絶体絶命
「囲まれたって…… 数は?」
「たぶん十以上。最初はこの辺りを適当に探し回ってたのかと思ってたけど、こっちにバレないよう、陣形を組んでたみたい。くそ、もっと早く気づいてれば…… !」
アイラは心底悔しそうに唇を噛む。
「アイラは悪くない。たぶん最初から、ここに隠れた事がバレてたんだ。どうしようもないよ」
「そうだよ。そもそも、私がこの洞窟を選んだのがいけなかったんだもん。ごめんね、アイラちゃん」
シエラはアイラの前に立つと、そっとアイラの両手を包み込んだ。アイラはちょっと気恥ずかしそうに、「あんたのせいでもないよ」と返した。
「アスィミの戦乙女よ。この穴蔵に潜んでいるのはわかっています。大人しく投降しなさい。そうすれば楽に浄化してあげます」
"浄化"という単語に違和感を覚えつつも、相手の言い分は理解できた。
「あいつらこの子を殺す気なのか…… !」
「五秒だ。その間に出てきなさい。さもなくば、こちらから攻撃を仕掛ける」
「五」と間髪入れずに、カウントダウンが始まる。
緊張が高まる。この場に留まっていれば、確実に殺される。
「ど、どうしよう! 私たちこのままじゃ!」
「四」
「あの数、正直あたしたちじゃ敵いそうにない。でも…… あいつの狙いは、この子だけだ」
アイラの言葉が意味している事はわかった。この少女を差し出せば、自分たちは助かるかもしれない。
「あたしは…… あんたに死んで欲しくない」
「三」
「そうだとしても……」
「二」
俺は少女の方を見た。
今も彼女は、苦しげに呼吸を繰り返している。生きているのだ。いくら知らない人とは言え、見捨てる事なんてできない。
「一…… !」
「待て!」
俺は勢いよく入り口から飛び出した。
周りを取り囲んでいたのは、あの黒い異形たち。その姿に統一性はなく、獣のような姿のものや、何とも形容し難い化け物のような姿も。
だが、それらの中央に立つ者。それだけは、限りなく人型に近い。
「貴様、何者だ?」
黒い人型が重々しく問う。顔の中央に集まった三つの目が、こちらを睨んでいる。
「それはこっちのセリフだ。お前たち、なんなんだ? 人間じゃないのか?」
「ん? おお…… これはこれは。この世界の住人でしたか」
相手の態度が急変した。
「大変失礼しました。なにぶん、この世界へ赴いたのは初めてでして。私、タルタロスから参りました。名をデイモスと申します」
「タルタロス…… ? そんな場所聞いたことない」
「大丈夫。あと数日もすれば、人間の皆様の記憶に深く刻み込まれるはずですから」
人型は口の端が耳に届くかと思うほど引き伸ばされる。
「人間を滅ぼした国としてね」
人型が指を鳴らす。それを合図にして、周りの異形が一斉に襲いかかってきた。
話し合いの余地なし。こうなる事は何となく予期していた。
「くっ! アイラ! シエラ!」
「了解!」
「は〜い」
俺の掛け声に、少し離れた所から二人の声が返ってくる。場所は異形たちの背後。俺が注意を引いている間に、移動してもらっていたのだ。
「感覚連結!」
これにより、俺の両腕の実体がなくなった。これで俺自身には、反撃の手段はない。
「食らっちゃえ〜、スイーツ・ボンバ〜」
敵陣の右翼から、色取り取りの眩い閃光がいくつも発生する。直後、それらは次々に小爆発を繰り返していく。
一つ一つの威力は低めだが、その際限のない広範囲の爆発に、異形たちは逃げる暇もない。瞬く間に、それらは光彩の中へと消えていった。
「ほら、よそ見してるんじゃねえぞ! サンダー・インパクト!」
今度は反対側が騒がしくなる。
図体のでかい異形たちが、まるで掃かれた塵のように、軽々と宙に舞っていく。その度に轟く雷鳴と、異形の断末魔。その中心で、暴れ狂う獣の如く、アイラが大剣を振り回しているのが見える。
あれだけいた異形たちは、不可視の二人による不意打ちで、あっという間に倒されていった。
「ふむ、下級の彷徨者かと思って見逃していましたが…… 貴方、中々興味深い力を用いるのですね」
「この状況をわかってるのか? 残るはお前一人だけだなんだぞ?」
「ええ、そうですね」
その場から微動だにしない人型。そこへ、アイラが素早く距離をつめ、大剣を振り上げた。
「これで終わりだ!」
アイラが叫ぶ。
俺は半ば安心しきっていた。俺たちの勝ちだ。一先ず、今日死ぬ事はないのだ、と。
しかしーー
「え…… ?」
アイラが空中で静止した。違う。
銀色の月が照らしていたのは、彼女の腹部を貫く黒い槍。彼女の手から大剣が滑り落ち、音もなく消える。
いつの間に。それより、なんで彼女に直接触れているのか。感覚連結をしたのは、腕だけのはず。
「私一人で事足りますので、ご安心を」
妖しい光のともった三つの目が、ぎろりとこちらを向いた。