1 ああ、なんという辱めでしょう
連載をスタートします。
本日は二話更新ですので、よろしくお願いします!
ここは、どこでもありどこにもない真っ白な空間。
白い床で正座をし、涙目になるわたしの前には、大画面がある。
そこでは暗黒の波動を撒き散らしながら吠える、金の巻き毛に赤い瞳をした恐ろしい魔女……いや、魔女よりもたちが悪い『闇聖女』の姿があった。
『おーほほほほほほーッ、この偉大なるルミナスターキラシャンドラ様の前に、皆平伏すがいいわ』
黒と赤のフリフリたっぷりリボンマシマシのドレスを着た闇聖女は、どす黒いオーラを放ついかにも邪悪な顔で笑い、強大な光の攻撃魔法を次から次へと繰り出して、辺りのものを破壊しまくっている。
『やめろーっ! ルミナ……シャンドラ!』
名前を省略して大剣で切りかかってくる騎士を一瞥すると、闇聖女は彼に赤黒く光る弾を打ち込んだ。
『へぶおおおおーッ!』
直撃した。
いや、敵にまっすぐ突っ込むのはやめようよ。
遠い目になったわたしは騎士に対して内心でツッコミを入れた。
銀色に輝く鎧に身を固めたイケメン騎士は、空の彼方へと吹き飛ばされていった。その姿を見送りながら、闇聖女は呟く。
『わたしの名は、ルミナスター、キラ、シャンドラよ』
そして、カッコをつけてフッと笑った。
あああああ、辛い!
あれはわたしなのだ。
悪者感いっぱいに高笑いする、こてこて厚塗りメイクの悪そうな女って、客観的に見ると痛すぎて辛い。
でもって、あの痛い女は、前世のこのわたし。穴があったら入りたい。恥ずかしい。
前世で『破滅の闇聖女』になって世界を滅ぼすきっかけとなってしまったわたしは、現在は死後の世界で神様のキツーいお仕置きを受けているところである。
破滅の闇聖女としての真っ黒な一生と、最後の禍々しい大活躍(?)を四回も連続で見せられたわたしは、すっかり心を折られて「ごめんなさい、恥ずかしいことしてごめんなさい……」と啜り泣くことしかできない。
しかし、大切に愛でていた世界をわたしに破壊された(というか、わたしを倒すための魔法大戦の余波で崩壊してしまったのだが……よく考えると、これって敵対勢力も悪くない?)神様は、大変激おこぷんぷん仮面(意味がわからないが、神様が自分でそう言っていた。怒り心頭、という意味だそうだ)でいらっしゃって、なかなか勘弁してくれない。
宙に浮きながら、全身をファンタジックな王子様風の白の衣装で包んだイケメンの神様は、ふんっ、と嘲るように笑った。
「おやおや、何度聞いてもダッサい名前だね。『ルミナスターキラシャンドラ』なんて超キラキラネーム、なにを考えてつけたの? 変身アイドルキャラクターにでもなったつもり? これから変身するの? ひゅーひゅー、シャンドラちゃんの、カッコいいとこ見ってみったい〜♪」
プラチナブロンドにアイスブルーの瞳をした美青年は、ふざけたように歌いながら冷たくわたしを見下ろし、嘲笑った。
カッコよくない。羞恥の極みである。辛い。辛すぎる。
「すごーく目立ちたかったんだよね、シャンドラちゃんは。でもさあ、いくらなんでもこれはないんじゃないの? お父さんや学友に認めてもらえないからってこんな逆ギレするのは、淑女らしくなくてみっともないよね? どう?」
「神様お願いでございます、もうご勘弁ください、およしになってくださいませ」
時間だけはたっぷりあるこの空間で、五回目の痛い姿を見せられたらたまらないので、わたしは必死で謝った。
「やめないよ。自分の犯した罪がシャンドラちゃんの魂に刻印されるまで、しっかりと反省してもらわないとね〜」
軽い口調だが、無表情の神様はわたしに威圧感をぶつけて言った。
「また世界を壊されちゃったら、さすがのわたしも許せないし」
「本当に、申し訳ございませんでした」
「本当に?」
「本当でございます!」
わたしは貴族のいい家のご令嬢だったので、言葉遣いは丁寧なのである。
神様のおっしゃる『変身アイドルキャラクター』というのがわからないでいると、わたしの心の中を読まれたらしく、小さな画面が新たに現れて、変身して悪と戦う少女たちの動く絵が映った。
「まあ……これが変身アイドルキャラクターなのですわね。初めて見ました。とっても素敵ですわ」
可愛い服に身を包み、悪の一味と闘う勇ましい少女たちの姿に釘付けになっていると、神様は冷たく呟いた。
「もしかすると、こういうのがシャンドラちゃんの理想だったのかな。でもシャンドラちゃんは、主役じゃなくて敵のボス役がふさわしかったね。強大な魔法で世界を破壊して罪のない人々を皆殺しにする、恐ろしい闇聖女だもんね」
「……」
「すべてが焼き尽くされて、たくさんの人たちが苦しみながら死んでいったんだよ。わかってる?」
大聖女が率いる闇聖女討伐のパーティがわたしのアジトにやってきて、手下を倒してわたしに大剣を突き立てた。
それが最後の引き金だ。
死ぬ瞬間にわたしの魔力が暴走して、戦いの余波で脆くなっていた世界は一瞬で弾け飛んだのだ。
わたしはうつむき、身体を動かそうとしたが、固定されたポーズはびくともしないので、もじもじと動くのがやっとだ。
「それにしても、あの衣装もなかなか凄かったよね。ごてごてに飾りのついた黒のロングドレスに、宝石をあんなに縫いつけてさ、成金おばちゃん魔女って感じ? センス悪いな」
「ううう……」
全否定されて、わたしはうめいた。
けっこう自信があったのに!
「ネックレスがドラゴンの骨と鱗って、めっちゃダサくない? ハッ! 一周回ってナイスセンス!」
「き、キラキラして、綺麗だったから……」
もうやめて。
わたしのメンタルはゴリゴリに削られて、風に吹かれて飛んでいくほど薄くなってるの。
「はい、ちゅうもーく! これからルミナスターキラシャンドラちゃんの一番邪悪な大魔法が炸裂しまーす! どうして光魔法をそういうクズな使い方しちゃうかな? そして、わたしの可愛がっていた子たちが闇聖女に攻撃を開始しまーす! うわあ、何度見ても酷いな。義理の妹をぎたんぎたんにして、気持ちよかった?」
「……そんなことは、ない、ですわ。向こうが仕掛けてきたから、仕方なく……」
「嘘をおっしゃい」
それまでのおちゃらけた態度から変わり、突然冷たく威厳のある態度で神様が言った。
「シャンドラ、お前は自己中心的な考えと愚かな承認欲求で、真の大聖女となった妹にマウントを取り、悪の心に負けて世界を破壊した。自分の罪をしっかりと見据えるがいい」
「……申し訳ございませんでした」
「自分が大聖女になると思い込んで、他人を見下していたね。そして、馬鹿にしていた妹こそが大聖女であったと知ると、彼女を亡き者にしようとして、それに失敗すると闇に落ちて、禁忌の魔法を使った挙げ句、世界を滅ぼすことになった」
「……わたしはどんな罰を受ければよいのですか?」
そう尋ねると、神様はにっこりと笑った。
「どうしようかな」
「……わたしの魂を消し去ってくださってかまいません」
「おやおや、非道な闇聖女さんは自分のやったことの責任から逃れて、安易な道を選ぼうとしているのかな?」
「……」
わたしがなにも言えずにいると、神様は右手を高くあげて「わたしはもう一度、世界を作り直す。時間も空間も巻き戻して、ここに新たに作ろう」と宣言した。
「すべてを巻き戻すからね。シャンドラちゃん、次は壊したらダメだよ」
「……はい?」
わたしは神様の顔を見上げた。
次って、どういうことなの?
「やり直しの機会をあげるから、成長したところを見せなさいね」
「やり直し……ええっ? 神様、よろしいのですか? わたしは大罪人ですよ? 世界を作り直しても、わたしが存在したらまた同じことを繰り返してしまいます。どうしてわたしを消滅させないのですか? あいたっ」
神様のデコピンが炸裂した。
すごく痛かった。
わたしは両手でおでこを抑えて「あだだだだだ……あら、動けるわ」と驚いた。そして、もう一度神様に「わたしは罰を受けるべきですわ」と言った。
「大罪人の闇聖女は、この世に存在しない方がいいと思いますっ、いたっ」
またデコピンをされてしまって、わたしは涙目になりながら神様の美しい顔を見た。
今までずっとわたしを叱責していた神様は、穏やかな表情になって言った。
「存在しない方がいい子なんて、わたしの世界にはいないのだよ」
「でも……」
「自己中心的で、わがままで、傲慢で、短気で、高飛車で、本当は甘えん坊で寂しがり屋のシャンドラちゃんも、わたしの可愛い子どものひとりなのだからね。幸せになってもらいたいんだ」
思いがけずに、大きな手で頭を撫でられて、わたしは呆然となった。
「神様……」
「大聖女にならなくても、シャンドラちゃんはシャンドラちゃんでいいんです。未熟だからこそ、失敗から学んで進む必要があるんだよ。自分の幸せがなんなのか、大切なものは、本当に欲しいものはなんなのか、今度は間違えないようにしなさいね」
神様に撫で撫でされていたら、目から驚くほどの大量の涙が流れてきた。
「わたしは、忌むべき、存在なのです」
「いや、びっくりするほど不器用でお馬鹿さんな、ただの女の子だよ。他人に認められるより、自分で自分のことを認めなさい。そして、今度はもっと素直になって、楽に生きてごらんなさい」
「……ううう……わたしは、役立たずの駄目な聖女だったんです……」
「それが何? 駄目でも何でも、わたしはシャンドラちゃんのことを愛している。それだけは覚えておいてね」
「こんなわたしを、愛してくださるの……で……がみざまあ……」
「うん、愛しているよ」
辺りに満ちた光が強くなり、わたしは号泣しながらその中に溶けていった。
「さあ、行ってらっしゃい。ルミナスターキラシャンドラちゃん」
「ひいいいいっ、神様のいじめっこー!」
「あははは」
笑顔の神様に見送られて、わたしはまた世界の一員となったのだ。