21 魔法洗礼の日
わたしは神父様の後について、細い通路を歩いて小部屋に入った。
ごく普通の、なにもない部屋だ……このなにもない感じはあの場所に似ているかもしれない。神様はシンプルなものがお好きなのかしら?
「シャンドラお嬢様、神様に十二歳のお祈りをどうぞ。ご自分のお言葉で大丈夫ですよ」
「あ、はい、神父様」
部屋の中央に導かれたわたしはその場に跪き、両手の指を組み合わせて目をつぶり、神様に祈りを捧げた。
『神様、いつもお守りくださいましてありがとうございます。わたしは無事に十二歳を迎えることができました。もしも魔法の才がございましたら、洗礼とご加護をよろしくお願いいたします』
『そうかそうか。よくぞここまで成長したな、シャンドラ』
え、なにそのセリフ。おっさんくさい。
『うわー、シャンドラちゃんがひっどーい! せっかくカッコつけてあげたのにぃ』
拗ねている。大人気ないわね。
でも、この口調はいつものイケメンな神様だ。
よかった、ちょっと会わないうちに、とびきりの美青年がおじさんになったかと思っちゃったわ。
わたしの心の中は筒抜けなようで、神様は『むう、でも褒めたから許す』と文句を言った。
『シャンドラちゃんは、あいかわらず自由だねえ。わたしはこれでも神なんだけどな』
『はい、わたしが大好きな優しくてカッコよくてイケメンで最高にイカした神様です』
心の中でそう答えると、神様は楽しそうに笑った。
『まったくもう! そんな本当のことを! シャンドラちゃんみたいな子のことを小悪魔系女子って言うんだよ、神をも手玉に取るとは末恐ろしいね。それでは、その部屋に神託をおろすから、そこの神父さんとよく読みなさい』
最後の方は、威厳のある神様モードになっていた。
『はい、ありがとうございます』
わたしがお礼を言うと、小部屋の中が眩しく光って、壁に見慣れた大画面が現れた。
神様は大画面もお好きなのだ。
神父様と一緒に、そこに現れた神託を読む。
「……ふむふむ、シャンドラお嬢様には光魔法の才がございますね。おめでとうございます。それに……魔法研究と、剣技まで。これは素晴らしいですね!」
「まあ、ありがとうございます。三つも才能をいただけるなんて、ありがたいことですわ」
さりげなく、聖女科と魔法科と騎士科にも行けそうな才能をくださるあたりに、神様の思惑が感じられる。
人生のすべての選択は自己責任で行えということなのかしら?
「お嬢様が信心深く、日々努力をなさっていらっしゃったからこそですよ」
「だとしたら、嬉しいですわ」
メンダル師匠の特訓と、身体強化魔法をバレずに使う工夫が才となって現れた……と考えると、それもそうかもしれない。
「ご自分にどのような才があるのかを話す相手は、お嬢様が見極めてくださいね。わたしは光魔法については保護者の方と神殿にご報告させていただきますが、その他については決して他言いたしませんので」
「わかりました。神父様、ありがとうございました」
お礼を言って小部屋を後にし、リリアンと交代する。彼女も少し緊張しながら奥の部屋へと進んで行った。
「シャンドラ、どうだった?」
緊張気味のお父様に、わたしは笑顔で答えた。
「光魔法がありました」
「そうか!」
ぐぐっと拳を握り、お父様が笑顔になった。
わたしにもお母様と同じ魔法の才があったので、お父様は嬉しそうだ。
しばらくして、リリアンが「光魔法がありました!」とぴょんぴょこ跳ねながら戻ってきた。あいかわらず小動物っぽいし、わたしと比べると子どもっぽいところがある。
次はルークの番だ。神父様と一緒に姿を消した。
「リリアンも光魔法か。やはりリーベルトの血を引く者だからだね」
お父様が言う通りだ。珍しい光魔法なのだが、出やすい家系というものがあるのだ。
「シャンドラと一緒に学院に通うといい」
「わあ、お姉様も光魔法使いなのですね。絶対にそうだと思っていました。嬉しいです」
「……一緒にがんばりましょうね」
これで聖女科に進むのが決定した。わたしはため息をつきそうになった。
と、そこに神妙な顔をしたルークが戻ってきた。神父様も珍しく動揺した様子だ。
それはそうだろう。
ルークの才は『勇者』なのだから。
前回では、孤児院で育ったルークが十二歳の魔法洗礼を受けて勇者だということがわかり、そこから剣の修行が始まった筈だ。で、教会の後ろ盾で孤児院から学院に通わせてもらったと噂で聞いている。
今回は、リーベルト家でたっぷりと訓練しておいたから、最強の勇者が誕生している筈だ。敵になる闇聖女は現れないけれど……その場合、勇者って、なにをするのかしらね?
「ルークはどんな才を授かったのかしら。あ、言いたくなければ言わなくて構わないわ。あとでお父様だけには教えてね。わたしとリリアンは、光魔法なのよ」
わたしも剣技と魔法研究はあとでお父様だけに話す予定だ。
だが、ルークは首を傾げながら「いえ、シャンドラお嬢様にも聞いていただきたいです。あと、リリアンお嬢様とメンダル師匠にも」と、なんだかためらいながら続ける。
「わたしには、ちょっとよくわからないのですが……」
どうしたのだろう?
勇者は珍しい才能だけれど、そんなにわかりにくいものではない。
「正直申しまして、わたしも初めてみる才なので、なんと申し上げていいかわからないのですが、神様の信託によると、ルークくんはとても素晴らしい才を授かったとのことです」
神父様も、少し困った顔をしている。
「そうか、それはよかった。ではルーク、どのような才があったのだ?」
お父様に尋ねられたので、彼は背筋を伸ばして言った。
「ええと……『愛と光の守護戦士』です」
「は?」
わたしはぽかんと口を開けた。
なん、なの、それは?
ルークは勇者よね?
「『愛と光の守護戦士』……うん、その才はわたしも初めて耳にしたよ。でも、神託で素晴らしい才だと神様より告げられたのだから……いったいどんな才能なのだろう?」
お父様も困った顔になった。
「なんか凄そうだねえ、いいね、ルーク! すごくいいよ!」
メンダル師匠は嬉しそうに言って、ルークの肩を叩いた。
「まさに騎士にうってつけの才じゃないか。よかったね、ルーク。がんばって訓練してきた甲斐があったね。守護戦士なら、攻めも守りもできる騎士になれるよ」
メンダル師匠のメンタル、すごい。
謎の才にもまったく動じないその精神力は素晴らしすぎる。
ルークの表情が、師匠の言葉を聞いて明るくなった。
「そう、ですよね」
「そうだよ。大切なものを守る力を授かったということは、ただ剣技に優れるよりも素晴らしいことだからね。ルークの守りたいものはなんだい?」
「え、あ、その……」
彼は顔を赤くして「幸せ……です」と言った。
「両親を亡くして、親戚に裏切られて、ともすれば挫けて悪い心に負けそうだったわたしを、温かく迎えてくれて、たくさんの素晴らしい経験をさせてくれたリーベルト伯爵家のお嬢……皆さんの幸せを守って生きていけたらと思います!」
「そうか! まったく素晴らしい心がけだね。さすがは俺の弟子だ」
メンダル師匠がまた遠慮なく肩を叩きまくった。
それでも微動だにしないルーク……いつの間に、こんなにたくましくなったのかしら。
「ルーク……素敵な才を得たわね。わたしも一緒に、リーベルト家のみんなの幸せを守りたいと思います!」
リリアンも、可愛らしく笑って宣言した。
「愛と光って……なんだかキラキラ眩しいわね。おめでとう、これからもリーベルトの守護戦士としてがんばってちょうだいな」
わたしもルークに声をかけた。
キラキラぶりが、ルミナスターキラシャンドラに匹敵するわ!
いいえ、それ以上かもしれない。
そう思ってわたしがむふふと笑うと、彼は「お嬢様、わたしを馬鹿にしてますか?」と鼻にしわを寄せた。そしてルークは赤い顏でそっぽを向きつつ、こっそりと「一生離れずにお守りしますからね、ご覚悟ください」とわたしの耳元で囁いてから、ちらりとわたしを見て、少し笑った。
なっ、なによ。
ルークのくせに、生意気よ。




