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原風景の自動販売機

作者: きゅうび

この日常に飽き飽きしている人間はごまんといる。私も、日常に退屈している”普通の人間”だった。「現実ではなく虚構を追っている」というより、「至って当たり前の人間」ということの方がその時の私には合っている。



「虚構を見せます。1分間200円。」

ある日、そんな謳い文句を引き連れている"自動映像販売機"と出会った。どうやら、自分の願望や思い出を読み取って映像化し、私に見せてくれるらしい。


1分間で200円も取られてしまう。10分間も見たら映画1本分でもお釣りが出る。ただ、何を見るかを決めるあの時間は節約できるようだった。


繰り返すようだが、私は普通の人間だった。


もう何度も目を奪われたクラスのあの娘とデートができるかもしれない。血の滲むような思いをして重ねてきた努力が報われて、念願のあの大会に出場、いや優勝さえできるかもしれない。


その1分間なら、200円を払ってやってもいいと思えた。普通の自動販売機なら、これくらいのお金などすぐに消えていく。私はとっくにこの自動映像販売機に心惹かれていた。




不思議な気分だった。頭をすっぽり覆ったヘッドセットの内側には、どこか遠い田舎の風景が映し出されていた。スピーカーからは生き物の鳴き声が聞こえた。


画面が切り替わると、そこには少女がいた。14~15歳に見えた。少女は緑の上にいた。白色のワンピースを着ていた。晴天の下にいた。麦わら帽子で顔は見えなかった。まるで夏の隙間にいるような静けさだった。


ヘッドセットを被ろうとしたときに考えたものより、何倍もきれいなものだった。


何よりも不思議だったのが、それを確かに心の奥底で喜んでいたことだった。直前に思っていたものとは違った。だが、期待外れではなかった。気づけば、目に焼き付ける思いで、もう一度見ていた。




それから毎日、放課後に地方の画像を漁った。別に、あの自動映像販売機が悪いわけじゃない。いや、本当は悪いかもしれない。あれ以来、宙に浮いた気持ちでいてしまっていたのだ。


あれを見終わってから、普通に宿題をして、普通にご飯を食べていればよかったのに。私はなぜか普通にできなくなった。あの非日常に負けた私が悪いのかもしれないが、あの非日常も悪い。


週末、なんとか似た画像を見つけることができた。県内にあったので、自力で行くことにした。




そこに着くと懐かしい思いがした。あの2分間を思い出しただけかもしれない。


とりあえず、歩き回ることにした。私が見たものは虚構なのだ。会えないことはわかっている。しかし、少女に会うまでは帰る気になろうと思えなかった。せめて、絶対に会えないことを悟ってから帰るのだ。


昼下がりになった。あの時に見た緑はすっかり変わっていた。緑だったものは枯れていた。聞こえた声の主である生き物も見当たらなかった。もちろん、少女には出会えていない。いや、それでこそ虚構なのだが。


全く収穫のない中、地元でそこそこ有名らしいラーメンを思いっきりすすっていた。


「自動映像販売機って知ってる?」


隣の男二人組から、知っている話題が聞こえてきた。


「広告に入ってたヤツか。見たぞ、めちゃくちゃ怪しそうだった。」

「でも気にならない?ちょっと寄っていいかな?」


驚いた。あの非日常販売機は、ここにもあるらしい。そして、やはり普通の人間はそれに惹かれるらしい。せっかくなので後をついていくことにした。こういうラーメンは意外と高くつくので、懐が少し心細くなっていた。




かなり日も短くなっているので、着くころには太陽もやや傾いていた。空は褪せた水色だった。


「ここだな。」

「誰か使ってるぞ?」


男二人組の後ろの角から除くと、そこには少女がいた。少女は長袖ではあるものの白色のワンピースを着ていた。麦わら帽子は持っていなかった。


少女がヘッドセットを外すと、こちら側に向かってきた。男二人組とは会釈してすれ違っていた。そして彼らは自動映像販売機をじっと見つめ、やがてヘッドセットを被った。


少女は角をこちら側に向いた。


目が合った。


お互いに、動きが止まった。


動く気になれなかった。


だって、目の前にいるんだから。





唐突に、硬直は終わった。少女は口を開いた。


「久しぶりですね。」


少女にとっては、私とは久しぶりに会うらしい。


「初めましてですよ。」

「もうすっかり冬になっちゃいましたね、へへ。」

「だから会うのは初めてですよ。」

「あの時の向日葵、覚えてますか?もう枯れちゃったんですけど。」

「そんなことは記憶にない。一緒に水をあげた覚えもない。」

「覚えてるじゃないですか、はは。また来てくれますか?」

「もうやめてくれ。」


普通の人間なら、あれは虚構だと割り切って楽しむものだ。まさか本当にあるなどと思ってはいけない。いくら虚構を求めていようとも。


「あの時の私を覚えてますか?虫が出てきて思いっきり叫んじゃって。」

「だから、会ってなんかいない。僕たちはまだ、現実を見ていないんだよ。」

「そうなんですね。」

「そうだよ。」


私は少女に背を向けた。そして歩き始めた。


「本当だったらどうしますか?」


振り返ると、少女は去っていた。

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