銀髪の少女
宿を出た俺は、寂れた小さな町から森へと向かっていた。先を照らしていた月の光も、ほとんど遮られてしまっている。
「うぅ〜、ここ暗いね…… 何か出てきそうだよ……」
「お化けとかか?」
「もう、アイラちゃん! 私が怖いの苦手なの、知ってるでしょ!?」
「知ってるよ。シエラも、あたしが他人をからかうの大好きなの知ってるだろ?」
「うん、アイラちゃんの事なら何でも知ってる! でも、お化けは禁止! お化け怖い!」
また両側が騒がしくなる。さすがの俺も我慢の限界だ。
「お前らどっちも幽霊だろっ!」
「急にでかい声だすなよ、リック。ほら、シエラが固まったじゃん」
見てみると、確かにシエラは驚愕の色を顔に浮かべたまま、石像のように固まっていた。それは、ふんわりとカールしたピンク色の長髪にも及んでいる。
パッと見は、十八歳の可愛い少女だ。
「はぁ。幽霊を怖がる幽霊って……」
そう。
シエラをよく見ると、足が地面から離れている。そして、その身体は少し透け、後ろの木々が映っているのだ。
それは隣にいるアイラも同じ。金色のショートヘアーをした、切れ長の目の美少女は幽霊なのだ。他の人には見えない。声も聞こえない。
「おーい、シエラー、起きろー。後でお菓子あげるぞー」
「え、お菓子!? なになに? どんなお菓子? 私はあれ、ケーキが食べたい!」
と、垂れ目を輝かせるシエラ。
「まったくシエラは。リックにそんな金あると思ってるのか?」
「え、ないの?」
「こいつの薄給っぷりは知ってるだろ? 加えて今は無職。あんたの純粋な心を弄んだんだよ、この自称優男は」
「言い方! それに、俺は優男なんて自称してないから! 薄給で無職なのは…… ごめん!」
俺は潔く頭を下げた。この二人は幽霊だが、俺にとっては大事な仲間だ。適当にあしらう事はできない。
「そんな風に謝るなよ。ちょっとからかっただけじゃん」
「そうそう! 私はケーキなんていらないよ。バウムクーヘン? で大丈夫!」
「それも無理だ……」
百人に一人が魔法を使えるこの世界。
その中で、霊視をし、また霊を使役する魔法を使えるのは俺くらいだろう。小さい頃は、薄ぼんやりと霊が見える程度だったが、今はこうして自分の手足となってくれている。
これは特殊な魔法だが、分類するとしたら召喚術とかその類だ。あちらも"契約"という過程がある。
ローグ率いる勇者パーティーに誘われたのも、その特殊な魔法を買われたから。結局、期待を裏切る形になってしまったが。
「ていうか、今どこに向かってるんだ? 隣町は反対方向だし。あのハゲが言ってた通り、この辺は危ないぞ?」
「ハゲとか言うな。良い人なんだから」
まったく。俺も気にはなっていたが、一度も口にはしなかったのに。
「まあ別に魔物に襲われる最期でもいいかな……」
「は? あんた、何言ってーー」
「もう終わりにしようかと思って」
俺が呟くのに合わせて、前の景色が開けてきた。
崖だ。空はいつの間にかどんよりと雲がかかり、月が見えない。下は真っ暗な地面に通じていた。
俺は崖の端ギリギリの所に立つと、ゆっくり振り返った。
「終わりって、どういうこと…… ?」
シエラの、滅多に見せない真剣な表情に、俺は心がチクチクする。
「いやさ。これ以上、俺なんかが二人を留めておく権利なんてないよ。二人の力も引き出せないし」
「何言ってるんだよ! あたしらは嫌々あんたに憑いてるわけじゃないんだぞ!」
「そうだよ! あの日、リックが私たちを救ってくれたから! だから、私たちは死ぬまでリックに憑いて行こうって決めたんだよ!」
二人からの猛反論。考えが揺れ動く。
「でも、どうすればいいんだ。今までだって、色んな職を転々としてたけど、どれも上手くいかなかった。それで、ようやく有名な勇者パーティーに参加できたと思ったら、これだ」
「そんな事気にするなよ。あたしはあんた達と過ごせればそれで良い。たとえあんたが無一文になっても、その気持ちは変わらない」
「うんうん。私木の実とか取ってくるよ。あ、そうだ、自給自足すればいいんだよ! そうすればケーキ作り放題じゃない?」
シエラには誰もツッコミを入れなかった。
「二人とも……」
「あんたは一々深刻に考え過ぎ。」
「ありがとう。もうちょっとだけ、頑張ってみるよ」
不意に、月明かりが森を照らした。少しの欠けもない、まん丸な月だ。それに照らされて、二人の穏やかな顔がよく見える。
俺はなんだか安心して、一歩踏み出した。
「リック、後ろ!」
突然シエラが叫ぶ。
彼女の見開かれた目が向く先を、急いで向いてみる。
崖の向こう側。何もない虚空から、黒い円がいくつも現れてきた。大きさは皆バラバラで、数は二十以上はある。
「なんだ、あれ……」
あまりに不可解な現象に、俺は呆気に取られるばかり。
と、その円の一つ。一際小さなものが明滅し始めた。やがて、その中心から何かが出てきた。手だ。
手から腕、腕から上半身が。まるで泥沼から抜け出すようにゆっくりと。そして、理解する。円から出てきたのは、銀髪の少女だ。
「逃げろ!」
少女が切羽詰まったように叫ぶ。
「逃げろって……」
「どういう事?」と聞こうとした手前。
他の円が、先ほどと同じように明滅を開始した。そして、そこから現れてきたのは。
「嘘だろ……」
見たことのない異形の軍勢であった。