S-90
ゆっくりと着実に接近してくる浮遊物体を目にした進は寒気に襲われる。あれは人が見ていいものでは無い。
パイロットたちは抵抗できるからこそまだ正気を保っていられるが自分がなんの抵抗力も持ってない一般人だったならと想像もしたくない。和歌山県民や大阪の浮遊物体に轢かれたとこにいた人々は絶望しただろう。
逃げ延びたとしてもトラウマになってしまうのは確実だ。
唯一俺が生き延びれる方法はやはりこれしかないか。
進は未登録機を見上げる。
それは左腕が肩から無くなっていて、左足の膝下もない。
破損部から潤滑油やら冷却液などが漏れ出ている。
幸いコックピットハッチは開いたままで、これは御影中尉の意図的なものなのだろうか。
コックピットからはワイヤ線が伸びていて、基地外で搭乗する際パイロットは自身で携帯している巻き上げ機を使って登る。
コックピットはS-88と互換性があるようで動かすことはできそうだ。
俺が座席に座るとハッチが閉じる。
2つの操縦混の右手側にキーホルダーが結ばれている。
「これは…猫か?」
キーホルダーをもって眺めていると少しひび割れたモニターに電源が入り、S-90:Bluebeeと表示される。
その後、メインカメラの映像が表示される。
機体の損傷表示には破壊された箇所が黒く消灯し他の部位は赤く光っている。
武器はなくエネルギー残量も13%。
「命からがらって感じか。起動しただけマシってことかよ。」
「システムチェックを行う。」
モニターに表示された各種補助機能はほとんどがオフライン。
「姿勢制御システムも出力低下状態ね。片足で立てれるのか?」
試しに立ち上げようとしたら右足のモータがある膝の損傷表示が点滅し始め機体が振動しだしてコックピットが揺れた。
慌てて機体の姿勢を戻す。
「エネルギーは使いたくないがそれしか方法がない…よな。」
操縦混のジェットエンジンとロケットエンジン点火のボタンを押す。
燃料タンクの表示が点滅する。
機体はガタガタと振動してしまうが出力が安定した後すぐ上昇する。スラスターが生きててよかった。
S-90は高速道路から離れていく。
ある程度高度が上がった時、火だるまになって爆発する機体や無惨に潰されていく訓練生たちを見る。
「無駄死にはごめんだね。」
俺は心底そう思う。兵士は命を賭けてまで人名を救う、そう教えられてきたが俺は違う。
俺は空を飛んで鳥になってみたいという夢がある。
だから戦闘機パイロットになった。
「さっきの中尉は北へ向かった。なら基地へ戻るよりそっちに行った方が良さそうだな。」
〖接近警報、接近警報〗
「なんだ!?」
警報音に驚きながら全周モニターをくまなく見渡すと小型の浮遊物体が高速道路を下から突き上げて破壊しS-90に接近している。
「くそっ!お前は10mしか飛べないだろ!」
浮遊物体は突き上げて飛ばした破片に乗って射程距離を伸ばそうとしていた。
俺はS-90の高度をさらに上げて回避する。
浮遊物体は攻撃が届かないとわかるとそのまま落下していった。
「危ない…。死ぬとこだった。」
安心したと思ったつかの間、機体が大きく揺れ失速した。
「今度はなんだ!」
〖エネルギー残量0%、失速〗
エンジンが完全に止まり、背中の飛行ユニットで滑空している状態になる。高度メータはどんどんと下がっていき水平を示す表示も大きく振れる。
このままでは減速できずに地面と衝突する。
パラシュートは開いたが片足だけで衝撃を吸収しても効果はなさそうだ。
「新型だろ!なんかないのか!」
俺はコックピットをくまなく見渡すが真新しそうな機能はない。
コックピットを離脱させてパラシュートで地面に降りれるが降りた後絶対に生き残れない。
死んだ。
俺の運命はここまでだったか、とさとる。
モニターに映るコンクリートの地面との距離がどんどん近くなる。
1000m…
500m…
200m…
100m…
50m…
50m…
54m…
120m…
高度メータの異常を確認し原因を探る。
モニターの上部を見た時、俺の機体を持ち上げるS-88がいた。
「どこの誰か知らねぇが、助けてやったんだお礼ぐらい言いやがれ…。」
「桐ヶ谷…。」
「おいおい。聞き覚えの声がしたと思ったら進か。」
「おまえ、生きて…。」
「死ぬわけねーだろ。システムが壊れたんだよ。おかげで無線の範囲は狭まるしレーダー探知機も使えないときた…。やってられないぜちくしょう。聞きたいことは山ほどあるが今は逃げるしかねぇ、こんなクソみたいな作戦に参加させられて上の言う通りに死ぬなんて、俺はごめんだね。」
「ああ、そうだな。」
「進はよぉ。空に上がりたくてパイロットになったんだろ?じゃあ夢は叶ったてことだ。」
「いや…まだ。」
「夢はひとつじゃねぇ!その先が、先に何もない人間なんているかよ。俺はそう思わないやつを人間だって認めない。」
「桐ヶ谷…。」
「俺は賭けに出るぞ進。浮遊物体は直進し続ける。後退なんてしない。なら浮遊物体を通り越して裏にまわりゃいい、米国の記録でも奴らの動きはそうなってる。」
桐ヶ谷のS-88は浮遊物体の射程範囲から十分余裕が取れる位置まで高度を上げ浮遊物体の群れの後ろへ行く。
その間、浮遊物体の中で1番大きい個体の照準が裏手に回る2機を追うが後退しなかった。だがその照準は常にこちらを向き続ける。まるで監視カメラのように。
桐ヶ谷は浮遊物体が通って更地と化した地面に降り立つ。
そこは見渡す限り真っ平らだ。
山は潰れ、川は埋め立てられる。
「ほんとになにも残らないんだな。」
「ああ。日本全土がこうなる前に食い止める必要がある。」
「奴らの第2陣が来るまでは安全だろうなぁ。もちっと早く判断しとくべきだったぜ。戦略的撤退てやつだな…。」
「俺たちの任務は大阪に襲来した浮遊物体の撃退。悪くいえば時間稼ぎ…。」
「進、聞きたいんだがよ。元の機体はどした?」
「盗られた。助けた今の機体の持ち主にさ。」
「おっかねぇな。そいつも生き残るためにやったんだろうって考えたいけど度が過ぎてんな。」
北進を続ける浮遊物体が離れていく。
戦闘の光は見えなくなり、桐ヶ谷のように裏手に回れた機体は無かった。燃料の酷使が原因だろう。
口は悪いが緊迫した状況でそこまで気が回る桐ヶ谷の器量は認めるべきだ。
「四国は高知がやられたわけだしな。救援が来そうなのは中部辺りか。」
「しばしの休憩だな。」
2機の人型機動兵器は瓦礫でできたとてつもなく広い平地に膝を折って中継姿勢をとる。
コックピットハッチを開けて肉眼で外を見る。
月のあかりでまだ見やすい方だがビルなどの街灯で煌びやかに光っていた大阪の面影はなく、砂漠の上に立っているようだった。