死戦への練習
「総員傾注。」
第444機動部隊に与えられた格納庫の安全通路に並んだ隊員へ御影大尉が声をかけた。格納庫にはS-86fや改装されたS-88に日本軍の新型機、巴長門が2機、格納されている。そのほとんどが前の部隊から継続使用した機体である。日本軍は最新機を配備できる予算もなく使えるものはそのまま変更しない方針であった。
「本日から着任してくださるフェニキシオン少佐だ。」
「初めての隊員もいるようだな。アルター・フェニキシオンだ。以後よろしく頼む。」
「挨拶は以上でよろしいでしょう。少佐について詳しく知りたい者は後で本人に直接聞くように、少佐は厳格なお方では無いのでね。」
少佐はやれやれ、と腰に手を当て視線を落とす。
「今朝見たブリーフィングは覚えているな?我々は明日から前線部隊と交代し作戦に参加する。初戦を担った迎撃部隊が記録した情報を無駄にしないため我々は明日で戦線を優勢へと覆す必要がある。いいな?」
「「了解!!」」
「返事が良いな。よし、以上で周知事項は終了だ。よって今から午前の演習練習を行う。」
それを聞いた隊員は格納庫の奥にある広い一室へ向かう。そこには人数分のシミュレーションポッドが用意されていて、各隊員に合わせた機体設定がなされている。内部の操作部は国際規格と日本規格でそれぞれが用意されて準備万端だ。
そして、ポッドの開閉ハッチには勝率が表示されていた。
「進、勝率が5割をきった場合は覚えているな?」
「大尉との一騎打ちですよね…覚えてますよ。」
「いーなー、私がそれやりたいよー。」
「おめぇは近接戦が苦手なんだからやる前から結果が分かってんだよ。」
「うわっ、初めから否定するなんてヒロって最低、屑、私の中で評価が5ダウン。」
「知るかよ。」
うだうだ言いながらも皆がポッドへ入っていった。
もちろん、少佐と大尉もだ。
「演習内容は前と変わらずエイリアンとの仮装戦だ。前線部隊の情報を入れたアップデート後だからな、昨日とは違うぞ。」
ポッドの全周モニターがついて地形を表示させる。それは灰色の瓦礫出できた不整地上の地面。レーダーには赤く表示された群れが映っている。
兵装は明日使う物と同一で、進と桐ヶ谷には機関銃。汐川は単発式のライフルが渡されている。ライフルには多少改造がされていてロングバレルと初速が上がるように細工されている。
「演習開始、戦闘目標は敵の殲滅。各自の判断で戦闘を開始せよ。」
大尉がいう、各自の判断とは浮遊物体戦からの教訓である。中隊長や部隊リーダーによって隊員の行動さえ縛ってしまう場合、緊張でその命令が頭から離れず臨機応変に対応できない。そうやって大量の兵士を失った。リーダーへの過信は時に逆効果となる。
各自と言っても目標に近づくまでは部隊で行動を共にする。交戦距離になってからが各々の判断で、と皆は理解していた。
交戦距離になって初めに動いたのは桐ヶ谷だ。彼のS-86f:ヘルウォーカは空中で停止して兵士目の隊列に対し横凪に機関銃を掃射する。兵士目(高さ5m)は4本の足中、2本の後ろ足を用いて跳躍し弾を避けつつ桐ヶ谷機に近づいた。
桐ヶ谷は機体の高度をとってそれを避け、掃射を続ける。
しかし、兵士目の情報を知った狙撃目が空中を飛ぶ桐ヶ谷機に発砲を開始。地面を削った土の弾丸を直撃させる。土でできているから金属の装甲が壊れないって考えるとそれは間違いだ。未知の技術で硬化した土で硬度は超硬合金級。銃弾で例えるとアーマーピアシングの様であり高い貫通力を持つ。
「しまっ――」
〖桐ヶ谷機S-86f、胸部大破。戦死判定。〗
ポッドから機械音声が流れる。
「桐ヶ谷、狙撃目は貴様を常に狙っていると理解しろ。」
「了解……。」
「汐川、君もだ。狙撃目を倒すのは同じく狙撃手の役目。部隊を生き残らせるなら早期に掃討するかできないなら至近弾でプレッシャーを与えろ。」
「はいっ!!すみません!」
「返事はいい。やれ!行動で示せ。」
汐川は群れから離れた位置で停止し、戦車目より少し大きい狙撃目に向かって撃つ。
それを理解した狙撃目は戦車目の影に隠れるように姿勢を低くする。
「よし、いいぞ続けろ。」
御影大尉とフェニキシオン少佐はゴーストモードで敵に認知されない状態で隊員に着いている。
「進、もっと敵に近づくんだ。動きの早い兵士目にお前の武器は有効だ。しかし遠距離から使用しても見切られる。前へ出ろ、前へ。」
「わ、分かってますよ!」
「覚悟を決めろ。貴様がパイロットになった時点で――」
「――あんただって逃げたじゃないか!あの大阪で!」
御影大尉は言葉を詰まらせる。進の言い分は正しい。
「何があったが知らないが大尉、あなたも訓練に参加すべきだよ。部下にそう言われる上官を見てきたが彼らは皆、リーダーに向いていなかった。本当は上に立ちたくなかったが仕方ない。」
フェニキシオン少佐が1呼吸おく。
「汐川機は援護を続行、大尉と進機は私に続け。」
フェニキシオン少佐の黒いS-88がゴーストモードを解いて、前衛を担うため加速した。
「目に焼き付けろ!」
少佐は御影大尉と進の目の前を突っ切る。サブマシンガンを両手に持ったS-88は兵士目の群れを攻撃しながら前進。数秒で戦車目の目前に入って足についたグレネードミサイルを発射、三体の戦車目を破壊する。
そして突撃してくる他の戦車目を宙返りして避けながらサブマシンガンを撃ちまくる。ジェットエンジンは踊るように動きリズムを刻んでいた。
「汐川!!援護しろ、狙撃目を頼む。」
「はい!!」
汐川機の援護でさらに開いた道をロケットエンジンで一気に加速して抜け、司令目のエリアまで到着。
流れるようにそれを撃破して演習は終了した。
「ふぅ。上手くいったな。だがこれはあくまで練習だ。解放軍が今も手こずっている意味を考えるとこう上手くは行かないだろう。そして、勝つ秘訣はスピードだ。」
「スピードですか。火力ではなく?」
「火力では足りない。私の予測では奴らにも核に対抗出来る何らかの耐熱組織を持っているだろう。加えてその組織の弱点は1点への荷重だと考えられる。浮遊物体がそうであったようにな。なら避けられる前に撃つ。それだけだ。」
「勉強になります。」
「大尉はもう少し素直になったらどうだ?肩の力を抜け。」
少佐のS-88が大尉の巴長門の肩を叩いた。ゴンっと鈍い音がしその振動で大尉のポッドが揺れる。
「各員休憩をとれ。集中のし過ぎは脳に悪いからな。明日の出撃に響くぞ。」
――――
第444機動部隊の宿舎に帰った御影大尉が自室のベッドにバタリと倒れ込む。
「肩の力を抜けか……。」
私はそこまで厳しかったか?甘いほうだと考えていたが。
米軍の基準はあれくらいなのか?
「ダメだな。」
悪いのは私の方だろう。しかし認めたくないと対抗心を先に燃やしてしまう自分がいる。
頭を冷やそう……。
洗面台に向かった大尉は蛇口をひねり、何回か水をすくって顔に当てる。その後、鏡を見てショックを受けた。
表情は固く引きつって目尻が下がっているように感じた。
らしくない。明日の戦闘に緊張しているせいか?
そして、ふと思い出す。彼の言葉を。
逃げている……か。たしかにそうかもしれない。実験部隊にいた頃、私は戦場でまともに戦っていなかったのだ。開発された試作品のテスト、それが私の任務。
試験結果をある程度収集したら撤退できていた。
明日はそうじゃない。未確認飛行物体の2度目の襲来で実験どころでなくなった上層は実験部隊を解体、新たな実働部隊に加えたのだ。
何が、444:エンジェルナンバーだ。
「ん、うぅ……。」
深く考えるほど、胸が痛くなる。こんな事今までなかったぞ。再び鏡を見た時、私は驚いて1歩下がった。一瞬、兵士目の黒い目玉が写った気がしたのだ。
「う、うそだ……。こ、こんなはずじゃ。」
よ、よし格納庫に戻ろう。シミュレーションポッドでもう1回こいつらを倒せることが出来れば自信が取り戻せるはずだ。
私は慌てて自室からでる。
「御影大尉…です…か?顔色が――」
飛び出た瞬間、進中尉にばったりと出くわした。
青ざめて軽く涙を浮かべた表情を彼に見られてしまった。
「大尉!体調が悪いのでしょうか!?」
「えっ…。」
私は素っ頓狂な声を上げた。すっかり罵倒されると思ったのに、帰ってきた返事は180°違っていたのだ。
「と、とりあえず横になりましょう。」
進中尉は私を軽々と抱っこしてベッドへ寝かせる。
私はそこでやっと落ち着きを取り戻す。
――――
「済まないな…。恥ずかしいところを見せてしまった。」
「大尉も悩むことがあるんですね。」
「人間だから、仕方ない。恐怖からは逃げられないものさ。」
「そうですか。でも良くなって安心しましたよ。俺は行きますね。今日の復習がしたいので。」
立ち上がる俺の腕を大尉が掴む。
「大尉?」
「も、もう少しここにいてくれ……。」
御影大尉の表情は汐らしく、いつもの威厳はすっかりとなくなっている。
「い、いや。いて欲しいのは嘘だ。勝率5割を切った者への直々な教育と言うやつをだな!」
「わかりました。復習よりいい事を学べそうですね。」
御影大尉が1呼吸をおく。俺は次の発言を忘れないように身構えた。
「済まない……。君が言ったことは間違っていない。」
えっ?
俺は言葉に出さなかったが驚いた。
「復習、頑張れよ……行け。」
「了解しました。」
俺は足早に部屋を後にした。あそこにいたら気が狂いそうだったからだ。御影大尉の空気が全く読めない!
まったく、難しいタイプの人間だよ。
はぁ、午後の演習だけど、大丈夫なのかあの人…。




