救援
後ろからも、何かが部屋に入り込んでくる気配。だが、最悪な事に、俺は今身動ぎすることすらままならない。
「こぉんばんぅわぁ……」
「ちょっと! 真後ろから気色悪い声が!」
こんな恐ろしい展開があるだろうか。すぐにでも逃げ出したい。
混乱していたのは俺だけではない。
「こいつら、一体何人いるんだ!?」
「あわわわ……」
「シエラ! しっかりしろ! 怖がってる場合じゃないぞ!」
アイラはシエラを正気に戻すのに必死なようだ。
その間にも、続々と部屋に入ってくる人間たち。中には見たことのある人もいる。だが、今のところローグたちの姿はない。
「ふっ、この状況。絶体絶命だな」
「なんでお前は余裕そうにしてるんだよ! うわっ!? 今なんか生暖かい息が首に!」
「おい、あまり表情筋を使うな。疲れる」
「いやだって、知らないおっさんの吐息だぞ!?」
「おっさんだろうが何だろうが息は息だろう」
絶対違う。
「まったく…… この数はお前たちだけでは勝てん。逃げるぞ。急いで我を運べ、金魂」
「その呼び方ほんとやめろっ!」
文句を言いながらもアイラは、俺の背中に片腕を回し持ち上げる。もう片方の腕には意気消沈したシエラがいた。
「くそ、どこから抜け出せば…… !」
窓も廊下も、外へ通じる道は全て封鎖されている。退路はゼロだ。
人間の皮を被った魂たちは、ジリジリと俺たちとの距離を詰める。アイラはさっきの一戦で疲弊してしまっている。このままではまずい。
「こら、シエラ! 早く目を覚ませ! そして、早くポンポンを!」
「おじさんの幽霊いっぱいぃ……」
シエラは目を回してしまっている。
「我が王のためにィィィ!」
気味の悪い胴間声を上げ、一人の魂が飛びかかってくる。
「くっ!」
アイラはシエラを床に下ろし、素早く剣を構える。が、それを見計らったように、周りの魂たちも突っ込んできた。
「やばい、周りの奴らも!」
俺は声をあげる事しかできない。
やばい。
そう思った時。
部屋のすぐ横。そこからけたたましい音がして、木製の壁に大きな穴が空いた。明かりのない外の景色が映る。
「こっち。早く」
少年の小さな声。
見てみると、破壊された壁に誰かが立っている。右手には、見たことのない長い得物。
「き、君は?」
「いいから、早く」
それだけ言うと、少年は外へジャンプした。呆気に取られる一同。
と、急な出来事に怯んでいた魂たちが、再び襲いかかってくる。
「アイラ! シエラを拾って、あっちに!」
「わかった!」
アイラは魂たちの壁を猛スピードで駆け抜ける。そして、外へと飛び出した。
二階から地面へ着地。だが、誰一人怪我人はいない。上を見ると、木の板でできた壁は、魂たちの生のない目でびっしりだ。今にも溢れそうな勢い。
「こっち」
さっきの少年だ。
アイラは一目散に、彼の後を追った。
それから数十分。
ようやく彼は足を止める。彼の後ろに立つのは小さな教会だ。
「はあはあ…… 疲れた…… あたし魂だけど……」
「お疲れ、アイラ」
労いの言葉をかけたのは俺だけだった。
「中に」
少年は先に中へと入っていってしまった。
「なあ、あいつ信用して大丈夫か? ここまで助けてはもらったけど」
「いざとなれば我が本気を出す。安心しろ」
「いやそれさっき出せよ! さっきも十分いざとなってただろ!」
アイラの嘆きに、フィジーは面倒臭そうに顔を背ける悪態っぷり。口元をピクピクさせるアイラだが、フィジーには手を出さない。たぶん、俺が中に入っているせいだ。ごめん。
大きなため息を吐いた後、彼女も中に向かった。
長椅子が所狭しと並んだ大部屋。他に人の姿はない。
少年は部屋の奥の、ちょっとした壇上に座っていた。彼は頭に猫耳のような突起のあるフードで全身を包んでいた。
「ここは安全」
「さっきはありがとう。それで…… 君は仲間って事でいいのか?」
俺が代表して尋ねる。
「そう」
一言。どうやら寡黙な少年らしい。
俺は彼の隣に視線を移した。壇上に置かれるさっきの異風な得物。先端が大きくカーブした杖のような物。その湾曲が始まる少し下に、杖とは垂直に短剣がついている。
「俺はリック」
「違う、フィジーだ」
「あー、はい。じゃあフィジーで」
「おい、なんだその適当な感じは。我は上位の魂のだぞ? もっと敬え」
今まで全く動けなかったくせに。
改めて少年の方を向くと、彼は真顔で俺を見つめていた。いや、睨んでいると言った方がいいか。
「えっと…… 君の名前は?」
「ガータ」
「なんか怪しい奴だな」
長椅子でシエラを介抱していたアイラが言う。
「どうして?」
「助けに来たタイミング完璧すぎだし。それにあいつ、あたしたちの事見えてるだろ」
アイラはガータに向かって鋭く言い放った。
確認すると、本当だ。彼は彼女の方を見ている。彼女が見えなければ、そこはただの虚空だ。
「君も魂が見えるのか?」
ガーターは答えない。代わりに、壇上から降りて俺に接近してきた。そして、俺の前で片膝を地面につけ、頭を下げる。
「僕が、あなたを守る」
「え?」
唐突すぎる。