バカに効く薬
単なる思い付きです。
ちなみにこの作品はバカをバカにするための作品ではありません。
この作品でバカがバカにされたとしても、当方では一切の責任を負いかねますのでご了承下さい。
松島は激しく悩んでいた。
その原因は、彼の友人の一人にある。その友人があまりにも『バカ』なので、悩んでいるのだ。どのくらいバカなのかというと、七夕の日に落ちていた棒切れで、天の川を挟んで輝く織姫と彦星をくっ付けようと画策したほどである。
ここまでくるとロマンチックなどという問題ではない。もし彼女と一緒に空を眺めていたりしたら、ドン引きは確実である。もっとも、このようなバカと一緒に居て何とも思わない相手であるなら、同じように棒を空に向けて踊り出すかもしれない。
とんだ地獄絵図である。
そんな想像に心を痛めた松島は、昼休みの学食でバカに声を掛けた。
「よう晴馬、今日も変わらずバカなのか?」
「バカって言うな。バカって言う奴がバカなんだ。マッちゃんの大バカ!」
「うむ、今日も酷いバカっぷりだな」
「バカじゃないってば! これでもテストでビリになったことは一度しかないんだからね」
クラスで、ではない。学年で、の話だ。
「お前、往生際が悪いな。成長というのは、己の至らなさを認めるところから始まるんだぞ?」
「…………」
「どうした? そんなに重い言葉だったか?」
「……おうじょうぎわって何?」
「よしわかった。もう何も言うな」
晴馬の肩をポンポンと叩きつつ、ポケットから一粒の錠剤を取り出す。大きさは親指の爪くらいはあるだろうか、飲むには少し抵抗のありそうな白い錠剤だった。
「座薬?」
「痛々しい想像すんな。これは画期的な薬でな。何とバカが治る」
「ウソだぁ~」
「ホントだって、まだ輸入されて間もないから、日本じゃそんなに出回ってないが、アメリカじゃ普通に飲まれてる代物だ。あのシュワちゃんも、これを飲んだから知事になれたんだぞ?」
国際問題に発展しそうな失礼発言である。
「え、スゲーじゃん!」
バカはアメリカに弱い。これは常識だ。
とはいえ、もちろんこの薬はバカに効く薬などではない。高校の購買で売っているサプリメントである。誰が何の目的で入荷したのか定かではないが、サッパリ売れずに格安処分されていたソレを見付けて、こんなことを思い付いたという次第である。
「オレはお前のことが心配だ。だから、この貴重な薬をお前にやろう。大事に飲んでくれよ?」
「そんな貴重な物をもらうなんて、何だか悪いよ」
「いやいや、お前のバカが治るなら、それに越したことはないんだ」
「けど……」
「だったら、昼飯奢ってくれ。それならいいだろ?」
「うん、わかったよ」
明るく頷き、自分の昼食が冷めてしまうことも厭わずに立ち上がる。素晴らしいバカだ。むしろ惜しいとさえ思わせる。
「あ、そうそう」
早速とばかりに食券を買いに行こうとする晴馬の背中に、松島は待ったをかける。
「なに?」
「その薬、そのまま飲むんじゃなくて、水とかジュースとかに溶かして飲むタイプだからな。気を付けろよ?」
「そうなんだ。わかったよ」
晴馬は大きく頷き、薬をポケットに忍ばせるのだった。
晴馬は深く悩んでいた。
その原因は言うまでもなく、松島に貰った貴重な薬である。
日本に幾つもないと聞かされ……てはいないのだが、勝手にそう思い込んだ彼は、簡単に飲んで良いものかどうかを一晩かけて考えた。それこそ、生まれて初めて頭から煙を噴くのではないかと思えるほどに悩み抜いたのである。
そして彼は、飲まないことに決めた。
彼は小さい頃から、父親に良く言われたものだ。
自分だけが幸せになろうとしてはいけない、と。
彼は自他共に認めるバカではあったが、自分のことしか考えられない愚か者ではなかったし、そうありたくもなかった。すでに髪の毛の本数が三桁を切っている彼の父親も、これは他人に幸せ(髪の毛)を分けてあげたからだと誇らしげにしている。そんな父を、彼も自慢に思っていた。
むろん、陰で枕を濡らしている父の姿を、彼は知らない。
とにかく、薬はより相応しい相手に渡すべきであろうと考えたのである。そしてその相手には、すでに心当たりがあった。
それは成績順位の最下位常連者、橋河だった。
「こんちは、橋河くん」
「おう、晴馬じゃねーか」
「この薬をあげるよ」
「何だ、いきなり。オレは風邪とか引いたことねーぞ?」
さすがバカである。
「これは病気を治す薬じゃないんだ。何と、バカを治すことができるという、とっても珍しい薬なんだよ」
「へぇ……」
「ただ、普通の薬と違ってそのまま飲むタイプじゃないから気を付けてね。必ずジュースに溶かして飲んでくれよ?」
「わかった」
大きく頷く。ジュース限定は理解したようだ。
「じゃあそういうことで。キミのバカが治ることを遠くから期待してるよ」
「あぁ、さんきゅーな」
いきなりのことに戸惑っている内に、話は終わっていた。胸の辺りで天井へ向けられた手の平の上には、懐かしのヨーグレットを連想させる錠剤が載っている。頭の中で状況の整理を始めてみるが、コレを貰ったという事実以外は判然としない。
「……とりあえず、ジュースに入れろということはわかった」
そこは憶えているらしい。
しかし、何に効く薬なのかは、今一つハッキリと思い出せなかった。
「えーと……短い言葉だったような気がするけど、んー……」
「おーい橋河、授業が始まるぞー」
「おう」
友人の呼びかけに応じたところで気付く。
「ハガって言ってなかったか?」
バカに効く薬は、ハガに効く薬に変貌していた。
「というワケで、羽賀にやるよ」
「は?」
「きっとハガとハシガを間違ったんだろう。晴馬はバカだからな。よくあることだ」
「いや、意味わかんないけど」
「とにかく、ハガに効く薬なのは間違いないから」
そう言って強引に薬を押し付ける。
間違いが多すぎて、どこから突っ込んだら良いのかわからないというのが現状だ。
「俺に効く薬?」
これほど気味の悪い薬もないだろう。
「そうそう、ジュースに入れて飲むのが掟らしいから」
「はぁ?」
謎だけを残して、橋河は去っていった。
「何だよ、この胡散臭い薬は」
単にからかわれたのだとしても、手の平に載っている物体の存在感が不気味過ぎた。しかもハガに効く薬というフレーズが、意味不明かつ失礼だ。
「これはアレか? 実は俺は羽賀じゃなくて、別の何かなんだけど、生まれつきの病気で羽賀と名乗っているとか、そういうことなのか?」
コレを飲むと、羽賀でなくなるのかもしれない。
進化とかしてしまうのかもしれない。
そう考えると、うっかり飲むワケにもいかなかった。
「いや待て。そもそもおかしいだろ。羽賀の薬って何だよ。俺が日常的に薬を持ち歩いてる病弱な奴っていうならわからんでもないが、俺の薬って表現がまずは変だろ」
学年最下位を争うバカ共と違い、羽賀は若干まともだった。
ただ不幸なことに、材料が足りなすぎた。
「ハガの薬って何だよ? 絶対に何かと間違ってるだろ。例えば……ハゲの薬とか?」
常人らしい発想が、進路を大きく変えていく。今やバカに効く薬は、日本に数個しかない怪しげな発毛剤と化していた。変わっていないのは、ジュースに入れることだけである。
しかしここで、奇跡が起こる。
いや、あるいはこれも何かの導きと言えるのだろうか。
翌日の朝、その錠剤は晴馬の手に握られることとなったのである。
昼休み、晴馬は学食に来ていた。
手に持った錠剤をシートから取り出し、すでにタブを持ち上げられた缶ジュースに投入する。瞬間的に泡を噴いたものの、すぐに治まり、傍目には元の静けさを取り戻した。
「お、晴馬じゃないか」
そこへ、二杯目となるコロッケソバを手にした松島が現れる。
「マッちゃん、それ二杯目?」
空になったシートを後ろ手に隠し、笑顔で出迎える。
その表情に、多少の後ろめたさはあるものの、罪悪感は見られない。とはいえ、それは当然のことだ。
晴馬は、本気で松島の『頭』を心配しているのだから。
今朝、登校するなり晴馬は羽賀から錠剤を渡された。それは何となく見覚えのある、白い錠剤だった。ただ羽賀が言うには、それはハゲに効く薬であり、晴馬の父親を案じてのプレゼントであった。
だが、貰ってはみたものの、晴馬は思う。
この薬がどれほどの効果を持っていようと、すでに手遅れなのではないかと。事実、自宅に多数存在している各種の育毛剤は、結局のところ彼の父親の友達を救うことはできなかった。そして恐らく、この錠剤も効くことはあるまい。
そもそも、ただのビタミン剤なのだから当然である。
そこで晴馬は考えた。そして、松島の広がりつつあるオデコに目を付けたという次第なのである。
「お前もメシか?」
「ううん、もう食べたよ」
大きく首を横に振り、コロッケソバをテーブルに置く松島の正面に腰を下ろす。その表情は妙にニコやかで、和むというよりも気味が悪い。
「じゃあ、何しに学食へ来たんだよ?」
「えーと、懐かしくて?」
「相変わらずバカだな、お前は」
錠剤の効果がなかったことに、落胆の溜め息を漏らす。
だが、そもそも飲んでいない薬が効くハズもない。そしてその薬は、今まさに松島の口へと運ばれていた。
缶に口を付け、グイッとあおる。
こうして、バカを治す薬は見事に戻ってきてしまったのである。
ちなみに、松島がバカでなくなったのかどうかはわからない。
ただ、ハゲはすでに手遅れだった。
バカはともかく、ハゲの皆さんごめんなさい。