少女の正体
俺は少女の言葉に耳を疑った。
「現界が滅びる…… ?」
「ああ」
少女は真面目な口ぶりだ。
そこへ、アイラが質問を投げかける。
「滅びるってなんだよ。どういうことなんだ?」
「良い質問だ、金髪魂。いや、少し言いづらいな。金たーー」
「アイラだ!」
アイラの声には耳を貸さず、少女は続ける。
「一ヶ月後。太陽が昇らぬ、常闇の五日間が訪れる。そこへ、タルタロスからこの世界に軍勢が攻め込んでくる。人間に勝ち目はない。人間は滅びる」
「いや、簡潔すぎだろ! もっと詳しく。まだこっちは、あんたたちの事を知らなさすぎる」
アイラは警戒するように目を細める。まだ少女の事を信用し切っていないらしい。それは俺も同じだ。
ふん、と少女は不満そうに鼻を鳴らした。
「我をあれらと一緒にするな。だが、まあそうだな。面倒だが一から説明してやる。さて、どこから話すか……」
そこへ、「は〜い」とお気楽な感じで手を挙げるシエラ。
「なんだ、ふわふわ魂。いや、ふわ魂」
「名前はなんて言うの〜?」
「名前…… フィジーとでも呼べ」
ほんの少し変な間が空いたが、特に問いただすほどの事でもないだろう。
そして、シエラは自分の呼称については無頓着なようだ。一人だけやけに騒がしい。
「わ〜、可愛い名前〜。フィジーちゃんも幽霊なの?」
「フィジー"ちゃん"…… ?」
アイラの哀愁漂う声には触れないでおこう。
「正確には魂だ。我もお前たちも。今となっては、この人間もな」
俺はフィジーの顔に苦い表情を作る。まだ自分の死を受け止め切れていないのに。
と、そこで俺は一つの引っ掛かりを感じた。
「あれ? なら、どうしてフィジーの姿はロード達に見えたんだ? アイラたちと同じなら、普通は見えないし触れないはずだ」
「あ、たしかに〜。カニカニ〜」
「それは、この身体がゆりかごと言う、現界とタルタロスのどちらにも干渉できる特別製の身体だからだ」
「ゆりかご……」
そういえば、フィジーが何度かその単語を口にしていた。
「タルタロスとは死んだ者の魂が行き着く場所。我はアスィミという、汚れた魂の浄化という任を受けた上位の魂だ。だが、ある時、浄化を悪と捉えた一部の魂が反乱を起こした」
「反乱って。死後の世界なのに、まるで人間みたいな話だな」
「浄化されるまでは、皆生前の記憶や人間性を保持しているからな。まあ、それらの下等な魂だけなら、ここまで事は大きくならなかった。問題はそこに、他の上位の魂が加わった事だ」
フィジーの口調から伝わってくる緊張感。
「奴の名はオシリス。タルタロスの王とでも言うべき魂だ」
「ほぇ〜、王様なんだ〜」
「どうしてそいつは、反乱者側に付いたんだ?」
「知らん」
キッパリと答えられる。いや、そこは重要なところだろ。
「奴らの狙いは、アスィミの消滅、並びに現界をタルタロスへと変える事。その過程で、魂の器となる生物を全滅させようとしている」
「そいつらは、そんなに強いのか? 人間の中にも強い奴もいっぱいいるぞ?」
「そうだな。まあ、人間が魂に直接触れる事ができればの話だが」
どういうことだろう。
「奴らは魂だ。普通人間には触れない。対して、奴らは人間の魂に触れ、身体から抜き取ることができる。魂を抜かれた人間は死んだのと同義だ」
「なんだそりゃ……」
アイラが驚くのも無理はない。
こちらは何も手を出せないのに、向こうは逆に好き勝手にできるという事だ。見る事もできないはずだから、いつの間にか死んでいたという事態が起こってしまう。それでは、いかな強者でも太刀打ちできない。
「我は奴らの企てを頓挫させるために現界に来た」
「何か手立てがあるのか?」
「ああ」
自信のある言い方だ。
「だが、それも簡単にはいくまい。常闇の五日間まで奴らは表立って動けない。奴らにとっては陽の光は天敵だからだ。だが、それまでにも、細々と刺客を送ってくるはず」
そうフィジーが言った矢先の事だった。
宿の扉が、小さな軋みを上げた。見てみると、扉はゆっくりと開いていくではないか。
「早速来たか」
「アイラ、シエラ! こっちに!」
俺はすぐさま二人を近くに呼ぶ。
扉の隙間は徐々に大きくなっていく。そして、俺はその奥に一つの人影を認めた。それは俺のよく知った人であった。
「おっちゃん…… ?」
ここの宿を切り盛りしている、禿頭のおっちゃんだ。だが、何か様子がおかしい。
月の光に当たった彼の瞳は、異様な速さでぐるぐると動いていたのだ。
「我が王のために……」
気の抜けた声の後、おっちゃんの身体から黒い触手のようなものが伸びてきた。