頼れる仲間
「おらぁっ!」
アイラの身長ほどある大剣が、次々に触手を細切れにしていく。その刀身にまとった激しい光の乱舞は、触手を伝い、おっちゃん身体に届きその身を焦がさんとする。
彼女はみるみる内におっちゃんの目の前までたどり着く。
「王っ!!!」
おっちゃんの両側の壁がぶち破られ、侵入してくる追加の触手。最初から仕込んでいたのだろう。数は先ほど倍以上。左右からの挟撃だ。
さすがにこの量を捌き切るのは難しいか。
「シエラ、頼んだぞ!」
「了解了解〜 アイラちゃんの邪魔はさせないよ〜」
後方に控えていたシエラが、両手を前に出す。
「ポン、ポポ〜ン」
緊張感のカケラもない声だ。その声に合わせて、カラフルな光の玉が発射。触手の至る所に付着する。
そして、あちこちで発生し始める小爆発の連鎖。その度に目を刺す、赤、青、黄色。目に悪い。
「オウオウオウオウ!」
「ポンポンポンポンポンポンポン〜!」
伸びてくる側から、色濃い爆発にかき消される触手の群れ。黒色が見えなくなってもなお、シエラは爆撃を止めない。
「あのふわ魂、見かけによらず残虐な嗜好を持っているのだな。戦いを楽しんでる」
「いや、あれは何も考えてないだけだ……」
俺はすぐさま訂正する。
たしかに、黒い飛沫を浴びながら、それでも屈託のない笑みで攻撃を続けるシエラは少し怖い。側から見れば、戦闘狂のようだ。断っておくが、彼女は能天気なだけである。
「王!? オウオウオウオウオウ!?」
おっちゃんも動揺しきった様子。壁からの不意打ちが、唯一の隠し球であった事は明白だ。
「あたしたちに勝とうなんて、百年早いんだよ! もう一回人生やり直して来るんだな!」
アイラが剣を振り上げ飛びかかる。
「待って……」
「は?」
「待ってくれ! お願いだから、殺さないで!」
おっちゃんは急に身体をかがめたかと思うと、そのまま地面に額を擦り付けた。
「お願いだ! 俺に敵意はない! さっきまでは、どうしてか身体が言う事を聞かなかったんだ! それがたった今、急に元に戻って!」
おっちゃんは必死に訴える。震える身体からは、もう触手も出ていない。まさか元に戻ったのだろうか。
アイラの大剣は、切先を天井に向けたまま止まってしまう。
「許して…… 許して……」
「狼狽えるな。人間の魂の情報を読み取って、生前の人間に成りすましているだけだ。もう人間の意識などそこにはない」
フィジーが冷酷に告げる。
「そんな事までできるのか……」
少しでも期待してしまった。
人を殺して、その上その人を辱めるような真似をするなんて。許せない。
「じゃ、じゃあ……」
「ああ、一思いに斬り伏せてやれ。左胸に、奴の魂がある。そうすれば、奴はしばらく動けない」
「わかったよーー」
アイラが思い切った顔をして前を向こうとする手前。
「王…… !」
おっちゃんの全身から、再び生えてくるいくつもの触手。それらは真っ直ぐアイラを狙う。
「アイラちゃん!」
「なに!?」
急な反撃に、アイラの反応は遅れてしまう。助けに行こうにも、俺の身体はびくともしない。
このまま見ていることしかできないのか? 何か俺にできることは。この場から動かず、彼女を助ける方法は。
こんがらがる頭の中、一つだけ光る物を見つけた。それはわざわざ探す程の物でもない。いつも身近にあった物だ。
「そうか…… 感覚連結!!!」
俺の叫びに応じ、アイラの全身の色が濃さを増していく。
少しの抵抗もなく、黒々とした先端が彼女の身体を貫いた。しかし、彼女は倒れない。
「これは……」
「両手だけは残しておいた!」
「さすがリック…… ! やっぱ、あんたは頼りになるよ!」
俺の言いたい事を理解してくれたらしい。アイラはすぐさま剣に青白い電流を走らせた。
「オウ…… ?」
一方で触手は彼女の身体の中を出たり入ったり。何が起きたのかさっぱりな様子。まさか魂だった相手が、いきなり実体を持ったなどとは夢にも思わないだろう。
「喰らえぇぇ!」
「オウオウ!? オウオウオウ!!!」
大剣が、おっちゃんの脳天から股下へと抜ける。
「我が王……」
おっちゃんは白目を剥き、口をぽかりと開ける。そして、そのまま崩れ落ちていった。
身体が真っ二つに、という事は起こらない。ただ、その側には黒い球体が転がっていた。
「やったのか?」
「ああ、よくやった。素晴らしい活躍だったぞ。褒めて遣わす」
あくまで高慢な姿勢を貫くフィジー。
「やった〜」
「やった〜、じゃないだろシエラ! 素直に喜ぶな!」
「え〜、私は褒められて嬉しいよ〜?」
アイラに頬をつままれながら、シエラは満面の笑みを浮かべる。
「さあ、その魂を我の口の先まで持って来い。浄化する」
「はいはい」
アイラは黒い球を拾い上げ、こちらへ戻ってくる。
「浄化するしか方法はないんだよな…… ?」
「そうだ。食われた魂、消滅した魂は元には戻らん。このまま放置しても、王王うるさいのがまたうるさくなるだけだ」
フィジーの目前に、黒い球が差し出される。デイモスのものと似ているが、こっちの方が気持ち少し小さいような。
しかし、そこから彼女は何もしない。
「どうした、フィジー?」
「少しまずい事になった」
「え?」という俺の声に被さる、微かな壁を叩くような音。それも一つだけではない。全方位から、それは断続的に湧き起こっていた。
「なんだこの音……」
「囲まれたな」
フィジーがあっさりと恐ろしい事を言う。
と、後方に設置された窓から差し込む月明かり。そこへ怪しい影がかかる。一気に薄暗くなる室内。
「うわ……」
「リック、後ろ……」
顔を引きつかせるアイラと、顔面蒼白のシエラ。
「後ろを見たいのに……身体が……」
「そんなもの見なくとも想像つく。後ろにいるのはーー」
後ろの窓が騒々しい音を立てて割れる。続いて廊下側の窓も。
「魂を食われた人間たちだ」
前方の窓から、複数の人間がなだれ込んできた。
その内の一人と目が合う。
「こここ、こんばんはぁぁ……」
その恐ろしい声に、俺は総毛立った。