帰還
その後、俺たちは町に戻ることにした。
自分の死体をどうするかという問題は、とりあえずその場に放置することに落ち着いた。さすがに死体を担いで町中は歩けないし、安置しておける場所もない。
アイラたちには散々駄々をこねられて、説き伏せるのが大変だった。ちなみに、今の俺の身体は、シエラが応急処置をしてくれた。
数十分後。
「ここか?」
「うん。でも、絶対ややこしくなるだろうな……」
狭い廊下の突き当たり。そこの扉の前に、俺たちは来ていた。中からは、人の気配がする。
「何を気に病む必要がある? ここは元々お前も使っていたのだろう?」
「まあ、そうなんだけど……」
「なら、さっさと入るぞ。我は疲れた」
俺の左足が持ち上がる。
「え、なんで足?」
俺の問いに答えず、足は思い切り扉を蹴る。
バコン。騒々しい音を立てて、吹き飛ばん勢いで扉が開いた。そして、あらわになる薄暗い室内の生々しい様子。
「きゃっ!? な、なに!?」
「な、なんだお前!?」
リンシアとロードの叫び声。
「ふむ、新たな身体を生成する最中であったか」
「いや、言い方!」
ツッコミを入れるが、俺は気が気でなかった。
目の前のベッドでは、ロードとリンシアが一糸まとわぬ姿で、今しも交わろうとしているところ。すぐにでも目を逸らしたいのに、あいにく今は少女が目を操っている。
「おい、ここが誰の部屋かわかってんのか? あの名高き勇者パーティー、"黄金の剣"の部屋だぞ!」
「知らん」
即答か。
「それよりも、さっさとその見窄らしい剣を収めろ。新たな身体を作るのは大いに結構だが、我に汚いモノを見せるな。魂が汚れる」
「な、なんだと…… ! お前、よくも…… !」
ロードは怒り心頭といった様子で、こちらに手を向けてきた。
「せっかく金食い虫の邪魔者が消えて喜んでたってのに…… まじムシャクシャするぜ」
金食い虫。俺の事か。
「どこの誰だか知らねえが、この状況を見れば、誰もがお前を盗人だと思うに違いねえ。ここで殺されても文句は言えねえよな?」
「はあ、話し合いもできないとは。面倒だな」
お前が面倒な事にさせたんだろ……
「消えろ! クソが!」
ロードの手から放たれる、青白い稲妻。避ける暇はない。それは幾重にも枝分かれしながら、俺の身体へと直撃した。
だが、何かおかしい。
「あれ…… ?」
痛みが全くないのだ。痺れすらない。
「なんだと…… 俺の魔法が効いてないのか…… ?」
「くだらん。さっさとそこをどけ」
俺の左手がロードの首を掴む。そして。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
後方へ軽々と投げ飛ばしてしまった。
窓ガラスが割れる音。遠のいていくロードの悲鳴。ここは二階だが、彼は大丈夫だろうか。
そんな事を考えている内に、視界の真ん中へと収められるリンシア。
「ひっ…… !」
リンシアはすっかり怯えた様子で、ガタガタと肩を震わせている。顔は青ざめ、呼吸は荒い。
「いつまでそこにいる。それとも、お前も外に出る手伝いが必要か?」
「あの、服、まだ……」
「ん? ああ」
ベッドに脱ぎ捨てられた衣服。それを俺は拾い上げ、部屋の外へと投げ捨てた。
リンシアは呆気に取られたように、それを眺める。
「これでいいだろう? ほら、さっさと消えろ、人間」
リンシアは毛布で慌てて身体の前部を隠すと、そのまま部屋の外へと走っていった。
「おい、あんた。いくらなんでもやり過ぎじゃないか?」
後ろからアイラの声。
「たしかにあいつらは、リックに酷いことをした。でも、あんな事までしなくても!」
「ふん。我はこの人間の願いを叶えてやっただけだ」
「え、俺? いやいや、いつそんなお願いした!?」
「リックはそんな事する人じゃないよ。人を傷つける事が嫌いな、優しい人なんだよ」
シエラも加勢に回ってくれる。声の調子は、ほとんどいつも通りに戻っていた。
「何を言うか。我はこいつの胸の高鳴りを感じ取った。つまり、興奮していたのだ。今の状況から察するに、お前はあの二人を追い出せたことで……」
少女の声は尻すぼみになる。続いて、何か考え込むような唸り声。
「おお、そうか…… ! お前、あの女の裸体を見て、欲情していたな?」
心臓が飛び跳ねるような感覚。
「え、いや、別にそんな事は……」
「ふっ、今ドキリとしただろう? 我にはお前の魂の動きが手に取る様にわかる。そうかそうか。お前はあのような、肉付きの良い女が好みか」
我が意を得たりと、少女はからかうような口調になる。
そして、それは図星だ。
俺はこの勇者パーティーに入って間もなく、リンシアに恋心を抱いた。まあ、彼女が既にロードとできていると知って、諦めていたが。あんな風に女性の身体を見たのは初めてだった。
「こ、こら! あんた、リックにそういう事吹き込んでいいのは、あたしだけなんだぞ!」
「アイラちゃんもダメだよ!」
シエラ、ナイスツッコミ。
「うるさいぞ、下級の魂たち。どうだ人間よ、図星だろう?」
「リックだ」
「ふふ、平静を装うのに必死ではないか」
と、俺の右手に、少女の左手が重なる。
「一応お前には、魂を救ってもらった借りがある。その褒美だ。一晩だけ、我のゆりかごを好きに使ってもよい」
細い左手は、這うようにして右腕を登っていき、鎖骨の辺りを優しく撫でる。妙にむず痒い感覚が、メラメラと湧き上がってきた。
「それとも、我のゆりかごでは不満か?」
「べべ、別に、不満とかそういうのじゃなくて…… ! 俺はそんな事に興味とか、ないというか…… だ、だって、そういうのは結婚しないとダメだしーー」
「正直に言え。そうすれば、このゆりかごはお前のものだ」
顔が勝手に下を向く。
薄手の衣服から覗く、真白できめ細かい肌。それは鎖骨の下から、緩やかに膨らみ、控えめな二つの山を築いていた。なんと柔らかそうなんだ。
ん? 俺は何を考えているんだ?
「さあ、早く」
吐息混じりの声。なんだこれ、俺には刺激が強すぎる。頭が熱く、ボーッとしてくる。
いやダメだ!
すぐそこで、アイラとシエラが見ている。俺は純粋で、そういう事には関心のない風を装っていたのに。
二人に失望されてしまう! 堪えろ、俺!
「十、九、八……」
「え、待って! もうちょっと考える時間を!」
「七、六、五……」
「あ、本当に、ちょっと、ダメ、もう少し」
「四、三、二、一……」
くそ。言うしかない。俺の本心を。
「お、お願いしまーー」
「冗談だ」
「え…… ?」
「冗談だと言っている。少しからかっただけだ。どうだ、ドキドキしただろう?」
「え…… ああ、うん……」
俺は何も言えなくなった。
「ぷっ。お前は実に素直だな。心が萎えていってるぞ?」
「うるさい……」
急にどっと疲れが出てきた。早く眠ってしまいたい。
だが、少女にそんなつもりは毛頭ない。ベッドにどしりと腰をかけると、アイラたちの方を見た。そして、衝撃的な事を言う。
「さて、そろそろ本題に入るとするか。お前たちの生きるこの現界は、もうすぐ滅びる」