14 めざめなさいかわいいこ
「リリアン!」
「お、お姉様?」
大きくドアを開けてリリアンの部屋に足を踏み入れると、うちの子ウサギは母親のセーラと刺繍をしていた。
もうセーラ夫人とか呼んであげない。
馬鹿ちん女で充分だ。
わたしはドアの脇のテーブルに飾られている花瓶をつかみ、セーラに向けて投げつけた。
「きゃあっ、なにをなさるのですか!」
わたしの素晴らしいコントロールで投げた花瓶は、顔をかばった腕に当たったが、たっぷり入った水がセーラにしっかりとかかった。
「ひどいわ……」
「おまえ、ここから出ておゆき!」
わたしは馬鹿ちん女を睨みつけた。
「おまえはすべてわかっていて、リリアンの手を離したのでしょう? こんな小さな子が苦しんでいるというのに、しかも、血を分けた我が子であろうに……この恥知らずの馬鹿女が!」
「な、なにを突然……」
「おまえのような者に、親を名乗る資格はない! 出て行け!」
わたしがサイドテーブルを魔力を流した右手で持ち上げて、投げつけようとすると、馬鹿ちんセーラは悲鳴をあげて部屋から逃げ出した。
「お姉様、どうしたの、お姉様、怖い、怖いです……ひっ!」
わたしはリリアンを睨みつけた。
「わたしが、どうして、怖い顔をしているかわかる?」
テーブルを床に叩きつけて木材に変えてから「それはね、わたしが怒っているからよ!」と言った。
「ものすごく、ものすごく怒っているの。わたしはリリアンの代わりに怒っているのよ!」
うおおおおおおーッ! と雄叫びをあげながら、窓辺のカーテンをつかんで引き下ろした。そのまま引き裂いてボロ布にする。
クッションも、握りしめて力を入れて、まっぷたつに裂いた。
ソファをガンガンガンガン蹴りつけて、持ち上げて、叩きつけて、ばらばらになったものをめちゃくちゃに投げる。
リリアンは怯えて、部屋の隅に丸くなって「怖い、怖い」と震える。
わたしはカーテンだったものとクッションだったものを持ってリリアンに近寄り「ほら、あなたもやりなさい」と手渡した。
「なんで、こんな」
「やりなさい。怒りなさい」
「でも」
「リリアン……お姉様の言うことが聞けないの?」
ならば、もう切り捨てるわよ?
そう言うと、リリアンはピンク色の瞳を大きく見開いて「……はい、お姉様」と布の塊を受け取った。
そして、小さな指でクッションの中身をほじくり出した。
「うわああああああーッ!」
わたしはタンスを倒し、椅子を持ち上げて窓ガラスを割った。
「あああああああーッ!」
「……えいっ……えいっ」
もぞもぞとクッションをほぐしていたリリアンは、中身がなくなったクッションを眺めてから床に叩きつけ、力いっぱい引き裂いた。
「……ううう、うあああああああああ!」
子ウサギが大きな声で叫ぶ。
ちゃんと怒り方を覚えたようだ。
「おおおおおおおおおおおおーッ!」
姉として負けるわけにはいかないので、さらに大きな雄叫びをあげる。
「やああああああああーッ!」
「うわあああああああーッ! があああああああああーッ!」
な、なかなかやるわねリリアン!
わたしたちは、破壊の限りを尽くした。
「いやあああああああああーッ!」
リリアンは、びっくりするくらい大きな声で叫び、目から涙を流した。
「このっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ、変態クソジジイ、おまえらみんな死ねーっ!」
わたしはそう言いながら、リリアンを傷つけた大人たちの顔に見立てた壁を蹴った。
「ぎゃあああああーッ! ぎいいいいいいいいーッ!」
リリアンは獣じみた奇声を発しながら、タンスの残骸を床に叩きつけて、バラバラにした。
わたしが部屋の壁にテーブルの残骸を叩きつけて穴を開けると、リリアンは椅子の脚だったものを掴んでソファに突き刺し、ザクザクと穴を開けた。カーテンを破き、足で何度も踏みつける。
わたしたちは狂った子どもだった。
目に入るものすべてを破壊して、部屋の中は猛獣が暴れたようになり、足の踏み場がないほどに様々な残骸で埋め尽くされた。
「リリアン、やめて……リリアン……ごめんなさい……ごめんなさい……」
ずぶ濡れになったまま廊下に座り込んだセーラ夫人が、視線をさまよわせながら呟いている。
「違うの、わたしは……ごめんなさい……」
瞳から光を消したリリアンは、惨めな姿の母親を見た。
そして、手に持った何かのかけらを彼女に投げつけた。
「お母様は助けてくれなかった! 助けてくれなかった! 助けてくれなかった! 助けて……」
そして再び「うわああああああああーッ!」と叫んで、なにかの布を引き裂いた。
わたしたちは暴れて、暴れて、暴れて……やがて疲れて、手を止めた。
ベッドの上に落ちていたものを払い除けると、わたしはリリアンに「おいで」と言った。
「少しお昼寝をしましょう」
「……はい、お姉様」
顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしたリリアンは、その辺に落ちていたドレスだった布で顔を拭いて、素直にベッドの上に乗った。
ベッドの真ん中にふたりで横たわる。
「いい子、いい子、リリアンはいい子」
わたしは妹分のふわふわした頭を撫でた。
もう体力の限界だったようで、目をつぶってぐったりしている。
「いい子ね、リリアンはいい子」
「お姉様……」
しばらく啜り泣いていたが、やがて子ウサギは安らかな寝息を立て始めた。
わたしたちはそのまま抱き合いながら眠った。
「お嬢様、お風呂の支度ができておりますので、そろそろお目覚めください」
「ん……エマ……」
「汗臭いです」
「なっ!」
臭いですって?
この超絶美幼女シャンドラ・リーベルトが汗臭いだなんて……許し難いわ。
一瞬で目が覚めたわたしは、丸まって寝息をたてるリリアンを揺さぶった。
「リリアン、起きなさい! お風呂に入りますよ!」
「ん……ふ?」
「汗と涙といろんなものでぐちゃぐちゃになってるわよ。さあ、早くなさい」
わたしは自分のことを棚に上げて、ベッドから降りた。わたしは靴を履いたまま寝ていたので大丈夫だが、リリアンは裸足だったので、部屋に散らばる残骸で怪我をしないようにとエマに靴を探させた。
「ずいぶんと派手にやらかしましたね」
「あっ、洋服ダンスはその辺にあったわ」
エマは木の板をよっこらしょと持ち上げると、小さな靴を見つけて「発見しました。なんだか宝探しみたいで楽しいですが、服は棘やらガラスやらが付いているから危険ですね」と言った。
「わたしの古いドレスがどこかにあるでしょう。それをこの子に着せるといいわ」
「数着なら納戸に残っているかもしれません」
貴族の令嬢は、着なくなったドレスはたいていすぐにリサイクルに出してしまうのだ。それを下位の貴族が買って、普段着に仕立て直して着たりする。最終的には分解されて布になり、富裕な平民の服にまた仕立て直される。
エマは恐れをなして部屋に入らないメイドに「お嬢様の小さくなったドレスを探してください」と指示を出した。
「この部屋のものは、みんな処分してしまいましょう」
わたしはリリアンに言った。
「もう目が覚めた? ほら、行くわよ」
「はい……」
自分でやったことなのに、リリアンは部屋の惨状を見て目を丸くしていた。
「なによ、まだ暴れたりない? それならわたしも姉として付き合ってあげてもいいわよ。そうね、今度はセーラの部屋に行って……」
「お姉様、もう充分ですから」
なーんだ、あの馬鹿ちん女の部屋もめちゃくちゃに壊したかったのになー。
シャンドラ、残念だわ。
「……お嬢様、顔が破壊神のようになってますよ」
エマに注意されたので、わたしは「美幼女、美幼女、わたしは可憐な美幼女〜」と顔をマッサージしながらお風呂に向かい、その後をリリアンがとことこと追いかけてきた。




