわ」
こんがり焼けた幼女の姿は、同い年の彼女にもトラウマになるくらいに衝撃だったと思う。エマとルークとリリアンも惨事を思い出してしまったらしく、少し顔が青ざめている。
「今のわたしは、このように後遺症もなくピンピンしていますからね。気になさらないで。それより、ジムは今もお元気かしら?」
トラウマ増産装置にはなりたくないので、わたしはことさら元気そうに見せながら尋ねた。
「はい。身体つきもしっかりして、今は一人前の働き手となっております。これもみな、お嬢様のおかげでございます」
またジムの姉の連続「ありがとうございました」が始まってしまい、わたしたちのテーブルは食堂中の視線を集めてしまう。
「リーベルト伯爵家のお嬢様が、火の中に飛び込んで領地の少年を救ったらしいぞ」
「あの美しい、聖女科のお嬢様が? 火の中に?」
「その話は耳に挟んだことがある。なんでもご自分も大火傷を負ったとか」
「……驚いたな。そのような勇敢なことをなさるには、美しすぎるお嬢様じゃないか」
困ったわ、シャンドラ・リーベルトは地味に美しいお嬢様でありたいのに、予想外に目立ってしまうわ。
「シェリーさんとおっしゃったわね。そのお話は、もうここだけにしてちょうだいね。そして、お互いに学業に励んでいきましょう」
「はい、お嬢様。このご恩は一生忘れませんので、なにかございましたらこのシェリーをお使いくださいませ」
「ええ、頼りにしましょう」
わたしが『これで話は終わりよ』というように笑みを浮かべて頷くと、シェリーは顔を赤くして「もったいのうございます、もったいのうございます」と言いながら後ろに下がって行った。真面目そうな、よい子である。
別に、手下にしようなどと思っていませんわよ?
「さあ、お食事にしましょう」
本格的に食事が始まってしまえば、緊急事態を除いて誰も声をかけられなくなる。それでも、広い食堂だと視線が気になる。こっちをちらちら見ながら噂をされるのは不快だ。
「お嬢様、衝立をお待ちしてもよろしいでしょうか?」
「そうね、お願いするわ」
気の利くメイドのリンダが、下に車輪がついて女性でも簡単に動かせる衝立を運んできて、一般の食堂からこのテーブルが見えないようにしてくれた。これでようやくゆっくりと食事を味わえる。
数種類のメニューの中からコース料理を頼んであるので、アミューズ、そして前菜と可愛らしく盛り付けられた料理が運ばれてきて、わたしたちはノンアルコールの甘みのないドリンクを飲みながら舌鼓を打った。
「メンダル師匠の話の通り、とても美味しい料理だわね」
コースと言っても、多くのカトラリーを使うものではなく、フォークレストに置いてあるナイフとフォークを使ってすべて食べられるので、気軽に食事をすることができる。まあ、晩餐会ではなくて寮のごはんなのだから、これで充分だろう。
ちなみに、この方式が気になる学生は、自分でカトラリーを用意してもよいらしい。
わたしは買い食いも手づかみも全然平気な令嬢だから、気にしないわよ。
スープをいただき、メインの魚料理と肉料理は、片方でもいいし両方食べてもいいとのことなので、初めての今夜は皆で両方いただくことにした。
「美味しいですね。やはり、大量に仕入れることでコストが抑えられ、品質のよい食材を低価格で用意できるのでしょう」
ルークがそう言うと、エマは「そうですわね。多くの料理を作るとなると質が落ちるおそれがありますが、こちらのシェフや料理人は王宮で修行した者がほとんどとのことです。レベルが高い食事を大量に出せるのは、夜会で作り慣れているからなのでしょうね」と頷いた。
「ふうん」
お魚美味しい。
お肉も美味しい。
これは明日からも両方食べなくっちゃね!
前世ではいつも、エマに当たり散らしながら自分の部屋で食事をしていたから、味なんてわからなかった。やっぱり、料理が美味しくなる一番の秘訣は、気のおけない仲間と楽しく食べることなのだろう。
「お嬢様……話の内容がわかりますか?」
わたしはルークに笑顔で答える。
「腕のいいシェフが、よい食材を使ったから、こんなに美味しいのね」
ルークがかわいそうな子を見るような表情で、わたしを見た。
「シャンドラお嬢様は、リーベルト伯爵家を継ぐのですからね。領主になるのですから、物事の表面だけでなく、裏の事情も推測して考察できるようになる必要がありますよ」
「わたしは家を継がないわよ」
他の人に聞かれると困るので、わたしは小さな声で言った。
「向いていないのはわかるもの。だから、お父様にも他の家から適当な人を引き抜くように言ってあるわ」
「それはなりませんよ、お嬢様」
エマが怖い顔をして言った。
「お嬢様こそ、リーベルト伯爵家を継ぐのにふさわしいお方です。大丈夫です、このエマが一生お嬢様にお仕えして、お手伝い申し上げますから」
「ええー、めんどくさいし、絶対に向かないと思うわ。むしろ、どこを見て向いてるなんて思うのよ」
「お嬢様には人望がございます。どんなに有能でも、人がついてこない者ではリーベルトの広大な領地を治めることはできません」
わたしのどこに人望があるっていうのよ。闇聖女をやっていた時だって、最後は手下が全員逃げ出すほどに人望がなかったんですからね、おほほほほ。自慢にならないけれど。
まあ、仕事はできる人に丸投げして、わたしは遊んで暮らしてもいいってことなのかしら。
「そういうのは、頭のいい人に任せたいわね……あ、ルーク! あなたは賢いから、領主業に向いているんじゃないの? お父様の息子になっちゃえばいいのよ」
「お、お嬢様!」
そうよ、前世の勇者、今世の愛と光の守護戦士なんて、領主に最適じゃない。卒業したら、リーベルト伯爵家の養子になってしまえばいいのよ。
「それがどのような意味なのか、わかっておっしゃっているのですか……あ、はい、わかりました。わかっていませんよね」
なぜかルークがひとりで会話を完結させて、顔を赤くしてため息をついた。
「いいんです、お嬢様はそういう方だとわかってましたから。改めて確認しただけです」
「なによ、それ。難しい話はいいから、お食事を楽しみましょう」
エマがルークと「ご愁傷様です、相手が悪うございましたね」「ありがとうございます、知ってましたから」と謎の会話をし、リリアンが「デザートはなにかしら? まあ、選べるの? いくつでもいいの?」と、メイドのリンダにケーキをふたつ頼んでいる。
おなかを空かせた若い学生(そして、食欲旺盛な若い教師)も満足できるような、美味しくてボリュームのある料理を食べ終わると、デザートとコーヒーをいただいた。
わたしたちは「師匠の話通りに、とても美味しかったわね。コーヒーまで用意してあるなんて、素晴らしいわ」と談笑した。
「食事時以外は、この食堂はカフェとして使えるんじゃないかしら?」
サクサクのパイにカスタードクリームとフレッシュなイチゴが挟まったパイを食べながら、わたしはエマに尋ねた。
「はい、その通りでございます。上の階にはいくつかサロン部屋がございます。リーベルト伯爵家のサロンも用意してありますので、放課後はそちらに集まってお話や勉強会などされるのもよいかと思いますわ」
「手配をありがとうね、エマ」
うちの有能な侍女は優雅に微笑んで「畏れ入ります。こちらのコーヒーも、いい豆を使っています。味がよろしいですわね」と言った。
リンダにデザートのお代わりを勧められたので、わたしたちは「おなかがいっぱいだけど……食べましょう!」と、それぞれ好みのものを頼んだ。わたしはチョコレートムースとミルクプリンが重なった素敵なケーキにする。
この調子だと、聖女科に入ったけれど、騎士科並みに運動しないとあっという間に太りそうだわ。




