Merry-go-round
何度でも。
僕は君に恋をする。
*
僕の一族は未来視や過去視なんか手始めに、時間や運命みたいなものに関わる天与法術を発現させる血筋だ。
時の司だの、星見の輩だの、逆輪の使徒だのと呼ばれたりもする。
だからね。君が来るのは、ずっと前からわかってたんだ。
――大紅蓮凍土の彼方で、世界を終わらせるものが産声を上げる。
――最果ての魔王を討滅すべく、聖霊の祝福を得た子が生誕する。
このふたつの事象がごく近い時期に起こることは予言されていたし、予見されていた。
世界を終わらせるものとは、最果ての魔王に違いない。けれど希望はある。聖霊の愛し子が、魔王の魔力量に拮抗しうるだけの法力量を備えた子供が同じ頃に誕生してくれるのなら、人類は魔王に対抗することができるだろう。
誰もがそう考えたわけさ。
ただ前回の愛し子は、魔王を休眠に追いやるのが精一杯だった。その股肱たる魔族は、凍土に封じられこそすれ、散発的に人の世に現れて禍いを為している。
だから今度こそ魔王を討ち滅ぼすべく、愛し子を、つまり君を、全力で支援する人材を作ろうと人類は決意したんだ。各国で様々な育成が開始され、それは僕の一族も例外じゃなかった。
ま、そういうことさ。
数万回単位で繰り返された未来視とその観測結果から逆算して生み出された存在。適切にして有望な血同士を掛け合わせて作られた人為的な天才。それがおねーさんさ。
言うなれば、僕は君のために生まれたってわけだね。ふふ。
やがて訪れた予見にして予言の年。
凍土の魔族が軍事行動を開始した。あまりに迅速な侵攻は、備えていたはずの各国を打倒し、大いに人界を脅かした。それでも人は希望を信じて徹底抗戦をした。
そうして君という希望の子が十五になった時。大人と見做され、戦士と認められた時。
人々は一斉に反攻を開始したんだ。
君と僕の出会いはつまりそういうことで、だから僕は最初の時は君のこと、鬱陶しいなあって思ってた。
君をまったく知らなかったのだから、そこは許して欲しいな。
だってあの時の僕は、まだ十七の箱入り小娘だったんだ。生れる前から決められていたそんな運命を、ちょっぴり鬱陶しく感じたとしても、それは仕方のないことじゃあないか。
聖霊憑きとはいえ十五になったばかりのひよっ子の世話を焼くなんて、そもそもおねーさんは面倒くさかったのさ。
君は、僕の不自由の象徴みたいなものだったんだよ。初めはね。
でも、まあ、ね。
戦火はどうしようもなく広がっていたし、僕ってば一族の悲願みたいな立場だしで、状況は整えられてしまってたわけで。僕に行かないって選択肢はなかったんだよ。大体僕の力って、そのためのものなわけだし。
星天逆行。
それが僕の天与の名前だ。星の巡りをさかしまにして、時間を遡行する力だ。おとぎ話にも出てこないような、そんな途方もない真似ができるのが僕ってわけさ。どうだい、尊敬したかい?
勿論、これほどの法術だからね。如何におねーさんが大天才といえども、起動に当たっていくつかの制限はある。
まず使用回数。
これは無尽蔵に使える術じゃない。逆行できるのはただ一度きり。ズルは何度もできないし、時間を遡る際、僕以外の世界の記憶は全部飛ぶ。
ちなみに世界全部を逆進させるなら、僕ひとりが逆行する方が楽だろうと思うのは素人考えってやつさ。そのやり方だとは僕のいた世界と僕のいる世界とに、世界を二分割しなくちゃならない。
どこからか元の世界にまるごと等しいだけの活力を持ってこない限り、世界が半分になってしまうんだ。ある日突然、自分の体が半分になることを想像してみればいい。到底生きてはいられないよ。
そんな力を発揮しようとするくらいなら、まるごとさかしまにする方が楽だし早い。と言っても、こっちだって相当な荒業なんだけどね。僕の
一族が、経過時間軸へ順に楔を打ち込んで、戻りやすくしてくれているからこそできることさ。
だから再開地点ならぬ再開時点は、僕と君の出会う前日に固定になってる。望んだ過去へ自由に移動っていうのは、残念ながら不可能だ。
それが可能な子供が生まれる未来は、最果ての魔王復活までに見えなかったらしい。間に合わないので妥協したわけだ。
……うん、自分が妥協の産物っていうのは、ちょっとばかり業腹だね。
でもおねーさんってば天才だから、天与法術を抜きにしても、他のどんな法術士にだって引けは取らない。法術構成も法力量も、あの当時から誰よりも上なんだぜ。ちょっとくらいの欠点は大目に見るべきだと思うな。
ちょっと話が逸れたけど、だからそんな僕のお役目は、君に同行して、いつも君のすぐ傍にいることだった。君に万が一が起きたら、すぐさま時間を遡ってその不測の対策ができるようにね。初回の僕たちがいつも一緒だったのはそういうわけさ。
おかしな油断を誘発しないように、君に僕の力は知らされていない。なんで僕は君の行動に、いつもひとりで気を配ってなきゃいけなかった。まったく、世話が焼ける子だぜ。
でもまあ、そうそうこの力を使うことはないだろうと思ってたよ。
だってまずは侵攻を受けた国々の領土を回復するのが先決だ。しばらくは人界での戦いになる。戦場は協力者ばかりだし、僕たちには各国の精鋭たちと人界連合軍が随行してる。加えておねーさんは強いし、君もまあ、それなりにそこそこだ。そこへうちの一族が、ありったけの予言と予見を繰り出して備えたんだから、不測なんてまず起こらない。
実際さしたる困難もなく、数年の旅路で僕たちは、魔族を再度大紅蓮凍土に追い込むことに成功した。
だけど大変なのはそこからだった。
大紅蓮凍土は極寒の地だ。渦巻く強風とそれが巻き上げる氷の礫は、鑢のように人体を削り取る。吹き出た血はすぐさまに凍てつき、まるで真っ赤な花を咲かせたようになる。それが大紅蓮の名の由来ってわけさ。並の人間なら、ほんの数日生き延びるのも難しい秘境だ。
そんな環境に、更に恐るべき魔族らがひしめいているんだ。櫛の歯が欠けるように、僕たちの軍勢は減っていった。
その理由には、予知の欠如もある
未来観測っていうのは、不確定要素が増えれば増えるほど不確実になる。
現時点から時間的に遠すぎたり、因果に干渉するほどの力を持つ存在に対する観測は、大抵砂嵐めいた意味のない光景を眺めるだけに終わってしまう。
君が確実に魔王を倒せるかどうかとか、どうやって魔王をやっつけるのかとか。
その手の情報が一切ないのはこういうわけさ。魔王より先を視た者は、今のところいないんだ。
凍土に踏み入ってから、この不鮮明が一気に増した。
同行の一族はほとんど未来を観測できなくなってきて、これが意味するのは、因果に干渉するほどの力を持つ存在への接近。つまりは魔王への肉薄だ。予知の喪失は、僕らは大紅蓮凍土の奥深くまで正しく進軍していることの証明でもあった。
だから、警戒はしていたんだ。していたんだけど、相手が一枚上手だった。
僕らの知らない、魔術の働きだったんだろうね。彼らは不意に上空に現れて、一気呵成の奇襲をしたんだ。
僕たちは混乱に陥って、その最中で、僕は誰かに突き飛ばされた。
どうせ慌てた下っ端がぶつかって来たんだろうって、文句を言うべく振り向いて、絶句したね。
だって、そこに君が倒れてたんだから。お腹に大きな穴開けちゃってさ。冗談だろう、って思ったよ。
慌てて駆け寄って、抱き起して、凍り始めた血が僕の手にざらざら触れて。それで、嘘じゃないってわかった。もう手の施しようがないってわかってしまった。だって、おねーさんは天才だからね。
なのに君は取り乱す僕の頬を撫でて、さ。
「無事でよかった」なんて言ったんだ。
それでようやく僕も気づいたよ。君が体を張って、僕を助けてくれたんだって。僕の力のことなんて知らないのに、それでも僕を守ってくれたんだって。
すぐさま天与法術を起動するべきだったのに、僕は頭が真っ白でさ。あのまま討ち取られててもおかしくはなかったよ。
即死でなければ、死を意識できるだけの時間があれば、僕は時間をさかしまにできる。
だけどあの時は、全然そんなこと思いつかなくてさ。ひょっとしたらこの数秒が、魔族にとって最大の勝機だったのかもしれないね。ま、向こうも正確な索敵の上で仕掛けてきたわけじゃないらしくて、追撃なんてなかったんだけどさ。
ともかくこの時の体験が元で、僕が到達した真理がひとつある。
それはね、死に際の告白なんて最低だってことさ。
ないよ。うん。ない。絶対ない。死ぬほど反省して欲しい。
一目惚れだったとか、旅の間にどんどん好きになっていたとか、でもこんなことを言えば役目柄首を横には触れないから魔王倒すまで言わないことにしてたとか。
そういうことを、あそこで言わない。
もし僕が天才じゃなかったら、心に傷を負って生きることになってたよ。というか後追いで自殺していたよ。おねーさんが死ぬなんて、世界的損失だよ? その辺り、理解してる?
勿論、すぐさま時間を戻したよ。
だって、「好きだ」って君が笑った瞬間、わかっちゃったんだもん。
なんで君が、仲間の他の女の子たちと話してるともやもやするんだろうとか。なんでいつも、君の姿を目で追っちゃうんだろうとか。ふたりきりでいると、なんでこんなに早く時間が過ぎるんだろうとか。
そういう「どうして」の答えが、いっぺんに出ちゃったんだもん。
だから絶対に君を死なせないって、そう思ったんだ。いやはや、照れるね。
そんなこんなで。
君と僕は出会いの前日からやり直すことになった。流石のおねーさんも、その夜は枕に顔をうずめてじたばたしちゃったもんだよ。なにせ明日は、僕の運命の人がやって来るんだ。
よーし、おねーさん積極的に攻めちゃうぞ、みたいなことを考えてたよ。
うん、できなかったけどね。ふんだ、どうせヘタレだよ。天才にだって苦手くらいあるんだい。僕のこと忘れちゃう君が悪いんだ。
でもだけど、これで君を助けられるって満足感は、すごくあった。
そうやって始まった二回目なんだけどさ、ひとつ、予想外のことが起きてたんだ。
二度とない奇跡を使い果たして、僕の特殊なお役は御免。あとは優秀にして信頼できる法術士兼恋人志望としてついていくだけ……のはずだったんだけど。
一度きりのはずの星天逆行。これがまだ使える感覚があったんだよね。困ったことにおねーさんってば、想像以上の天才だったみたいだ。
しかもそれまでの実戦で練り上げた僕の法力量も、変わらず向上したままだった。僕だけまるまる数年ぶん、強くなってたってわけさ。
お陰で二度目の旅は順調だった。
なにせ君の死因だけじゃなく、戦争相手の手札も戦略も学習できてるんだ。裏をかくなんて造作もない。それにほら、なんというかさ。若いふたりの仲もこう、進展してね。
万事順風満帆って感じだったんだけど、でも、二度目が起きてしまった。
君と魔王の相討ちだった。まさか向こうが、あんな奥の手を隠し持ってたなんてね。
魔王が滅びたのだから人類の勝利も同然の局面だったけど、やっぱり僕は逆行させたよ。だって、君のいない未来なんて欲しくないしさ。
だから。
僕がそのことを知ったのは三度目だ。
繰り返しは難儀だったけど、天才の僕がますます強くなってたから、旅路は前二回より順調だった。
驚いたことに星天逆行はまだ起動できて、「もう愛の力だね、これは」みたいな気持ちになったよ。君への想いが深まれば、君への気持ちが強まれば、そのぶんだけ僕は時間をさかしまにできるみたいだった。
元々君個人のために特化した天与法術なわけだから、そういうこともあるんだろうね。
とまれまあ、ここまでの僕は未来を信じて頑張ってたんだ。だけどその信頼は、手ひどい形で裏切られた。
魔王を倒して、これでやっと、ふたりで未来に歩いて行ける。
そう思って僕が振り返ったその時だったよ。君が塩の柱に変わったのは。
これは君も知らないことだったそうだけど、人の器は聖霊の力に長く耐えられないらしい。穏当に過ごしても生きれて三十まで。全力を出し続ければ、二十前に限界を迎えて聖霊憑きの肉体は損壊する。十五って若さで君が戦場に送られたのも、その限度を見極めてのものだったそうだよ。愛し子なんて、よくも言ってのけたものさ。
きっとこの時だね、僕の中に世界への怨嗟が生まれたのは。
本当は戦うのが怖いって、この胸で震えてた君を僕は知ってる。僕にだけ教えてくれた弱音を、君の素顔を知っている。
そんな君に何もかもを押しつけておいて、用が済んだら騙し討ちみたいに廃棄する。そんなやり口が、どうして許せる?
塵だよ。この世界は塵だ。それ以外の何物でもない。
当然、戻したよ。
君のいない未来なんて認めるものか。認められるもんか。
僕は君を殺すために旅をしてきたわけじゃない。
それから、何周くらいしたのかな。
いつしか僕の力は膨れ上がって、魔王なんて指先ひとつ、ってくらいになってた。おねーさんってば超天才でごめんね。
でもそんな力があったって、君を助けられないなら何の意味もない。つまり僕も塵だった。
身を裂かれる思いで敢えて君に会わずに聖霊の研究をしたこともある。
一族に干渉して、大規模な過去視を行ったりもしたよ。世界の成り立ちまで覗いてきたけど、でも無駄だった。
僕らが聖霊って呼んでたのは、結局意志ある存在でも、駆逐できる相手でもなかったんだ。
それは作動してしまった法則だった。
口から出た言葉がもう引き留められないのと同じくように、聖霊の在り方を変えることはできない。投げ上げた石が落ちるのを妨げられないように、誰もそれを止められない。
あれは最大多数の人類を庇護することだけを目的に、全自動で動いている。
僕は君が生きているだけで幸せなのに、世界はそれを許さないんだ。
そうそう。人類を見捨てて、ふたりで甘々な日々を過ごしたこともあったっけ。
君はこの手の逃避を絶対しないって思ってたから、僕の誘いに頷いてくれた時は、世界よりも僕を選んでくれた時は、すっごく嬉しかったなあ。生涯君に尽くすことを決めちゃったくらいさ。
君の性癖は、おねーさん熟知してるからね。というか教え込まれちゃったからね。尽くすとなったら、それはもうとことんだよ。
だけど結論から言うと、この選択も駄目だった。
魔王を倒す意志がないと見做されると、聖霊は君の体から抜け出てしまう。抜け殻になった君は、塩の塊に成り果てる。
逃げることすら許してくれないんだ。控えめに言って最悪だよね。
もう手立ては尽きて、完全な詰みだった。なら、僕がどうすべきかなんて決まってる。
と、いうわけで。
この話はここでおしまい。この世界はこれでおしまい。
歴史と時間は、自分の尾を呑む蛇みたいに閉じたんだ。
全ては僕と君が出逢う前の日から始まって、君の死の直前でまた振り出しに戻る。
そこから先はない。そこから先はいらない。
ぐるぐる繰り返す永遠の中で、何度でも。
僕は君に、恋をするんだ。