16 美しき破壊神
わたしがリリアンの部屋で大暴れしたことを知って、お使いから戻ってきたルークはわくわくしながら部屋を見に行き「すっげえ、容赦ないな!」と大笑いしたそうだ。
そして「次は俺もやりたい!」と、瞳をキラキラさせながらわたしにおねだりしてきた。
おい、勇者!
そこは世界を守る勇者として止めるところ!
あと、自分のことは『わたし』と呼ぶのが執事見習いとしてのお約束でしょう?
わたしは強く突っ込ませてもらう。
「ルーク、お嬢様に破壊神が降臨されたのですよ。それはもう、嵐のように凄まじい暴れっぷりでした。そして、リリアン様ももう人には戻れないお身体に……」
エマが涼しい顔で、余計なことをルークに教えた。
部屋の片付けとかリリアンの服の用意とか、仕事が増えたことを根に持っているに違いない。
「わたし、とてもがんばりました! びりびりのぐさぐさの、バッコンバッコンに殴って投げて破壊しましたから!」
腕を振り回しながら言って、リリアンは悪そうな顔で「いひひひひ」と笑った。
子ウサギは得意そうに胸を張らないように。
『庇護欲かき立てない系』に行っちゃうわよ? ウサギの持ち味が台無しよ?
わたしのような美貌を持っていないのだから、長所をなくしたら行き遅れちゃうわよ。
「そうか、リリアン様もすげえ! 破壊神なんてそれはすげえカッコいいな! いいなー、いいなー、破壊神シャンドラ様、降臨! 俺も混ぜてー、破壊の使者ルーク見参!」
変な見参ポーズをとって、キリッとした顔でキメる。
顔がいいから許されるけど、馬鹿っぽいわね。
これが素のルークの姿だったのね。
普段の頭良さそうな熱血騎士志望少年は、世の中を渡っていくための仮の姿であることがよくわかりました。その正体は、普通に馬鹿っぽい男子でした。
「見参!」
ポーズにバリエーションをつけるな。
「うきゃあ、破壊神! 破壊神!」
ウサギが跳ねる。
「ふたりとも、変なふたつ名をつけるのはやめなさい。わたしはたおやかで美麗な、おとなしい幼女なのですよ」
『闇聖女ルミナスターキラシャンドラ』という暗黒の歴史を背負っている小さな肩に、これ以上余計な荷物を乗せるのはおやめください。
そして、『勇者』を『破壊の使者』に職業チェンジさせると、神様にめちゃくちゃ怒られそうなので、ぜっっったいにやめてください!
デコピン五連発とかされたら、可愛い顔が変形してしまいますから。
「破壊の使者、リリアン見参!」
そこ、ウサギも混ざらないの!
まあ、こんな風にちびっこチームはのんきであったが、わたしはお父様に呼び出しを食らってしまった。
いや、お父様はいいのだ。
同席したエリザベス夫人が問題なのだ。
「シャンドラお嬢様」
「はい申し訳ございません反省してますもうしませんたぶん!」
「全然反省の気持ちがこもっていませんね」
お父様を見ると『いや、わたしは関係ないけどね、淑女教育担当者からクレームが来てね、ああ困ったね』という具合に目を逸らして、壁の絵を眺めている。
ぐぬぬぬ。
親ならなんとかしてよ!
「そのようなことはございませんわ。反省はしております。後悔はしておりませんが」
あっ、本音が漏れちゃった。
エリザベス夫人がため息をついた。
「理由はどうあれ、淑女は部屋を全壊させるなどという真似をしてはならないのです。いいですか、この屋敷には、多くの使用人がいて、そのすべてがお嬢様のことを全肯定しているわけではございません。そして、人の口には扉を立てられないのでございます」
わたしに関する悪い噂が流れる恐れがある、というわけだ。
「今はまだ、七歳でございますけれど……七歳の子どもが部屋を全壊させるとか普通ではありえませんが、それは脇に置いておいて。十二歳になったら、教会で魔法洗礼を受けて、その一年後には社交界にデビューすることになります」
「じゃあそれやめましょう」
「やめられません!」
ぴしゃりと言われて、わたしは首をすくめた。
「外の世界はとても厳しいものなのです。子ども時代のように守ってもらえません。シャンドラ様はこのリーベルト伯爵家のただひとりのお子様なのです。将来は家を継ぐ可能性も高いのですよ。そうしたら、家の顔として社交もこなしていかなければなりません」
「継ぐのはやめましょう」
「やめないでよ!」
お父様が焦ったように言った。
「お父様……わたしは派手な性格ではないし、人様との交流も苦手とする地味でおとなしい女の子なのです。そんな、家を継ぐとか社交とか、無理ですわ。ですから、分家から上手いこと育った若者を養子にもらうか、もしくは弟をこしらえて欲しいなと思いますの。あ、あのセーラを義母にするのは反対ですので、もっとふさわしい高位貴族の子女を探して後妻にすえてくださいませ」
「うん、すべてが無理すぎて、お父様はどこから否定すればいいかわからないよ」
「もしもわたしの存在が目障りならば、十五歳になったら学院に入ってそのまま家に戻らないようにいたしますから」
「そんな悲しいことを言わないで!」
「だって、お母様そっくりのわたしがいたら、気が散って毎晩弟が作れな……」
「また変な本を読んだの? 誰だい、シャンドラちゃんの手の届くところに大人の本を置いたのは! 見つけたら首にするからね!」
「お父様、落ち着いてくださいませ。エリザベス夫人、お父様のご気分がすぐれないようなので、わたしはこれで」
「まだ話は終わっておりません」
「あっ、はい」
シャンドラは脱出に失敗した!
「お嬢様はとても賢くていらっしゃいますから、ついつい多くを求めてしまいますが……まだ七歳ですものね。十二歳から社交の練習のようなものが始まり、十五歳で本格デビュー、そして学院に入学となります。それまでに常識と世渡りの方法を身につけていきましょう」
「……なるべく地味に、ひっそりとうまく世の中を渡っていきたいので、ぜひともご教授のほどをお願いいたします」
これは本気なので、わたしはエリザベス夫人にカーテシーを行い頭を下げた。
「地味に……心がけはよいのですけれどね」
エリザベス夫人は困った顔をした。
「自覚がないようですが、シャンドラお嬢様は地味とはほど遠いお嬢様です。その自覚を深めていくことも今後の課題といたします」
「え」
地味よね?
『闇聖女ルミナスターキラシャンドラ』と比較にならないほど地味よね?
ちょ、ちょっと一部屋壊しただけだもん!
「それから……リリアン様の苦しみを取り除いた行動は、素晴らしかったですわ。なにが壊れてどのようなことが噂されても、ひとりの女の子を救ったその行為は、他のなににも代えられない気高く慈悲深いものだとわたしは思いますよ」
そう言って、エリザベス夫人がわたしの頭を撫でた。
「お嬢様、よくやりました。あなたは立派な方です」
褒められた……エリザベス夫人に褒められた!
しかも、頭をいい子いい子してくれた!
「……大嵐が来たらどうしよう」
「なんですって?」
「ありがとうございます、エリザベス夫人! これからもがんばります! そして、神様に褒められる立派な淑女になります!」
わたしは両手で拳を作って「おおし、やったるわ!」と天に突きあげた。
「お嬢様!」
さっそく叱られた。
さて。
エリザベス夫人に退出してもらって、今度はセーラ夫人についてお父様と話をする。
「お父様、セーラ夫人はこのままここには置かない方がいいと思います」
「それはなぜだい?」
「リリアンのためにも、セーラ夫人のためにもならないからですわ」
破壊の使者と化したことで、胸の奥底に固まっていた感情を吐き出して、リリアンは本来の自分を取り戻した。だが、母親であるセーラ夫人に対してまだ少しわだかまりがあるのだ。
リリアンはまだいい。
幼い子どもの柔軟な心を持っているから、そのうちなんとなく消化してしまうだろう。むしろ問題なのは、セーラ夫人の心なのだ。
我が子から無意識に逃げてリリアンを追い詰めていた罪悪感や、母親になっても女の情念が燃え盛り、リリアンをジルベールの手に渡らないように逃げ切ることができず、結果、彼女に酷い経験をさせてしまった罪悪感。
今はリリアンの姿を見るのも辛いはずだ。
セーラは男爵夫人の身分だけど、平民上がりの二十歳そこそこの小娘なのだ。
二十歳過ぎで小娘はおかしい?
いや、悪い男に振り回されて年月を重ねて、そこからなにも学んでいないようだから、小娘でいい。
「ですので、セーラ夫人には再度男爵家に戻っていただいて、そこで改めて貴族としての知識を学んでいただこうと思います。そのいくらかはすでに身についているように見受けられるので、さほどの時間をかけずに覚えられるでしょう。しかるのちに、彼女には下級貴族、もしくは裕福な平民に嫁いでもらいましょう。地下組織だかなんだかに目をつけられているのはリリアンなので、ふたりを離してしまえばセーラ夫人に危険はありませんわね。あの女性は、このままリーベルト家で過ごして無駄に老けていくより、可愛がってくれる旦那様の元に嫁いだ方が幸せになれると思いますわ」
「シャンドラちゃん……」
「まだ若いのですもの。あの方はお馬鹿さんですが、悪人ではないのですから、幸せになる道を示して差し上げてもよいのでは?って思うのです。まったく、わたしったら万人に優しい美幼女ですわよねえ」
ほほほほほ、と笑うと、お父様に「シャンドラちゃんって本当は何歳なの?」と言われてしまった。
「リリアンに、お母様とさよならしても大丈夫? と尋ねたら、ここでわたしと暮らしていけるなら全然構わないと、可愛らしいことを言ってましたわ」
「洗脳したね?」
「まあ、人聞きが悪いことを……それよりお父様、弟を作る件もお考えくださいませね。お父様もまだ三十前のお若い身体、見た目もよろしいリーベルト伯爵ならば引く手数多でございましょう。わたしの目にかなう女性とならば、再婚してもよろしいのですわよ?」
「シャンドラちゃん……お父様、ちょっと泣いてもいいかな?」




