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最低の意趣返し

 ロードたちは、(いか)めしい鎧で全身を覆った男の後に続き、長い廊下を歩いていた。床には赤い絨毯が延々と伸びている。

 やがて、男は豪奢な扉の前で立ち止まると、数回ノックをする。


「ロード御一行様が到着されました」


 数秒後。


「入って良い」


 渋く威厳のある声。

 中に入ると、ロードたちは頭を下げた。


「この度は、魔王討伐という大行事に、このロードをお選びいただき感謝の至りでございます」

「そんなに(かしこ)まらんでも良い。とりあえず、かけてくれ」


 ロードたちは再び深く一礼すると、椅子に腰掛けた。

 彼に対面しているのは、八十は超えていそうな、深いシワがいくつも刻まれた老人。真っ白な髭は、膝に乗るほど長い。ただ、その瞳だけは、見る者を萎縮させるような強い眼光を宿している。まるで竜だ。


「今回、君たちを呼んだのは他でもない。書信でも知らせた通り、ようやく魔王討伐への準備が整った」

「約一年前、国王様にその任をいただいた時から、私はこの日が来るのをどれだけ待ち望んでいた事か」


 ロードはいつもとは別人のようだ。


「決行日は四日後。日が登らぬ内に進軍を開始する。進路だが、他の国に発見されぬよう、国境沿いの森を通っていく。特に、あのケヌリオ王国付近は迅速に抜けたい」

「見つかれば、最悪戦争になりかねません」

「その通りだ」


 国王はこくりと頷く。


「予定では、二日で魔王の根城に到着する。調査部隊の見立てでは、死の谷の底。そこが魔王の根城となっているとの事だ」

「なるほど…… 誰も近寄らない、魔獣の住処となっている死の谷…… そこに潜んでいたなんて……」


 ロードは悔しげに目を細めた。

 魔王の根城は今まで誰も知らなかったのだ。それを見つけ出しただけでも大きな功績と言える。


「後は、私たちとポイニクスの竜騎士が攻め込めば万事解決というわけですね?」

「君たちの活躍には大いに期待している」

「ご期待通りの活躍をしてみせます」


 国王は満足そうに頷いた。

 ここで話がひと段落つき、彼は手を二度叩いた。すると、扉が開かれ、数人の給仕が速やかに入ってくる。彼らは素早くテーブルに金色の(さかずき)を並べ、ボトルから赤い液体を注いだ。


「我が国の勝利と、君たちの健闘を祈って、ささやかではあるが前祝いをしたい」


 国王がそう前置きする。


「数百年前に狩られた不死竜(ポイニクス)という名の竜の血が入った酒だ」

「では、これが国名の由来……」

「そうだ。飲んだ者は不死の力を得ると言われている。代々王家や騎士団長が飲んできた由緒正しき酒」

「それを私たちに…… なんという僥倖!」


 ロードは目を見張らせ、身を乗り出さん勢いだ。

 三人は杯を手にする。


「ポイニクス王国の未来に」


 国王の言葉の後に、三人は揃ってそれを口に含んだ。


「これは…… ! まさかこんな美酒をいただけるなんて…… ! 今まで飲んだどの酒のよりも…… ん?」


 ロードは言葉を中断し、顔をしかめる。


「どうかしたか?」

「い、いえ…… なんでも、ない…… です」


 そうは言うものの、明らかに様子がおかしい。顔色はみるみる青ざめ、額には大粒の脂汗が。呼吸は荒い。


「どうしたのロード? 顔色悪いよ?」


 横に座るリンシアは気遣わしげに耳打ちする。


「だ、大丈夫。なんでも…… ぐうっ!」


 どうしたというのか。

 ロードは急に腹を押さえ、額が膝につくほどの前屈みになった。


「な、なんだ!?」

「どうしたのロード!?」

「国王様…… ぬうっ! 申し訳ございません…… はあっ! 少しお手洗いに…… おおお!!」


 ロードは謎の奇声を発すると、その場から飛び上がる。そして、扉に向かって全力疾走。残された二人は唖然としている。

 彼がドアノブに手をかけようとしたその時。


「国王様!」

「ご無事ですか!」


 いくつもの怒号と共に、兵士たちが部屋に押しかけてくる。ロードはなす術なく、その流れに飲まれ揉みくちゃにされる。


「な、何事だ!?」

「どいてくれ! 早く道を開けてくれ!」


 ロードは死に物狂いで出口を目指す。だが、出口を目指しているのは彼だけではなさそうだ。


「たった今不審な書状が届き、"国王の命は既に潰えた"と! お身体に何か異常はありませぬか!?」

「なに? 一体誰がそんな事を……」


 国王は深く考え込む。


「なんでもいいから、早くそこをどけ! 邪魔だ! 早く通せ!」

「ですが、良かった。ご無事だったのですね」

「ああ。わしは何ともない」


 兵士と国王は冷静に話を進める。


「そんな話をしている場合じゃねえんだよ! どけ、どけって! 出ちまう! 全部出ちまう! どけよぉぉぉぉぉ!」


 その断末魔の如き叫びを最後に、ロードの声はぴたりと止んだ。


「ですが念のため、この部屋を離れましょう。敵がどこかに潜んでいるかもしれません。ロード様たちもご一緒に……」

「待て、なんだこの異臭は……」


 国王は眉をひそめ、部屋の臭いを嗅ぐ。

 遅れて、周りもそれに気づいたようだ。


「本当だ…… これはまさか!」

「毒ガスだ!」


 兵士の一人が叫ぶ。


「国王様を避難させるんだ! 急げ!」

「リンシア様も、早くこちらへ!」

「ま、待って! まだロードが!」


 室内は大混乱。国王に続き、リンシアがどうにか部屋から退避する。


「お前たち! 毒ガスの発生源を調べろ!」


 兵士の一人が命令を出し、他の兵士が中を確認する。


「な、これは…… !」


 兵士の驚嘆。

 そこにいたのは、四つん這いになり、気の抜けた顔をするロードだった。その目は何もない虚空を眺めている。彼のズボンはパンパンに膨れ上がっていた。


「それでね、周りの兵士さんたちが、『ロード様の臀部(でんぶ)に何かが仕込まれています!』て叫んで、急いでズボンを脱がしたの」

「ほう、それで?」

「兵士さんが勢いよく脱がすから、中身が部屋中に飛んじゃって、国王様の顔にね〜」

「それ以上はやめて、シエラ…… 思い出しちゃうから…… あたしらが魂じゃなかったら、やばかった……」


 アイラは先ほどの俺はみたいに口に手を当てる。おぞましい物が身体をすり抜けていったのだろう。


「それでこの騒ぎってわけか……」


 王宮全体を視界に収められる建物の屋根。そこに俺たちはいた。

 数分前から、王宮から人が出たり入ったりを繰り返している。皆慌てふためいている様子。それもそうだ。王国の顔に泥をーー いや糞を塗られてしまったのだから。


「ぷっ、くふふっ…… 実に痛快…… ! 王の面前で、何と下劣な…… ! 我もできればそれを観覧したかったぞ…… !」


 勝手に笑いが込み上げてきて、少し苦しい。


「高位の魂なんだから、そういう下品な話で笑うのはどうかと思うぞ? 一応身体は女の子なんだし」

「お前だって、本当は可笑しくて仕方ないくせに。お前の楽しいという感情が、我をこんなにも愉快にさせているのがわからぬか。それに、この極悪非道な方法を考案したのはお前だろう?」


 ぎくりと、俺は肩を揺らす。

 その通りだ。アイラたち、魂部隊を駆使して、杯に下剤を仕込むという案を考えたのは俺だ。実行に移すとは夢にも思わなかったが。


「お、通せん坊役も無事帰還したな」

「手紙、渡してきた」


 屋根に登って来たのはガータだ。

 彼が王宮に手紙を渡して来た人物の正体。さすがにやり過ぎなような気がするが。というか、よく逃げ出せたな。


「作戦は大成功。ほら、お前の心からの叫びを、あのクズに伝えてやれ。お前の采配が功を奏したのだ」

「心からの叫びって……」


 俺の左半身が勝手に動き出し、屋根の縁まで移動させられる。

 王宮がより近くに映る。あの中で、ロードは大変な恥をかいている最中なのだろう。


「ざ…… ざまあみろロード! これが俺の積年の恨みだ! せいぜいウンコマンとして有名になるんだな!!」


 俺の叫びは、すぐに喧騒の中へと紛れて行った。


「わあ〜、リック極悪人〜」

「いや、自分で言っておいてなんだけど、何か小ちゃいな俺……」


 だが、なぜか悪い気はしない。


「まあ、正直あたしもスカッとしたよ。いつも酷い目に遭ってばっかりのリックが、ついに成長したって感じ」

「ちょっとバカにしてない、それ?」

「褒めてるんだよ」

「そっか……」

 

 気恥ずかしいような、嬉しいような。俺はよくわからない気持ちになっていた。


「さて、俺たちも早い所ここを離れよう。誰かに見つかったら面倒だ。一応、食い逃げの犯人だし」


 ふいに、周囲が暗くなった。

 月が雲に隠れたのか。そう思って、俺は空を仰いだ。


「何だあれ……」


 それは雲などではなかった。


「竜だな」


 フィジーは怖気付いた様子もない。

 突如として王都の上空に出現した巨大な黒い影。それは確かに竜の形をしていた。

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