月夜の出撃
訓練生達は各クラス担当の教官の支持に従い更衣室へ向かった。黒い装甲板が着いたパイロットスーツを着てその上に対G装備を装着する。対G装備は外からの圧力に対してスーツを膨らませることで内部の圧力を変化させないようにする機構が入っておりその動作を確認するため訓練生は装着後1回膨らませる必要がある。
俺は確認を終わらせ減圧させる。
緊急時には対G装備が脱着される仕組みだ。
着替えと確認が終わった訓練生達が米国から送られてきたS-88が置かれた格納庫へ続々と入ってくる。
訓練生のほとんどが不安げな顔をしていた。
10日間の期間はどこへ行ったのかと。
予定では大阪防衛ラインは10日以上持たせるはずだったのだろう。
しかし、白色で統一されたS-88が整列する姿は圧巻だった。
オレンジ色の細いメインカメラが光っている。
米国から一緒に来た整備士達が訓練生たちを眺めている。その表情はどこか悲しげで散っていく桜を見ているような目をしている。
俺は第3部隊の集合場所へ向かった。
そこには桐ヶ谷、長瀬、黒井、汐川、能登教官がいた。
「全員揃ったな。各員搭乗し機体チェックを行え。幸いS-88は国際基準のため訓練機と動作はほとんど同じだ。」
第3部隊の5人はそれぞれの番号がペイントされた機体へ走っていく。
俺は5番機に乗り込む。
既にコックピットが開いた状態へセットしていた整備士が俺にグッドサインを送る。
俺も同じサインをしながらコックピットハッチを閉める。
搭乗席は機体の胸部へ収納されていき分厚い装甲で閉じられる。同時に機体の全周モニターに光が灯りS-88:Whitehornet standbyと映る。
ピッピッピッピッと電子音がした後、格納庫が映る。
それはS-88の頭部メインカメラから送られてくる映像だ。
俺は深く呼吸をした。
そして、操縦棍を握る。
「メイン電源チェック…視界良好、右腕動作チェック…問題なし。左腕、同じく問題なし。脚部モーター問題なし。各種火器使用システム問題なし、ちっ、腐食弾は既に積んであるとか最初から行かせる気じゃないか。」
俺は右腕を動かし機体の固定具に装着されたライフルを手に取り右足の膝へ装備する。左足の膝には大型のナイフを装備する。それが通用すると思えないが。
次に固定具にあるロボットアームが腐食弾を入れた弾倉を両肩の装甲の中へ収納していく。
最後にエンジンのチェックを行う。
背中に4門搭載されたロケットエンジンに小さく火を入れ上下左右に動かし、腰にある2門のジェットエンジンにも同じ動作をさせる。
「1番機、システムチェック完了。」
「2番機、システムチェック完了。」
「3番OK。」
「4番機、あと1分ください…。」
「5番機完了。」
「よし、第2部隊が全て発進した後それに続く。」
第1部隊はカタパルトデッキに移り1番機から順に飛び立っている。
「4番機、完了しました!」
「おせぇぞ汐川。」
「桐ヶ谷、汐川より射撃上手くないくせに威張るな。」
口の悪い桐ヶ谷を長瀬が注意する。
いつもの第3部隊の光景。
第2部隊に順番が回ってくる。
「まさか、乗らないと思ってた人型機動兵器に乗って任務まで行うとか考えてなかったよね。」
「そうだな。だが飛行機乗りにアクシデントなど付き物だ。」
「教官、アクシデントの大きさが桁違いですよ。」
「つべこべ言うな。順番だ、長瀬…行け。」
「1番機、長瀬透出ます。」
第3部隊1番機のS-88がカタパルトに両足を載せる。
1番機は滑走路を一気に滑り空へ飛ばされる。
「2番機、桐ヶ谷悟士出ます。」
「3番機、黒井悠出撃。」
「よ!4番機。汐川明日香いきま!ふぇー!」
4番機は両足を乗せたあとのゴーサインが早すぎてすっ飛んでいくが無事に飛び立った。
「5番機、進衛人…出撃。」
俺は無事空に上がり、滑走路から伸びるLEDのライトにそって海上へ出る。
全周モニターの後部、俺の座席の後ろを見ると基地の滑走路から第4〜10の後続が上がってくる。
合計50機が空へ上がり大阪方面へ向かう。
「月が出ていて良かったな。下が見やすい。」
長瀬が海中を注意している。
「大阪に浮遊物体が入って来たんだろ?やつらの移動速度からは戦車じゃ逃げきれないんだとさ。」
桐ヶ谷は呑気だ。
「じゃあ、大阪は今大混乱ですよね………。」
汐川が声を震わす。
「ま、大丈夫だよ。先発偵察隊がくるから。」
黒井が機体を回転させ後方を指さしながら飛行する。
仰向けで飛べるなんて器用なやつだ。
黒井が行ったように50機の編隊の上を5機の深緑色をした人型機動兵器が輸送機に掴まって通り過ぎた。
それはS-88ではなく国産人型機動兵器の参式:比叡だ。
S-88の米国軍機は長距離飛行を得意とした細身な機体だが参式:比叡は脱着式の装甲を身にまとった重装型。
彼らの目的は訓練生たちの着陸地点の確保と通信基地の設営が任務だ。
衛星通信ができないため今は有線か近距離でのローカル通信しかできないためである。
先発偵察隊が過ぎて、15分後。
50機の編隊は大阪上空へ到着し和歌山方面から来る浮遊物体を目撃する。
月の光を反射させ黄色く光る浮遊物体の動く山。
それに対し、爆煙が上がっている。
「デカイな。」
長瀬がつぶやく。
「ああ。ミサイルが効かないと聞いてずっと嘘かと思ってたが本当だったようだな。」
「長瀬、たしか30mまで近づかないと腐食弾に反応されるんだっけ?」
黒井が問う。
「ああ、そうだ。俺たちは今からやつらの顔をモニターいっぱいに映すことになる。」
「さいあく…。」
「アメリカのパイロットが1人で7体殺って、大阪迎撃部隊が10人で1000体程度削った。ここには50人いるんだ。しかもエリート出身がな!これ以上市民や兵士を犠牲にできない。俺は行くぞ!」
「桐ヶ谷まて!先発偵察隊の情報もまだないんだぞ!」
桐ヶ谷と同じようにエンジンを唸らせ浮遊物体へ果敢に突撃していく訓練生が何人もいた。
地上では市街地を後退しながら砲撃を続ける戦車達がすり潰されるように破壊されていく。歩兵やミサイル迎撃車両は既に壊滅したようだ。
「長瀬君!10時の方向に生存機を発見しました!」
汐川がそれを指さす。
その方向には高速道路に膝をついている人型機動兵器がいる。左腕は無くなっていて左足も膝から下が無い。
第3部隊は突撃した桐ヶ谷を呼び戻しつつその近辺へ着陸した。
その機体はS-88ではないが似たような形状をしている。
色はライトブルーに黒のラインが入っている。
「こちらは兵庫航空能力開発訓練校から来た戦闘機動科第3部隊だ。そちらの所属は?」
長瀬が通信を試みる。
「私は大阪迎撃部隊第1機動隊実験機パイロット、御影中尉。行動不能により回収を待っていた。そちらは回収部隊で合ってるか?」
「いいや、違う。我々はあの浮遊物体の進行を食い止めるために来た。」
長瀬が言い切る。
「はっ?無駄だ。やつらは止めれない。学生などすぐにやられるさ。もって1分と言ったところだよ。」
「そうかもしれないが唯一対抗出来る物を使える我々がやらないなら誰が代わりになるのでしょう。御影中尉、教えてください。」
長瀬は御影中尉に噛み付く。
「君は私の機体を見てまだそんな事を言えるのか? 私は一緒に戦ったS-88と追加の部隊も合わせて10時間以上戦った。」
御影中尉の声がうわずる。
「なのに…なのに。やつらは一向に減らない!こっちはみんな死んで行った!くそぉっ!」
ガンっと御影中尉の回線からモニターを叩く音が聞こえた。
俺はモニターの左上にある部隊員の信号表を見ていた。
桐ヶ谷の信号がロストしたのだ。
「長瀬。」
「進、お前が発言するなんて珍しいな。」
「桐ヶ谷がロストした。」
「おい、今大阪に来ている兵士は何人いる。」
御影中尉が第3部隊全員に次ぐ。
「我々を含め総勢50機だ。」
「私は、学生…いや訓練兵か。支援に来るなんて聞いてなかったぞ。しかも50機などというデタラメな数。」
「ど、どういう事ですか!?」
汐川が叫ぶ。
「大攻勢をかける場合、指揮官が必要だ。戦争は個人の判断で勝てないからな。」
「教官たちなら先発偵察隊として先にこちらへ来ていましたが…。」
長瀬が不安げに尋ねる。
「さっきの比叡か。あの5機なら今は前線だろうな。指揮官がいるなら早く行くといい。その数ならもしかしたら食い止めれるかもな。技量しだいだが。」
「情報ありがとうございます。我々は行きますね。第3部隊、桐ヶ谷を探しに行くぞ。通信範囲外になった可能性もある。」
長瀬はロケットエンジンを使って空にあがり桐ヶ谷が向かった方向へ移動を開始する。
汐川も黒井もそれに随伴した。
「君は行かないのか?」
「やる気がないので…。」
「私と一緒だな。運命を流れに任せてしまっている。だが君はまだ動ける機体を持っているだろう。私の所属した隊は無くなったから現存している部隊の傘下に入る感じになる。現在で言うと君らの上官になる。」
「そうですか。なら能登教官ですね。」
「能登…飯伏大佐のとこの中佐か。」
「よくご存知で。」
「おしゃべりは嫌いか?」
「ええ。」
「嫌いなとこ悪いんだが私を回収してくれないか?奴らに命をあげる気はないからな。」
「そのくらいなら良いですよ。」
俺は機体を近づけ中継姿勢をとらす。
頭部のライトで御影中尉の機体の胸部を照らす、大破した機体から中尉は降りて俺のコックピットの上にくる。
カツンカツンと鉄板をふむ音が聞こえた後、ハッチを開き中尉を中へ入れるようにする。
垂直から水平に倒れたハッチの上に人が降りてくる。
対G装備がなくなり損傷したスーツからは月明かりに照らされた肌が露出している。
薄い黄色のような銀のような、灯りを反射する長い髪。
日本人ではない緑の眼が俺を見つめる。
俺は御影中尉から目が離せなかった。
「どうした、日本人じゃないから驚いたのか?」
「ハッチを閉めます。」
「おっと。」
御影中尉がハッチに押され転がるようにコックピットへ入ってくる。
「強引だな、君は。」
御影中尉が座席に座る俺の膝の上に乗る。
モニターがつき、和歌山との県境の方を表示している。
さっきまでの爆煙はなくなり、小さな人型機動兵器のエンジンの光が蛍のように飛んでいる。
それが意味するのは地上部隊が全てやられ残るは訓練生たちのみであるということだ。
「進、と言ったな?」
「はい。」
「君には悪いがここで降りてもらう。」
御影中尉は俺の頭に向かって自衛用の拳銃を向けた。
「な、なんで…。」
「降りろと言っている。」
御影中尉の口調が強くなり、俺を無理やり座席からどかせそこへ彼女が座る。
S-88の右腕がコックピット内に手を伸ばし俺を掴んだ。
「え!?やめてください!」
「済まないな。私はこんなとこで死ねないのだよ。君が救ってくれたことは忘れないし、またいつか生きて会えたら……そのときは私を殺してくれて構わない。」
俺は高速道路上に置かれ、御影中尉を乗せたS-88は腰部ジェットエンジンを点火し上昇していった。
御影中尉は外部スピーカーを使いさよならを言う。
「うそだろ……。」
夜空に上がったS-88はそのまま京都方面へ向かっていく。
大阪上空で戦っている訓練生たちの光は少しずつ減っていく。浮遊物体は肉眼で鮮明に見えるほどに近づいていた。
周囲には大破した未登録機しかない。
「残り物は貧乏くじか……ハハハ…。」