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Dreamers:the fifteenth stage  作者: くろーばあஐ
1/1

だいじなひと

最後にボツになった文を載せておきます。需要はないので見なくても結構です。暇な人は見てやってください

 しゃくりあげる女の子に、使用人さんが持ってきてくれた水を飲ませた。

 落ち着いたのか涙が枯れてしまったのか、もう彼女の頬を伝うものはなかった。

「...大丈夫?」

 私は彼女が泣き止むまで、隣に座って背中をさすっていた。

 ようやく話せる状態になったことを確認し、小さい背を触るのを止める。

「っ...うん...だいじょぶ......」

 鼻を啜ってさっきまでよりもっと小声でそう答える。

 時間にしたらたった数分だけど、とても長い時間泣いていたように感じた。

 それほど、女の子を襲った悲劇は残酷なものだったということだろうか。


「......死んじゃったんだ。ぼくのともだちが。とってもとっても...何より大事なひとだった」

 俯いて独り言のように呟く言葉が、彼女の悲劇についてだと一瞬気づかなかった。

 女の子は続ける。

「ぼくが...ぼくのせいで、むらのひとが怒っちゃって...それで...」

 その時のことを思い出しているのか、両手が小刻みに震えてしまっている。


 本当はエルを呼んで『種』を取り出してもらうべきなんだろう。

 でも、私は女の子の頭を撫でてそれを制止した。

「そっか......今は話さなくてもいいよ。怖かったよね。辛かったよね」

 私を見る潤んだ目に、そっと笑いかけた。

「友達を失った傷は大きいけれど...その傷を埋めることはきっとできる。どれだけ時間がかかっても、辛くならないようになるまでそばにいる。...君の友達になりたいな。できる限り、少しでも君の助けになりたい。...ねえ、君の名前を教えて?」


「......る...ルナ。ルミナス=ホワイティア...」

 下を向いて恥ずかしそうに答える女の子。

 彼女の手の震えは既に止まっていた。


    ◇◆◇


 一区切りついたところで、私とルナと名乗った女の子は、みんなが待つ愛華の部屋に行った。

 光の部屋を出てから、ルナはずっと私の背中にぴったり張り付いていた。かなり歩きにくいし服も伸びそうだけど、ちゃんとついてきてねと念を押して言ったのは私だから文句は言えない。

 ルナは周りのものに対してすごく興味津々で、廊下を通ってる間はずっときょろきょろしていた。

「あれ何?キラキラしてる!」

「窓だよ。外の景色が見えるようになってるの」

「あれは?あれも窓!?」

「あれはシャンデリアって言って、装飾品みたいなものかな。電気の役もしてるんだよ」

「そうしょくひんって何?でんきって何?」

 絶え間なく溢れる質問に、私も困り始めていた。

 なんせ語彙力というものが著しく欠けている。当たり前のようにあるものを説明するのは、想像以上に難しいのだ。

 こういう時、エルや光のような天才はわかるように説明できるのだろうか。


 でも正直、こうやって色々聞かれるのは結構満更でもない。

 私の周りは頭のいい人ばかりだったから、こうして誰かに聞くことはあっても、聞かれることはなかなかないのだ。だから頼られてちょっと嬉しい。

 ...だからといって服を引っ張られるのを肯定してるわけではない。


「ほら、着いたよ」

 愛華の部屋の前で、ルナに伝える。

 後ろのルナを見ると、先ほどまで元気そうにはしゃいでたのに、そのテンションがすっかり萎んでしまっていた。

 私を初めて見た時と同じ不安そうな顔をして、先より私に密着している。

「大丈夫だよ、みんないい人だから」

 緊張を解すように柔らかい頭を撫でる。

「......優羽香...離れないで...怖い...」

 服を掴む手により強い力が加わるのがわかる。緊張...それ以上の恐怖を声音から感じた。

「うん。大丈夫。みんなは絶対ひどいことしないよ」

「ほんと...?」

「もちろん。私の友達だもん」

 少し安心したのか、強張っていた顔がわずかに緩んだ。

 なんかこの気持ちもわかる気がする。ほんの数ヶ月前、光と初めて会った時に、私は恐怖と似た気持ちを感じていたような...。

 そっか。まだ数ヶ月しか経ってないのか。もう何年も前から友達だったように錯覚してしまう。

 きっと私と同じように、ルナもそのうちすぐ溶け込めるようになる。

「いい?開けるよ」

 ルナは唇をきつく締めながらもしっかり頷いた。

 それを合図にドアを軽くノックする。


「優羽香!だ、大丈夫だったっ?」

 私が入ってすぐ、光が慌てた様子で飛んできた。

「ん?なんともないよ。何を心配してたの?」

 私の無事を確認すると、はあと大きく息をついて胸を撫で下ろした。

「よかった...もしあの子供が優羽香を襲ってたりしたらどうしようかと...」

「大丈夫だよ。って、子供に殺されるとでも思ってたの?」

「うん。だって優羽香お世辞にも運動できるとは言えないし」

 うんまあそうだけど。こう...もうちょっと言うのを躊躇してほしかった。


 光が視線を移すと、私の後ろに隠れて部屋の様子を伺っていたルナと目があった。

「あ、さっき倒れてた子?」

 光がそう尋ねると、ルナはビクッと肩を揺らしてすぐ私の後ろに回ってしまう。

「そうだよ。...ほら、挨拶して?」

「......」

 さっきまでより強く私の服の裾を掴み、私の後ろから動こうとしない。相当な人見知り...ってレベルじゃないかも。

 どうやったら安心させれるかと考えていると、光がルナの目の高さまで屈んだ。

「初めまして。私、鈴鳴光。よろしくね」

 さすが光。やっぱり私のコミュ力とは段違いだ。そのおかげか、ルナは私の後ろから目を覗かせている。

「私も優羽香の友達なんだ。よかったら仲良くしてほしいな」

 満面の笑み。柔らかい物腰。これは子供を惹きつけるだろうな。いや、子供どころか男の人たちはこれで一撃かもしれない。

 そんな完璧スマイルにようやく心を開いてきたルナは、私の背から顔を出した。

「...ぼく、ルナ...」

 恥ずかしそうに下を見ながらだったが、名前を教えてくれたことに、光は目を輝かせた。

「うんっ!よろしくねルナちゃん!」

 光は嬉しくなってルナの右手を両手掴んで千切れんばかりに大きく振った。ルナも一瞬驚いてはいたが、ちょっと楽しそうだった。


 部屋のふかふかなソファに、ルナと二人で座る。

 彼女は、最初こそオドオドして落ち着きがなかったが、慣れてきたのかソファから浮いた足をぱたぱた動かしていた。

「ふむ...四番目...か」

 エルは私の対面に座り、吟味するようにルナをじっくり眺めるとそう呟いた。

「何が?」

「いや、こっちの話さ。...まだ名前を言ってなかったな。私はエルだ」

 私の質問もさらっと受け流し、いつもと変わらぬ声音で軽く挨拶をする。

「えっと、ぼくルナ」

「ああ、知ってる。よろしく、ルミナス=ホワイティア」

 本名を言い当てられたことに驚き、信じられないと言わんばかりにルナは目を丸くした。

「ええ!?なんで知ってるの?ぼく言ったっけ?」

 言わなくてもわかるという特性に興味を惹かれ、ルナは身を乗り出して尋ねた。

 どうやら、最近エルは人を驚かすことにハマっているらしい。こっちは素直に信じちゃうからできる限りやめてほしいが。

 自分の手に頬杖をつき、反応を楽しみながら説明するエルと、それを頷きながら聞くルナ。どこか波長があってしまったようだ。いや、悪いことじゃないんだけど。

「な〜んか仲良しになってんじゃーん。よかったねぇ、エル」

 私の座るソファの後ろから、ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべてエルを光が揶揄う。

 その肩には桃毛の猫が乗っている。

「別に。思ったより食いつきがよくて面白かっただけだ」

「そお〜?強がんなくていいんだよ〜」

 これまでにないくらい楽しそうな光に、次第にエルの眉間に皺が寄っていった。

「仲良しは、いいこと。なんで、ムキに、なるの」

 夜空色の瞳をした猫が喋った。見たことあるように感じたから、もしかしたらと思っていたけど...。

「...愛華、なんで猫になってんの?」

 髭をヒクヒク動かしている猫を指差して尋ねた。不思議なことに、驚きより困惑が勝っている。

「気分」

 なんとも微妙な顔をする私の横で、ルナは「猫が喋ってる!」と声をあげた。


「そういえば、お前は何故普通に歩けてるんだ?」

 エルの紅い目を見て初めて気がついた。

 さっき、ここに運んで来るまでは、足が折れていたはずなのだ。

 それが今は何事もなかったかのように、自分の足で歩けている。

 ここに来るまでも、足を引きずっているような感じはしなかったし、痛そうな顔もしていなかった。

 それまでならまだ演技とか痛みを感じないとかで済む話だが...。

「...ちょっとごめんね」

 私はソファの前にしゃがみ、足の包帯を慎重に巻き取った。

「...っ!」

 エルとルナを除く全員が息を飲んだ。

 腫れて真っ赤だった右足は白くて細い『正常な状態』だった。

「な...なんで...?私の回復魔術は大して効かなかったのに...」

 あれほど痛々しい色をしていた怪我がほんの数分で治ると思えない。光もそう思ったのか、驚きが隠せなかった。


 一方、ルナは無言で俯いていた。

 髪に隠れて表情が見えなかったが、膝に置かれた手が握り締められ、また震え始めていた。

「エル、これはどういうこと?何かわかる?」

 ルナには聞けないと判断し、傷だらけの足を凝視しているエルに尋ねる。

「...おそらく、自然治癒能力の差だな」

「自然、治癒...」

 ソファの足元に座り、前足でルナの足をぺたぺた触っている愛華が繰り返す。

「そいつ、角があるだろ。それは龍族の証だ。龍族は人間より遥かに自然治癒力が高いという特徴がある。大きい傷から優先的に治癒するから、切り傷や火傷が治っていないのに骨折は元通りってわけだ」

 治癒力に個人差はあるが、と付け加えて背もたれに寄り掛かった。

 なんとなくルナの頭をちらっと見ると、少し汚れてくすんだ角が、確かにそこにあった。

 光もそれをまじまじと見て「ほんとにすごいね...これ」と呟いた。

 ふと、ルナがずっと前を見ていることに気付き、その顔を覗き込む。


 すると、何故かその目は見開かれ、どこか戸惑っているように見えた。


「ルナ...?」

「さて、そろそろ私たちはお暇するとしよう。あまり長居するのも迷惑だろ」

 私がそのことについて聞く前に、エルは立ち上がって左を見た。

 その視線を追うと、西側の窓から赤い陽光が入ってきていた。帰る時間の合図だ。

「そ...そうだね。今日はもう帰ろうか」

 座り心地の良いソファを少し惜しく感じながらも帰る支度を始めた。

「あ、家まで送るよ。もう暗くなるし...」

「ううん、大丈夫。光も疲れたろうからゆっくり休んでて。ありがとう」

 光の提案をやんわり断って、光の部屋に置いてきた鞄を取りにいこうと扉を開けた。

「うん?どうしたの?」

 部屋から出る前、ルナが私のスカートを掴んだ。

 何故かもう片方の腕の中には愛華が抱えられて縦に伸びていた。

「ぼくはどうすればいい?」

 そういえば、と思い出す。この子を家に帰すとか何も考えてなかった。

「う〜ん...ルナ、お家に帰りたい?」

 そっと屈んで聞いてみる。やっぱり本人の意見が最も大事だろう。

「...家...置いてきちゃった...」

「場所は?」

「...わかんない」

 光やエルと顔を見合わせる。家がわからないのであれば、帰すことはできない。

「誰かの、家に、いれば。あと、身長、伸びそう」

 愛華がルナの腕の中で提案した。少し辛そうなことを呟いたので、ルナの腕を掴んでお尻の辺りを持たせた。

「誰かのか...う〜ん......光、ちょっと申し訳ないんだけど」

「優羽香のとこ行きたい!」

 光に頼もうとした矢先、遮るようにルナが言った。

「あー...ご指名だよ、優羽香」

「え...えっと...」

 困り顔をあらわに腕組みする光。私も眉を顰めてルナのキラキラした目を見た。

 それだけ好かれてるなら、別に嫌ではないのだ。身寄りのない子を突き放すほど冷徹ではないし。

 ただ、問題はお母さんになんて言うか。


 そもそもエルがいることもお母さんには言ってない。双子でもないのに同じ顔があると混乱してしまうからだ。

 だから、たまにお母さんが帰ってくると、エルは私の部屋に創った『世界の狭間』から別世界に行っていた。

 まあ、エルが別世界に行くのはその時だけじゃないんだけど。

 最近はご飯の時間にはいつもいない。私の家のことを気遣ってだろうが、いないといないでちょっと寂しい。

 エルはまだそんな『世界の狭間』があるから、存在を隠すことはできる。だが、ルナはそうもいかない。

 エルのようにご飯を食べないで生きることはできないだろうし、お母さんが家にいたら一度は顔を合わせることになる。


「いいんじゃないのか?迷惑になることないだろ」

「ちょっ...!?」

 エルに勝手に決められ、壁に寄りかかっている彼女を睨んだ。エルはこちらではなく、腕を組んで大きな窓の外を見ていた。

「ほんと!?やった〜!!」

 ルナは喜びを表すように、ぴょんぴょん跳ねて私に抱きついた。

 こんなに喜ばれてしまっては断りにくい。

「...はぁ...いいよ、ルナ。うちにおいで」

 お母さんへの言い訳は未来の自分に任せ、ルナを迎え入れることにした。

 抱きしめ返す前に、私とルナの間で窒息死しそうな愛華を出してやった。


    ◇◆◇


「ここが優羽香の家?すごーい!」

「あ、ちゃんと靴脱いで!」

 はしゃぎながらバタバタと家にあがるルナを引き留め、靴箱に靴をしまった。

 正直何がすごいのか聞きたいのだが、初めての場所にテンションが上がるのも仕方がないだろう。

「ねえ、別世界にルナを連れて行けたりしないの?」

 一方、私はまだルナを隠すことを諦めていない。エルと交渉すればもしかしたら...

「だから何度も言っているだろうが。別世界は精神体しか存在できないから、ルナの精神だけ引き抜けても身体はそのままだ。それに、身体と精神が離れすぎると異常が起きる。勧めることはできない」

 やっぱり何度言ってもNOの一点張りだった。言ってることも正論だから言い返すこともできない。

「うぅ...」

「諦めろ。ちゃんと説明すりゃあ認めてくれるだろうさ」

「そう...かなあ...ちなみに、その異常ってのはどんなの?」

 自分の部屋には行かず、リビングに鞄を置いた。

 エルがソファに座るとそれに倣ってルナも隣に座った。光のとは違った感覚に驚いていたが、数秒もすれば座席の上を跳ねて弾力を楽しんでいた。

 スプリングが軋む音をBGMに、エルは答える。

「精神の方は通常通り自由に動けるが、身体の感覚がなくなり、最低限生活に必要な動きしかできない。呼吸、酸素運搬...まあ難しいことはいいか。そんな感じで身体は普通に生きられる。眠ってるのとほぼ同じだ」

「それのどこが異常なの?」

 夕飯の準備のため、軽く後ろで髪を一本に結び、テレビをつけた。

 よく知らないアイドルが、よく知らないところで歌って踊って笑っていた。

「眠ってるのと同じと言ったろ。栄養を得ることができないじゃないか。だからやがて衰弱する。ものすごく簡単にまとめると、身体と精神が離れ続けると死ぬ」

 体が固まる。テレビを見ながら淡々と言われたことは、ちょっと恐ろしくて聞き捨てならなかった。

「死ぬ...って...」

「衰弱死。栄養失調とも言える。ともかく、私の世界に長居は危険だ」

 今まで何故エルが止めてきたかがわかって、納得したけどゾッとした。改めて彼女が人間でないことを実感した。

 だんだんちゃんと話すこと以外の逃げ道がなくなっている気がする。いや、実際そうなんだろう。

「わかったら諦めて話せ。何故そんなに渋るんだ」

 横目で私を見て、現実を押し付ける。ソファの背から乗り出して「なんの話?」と尋ねるルナの、小さな頭に手を乗せた。

「...私、怖がりだから...もしルナが受け入れられなかったらって思っちゃうの。事情を話せば、お母さんが突き放すことはないとわかってるけど...なんていうか......」

「不安になる、か」

 何言ってるかわからないと首を傾げるルナをそっと撫でて、台所へ向かった。

 私とエルは、離れたところで同時にため息をついた。


 その夜。私は携帯の電話帳を開いた。

 「お母さん」と書かれた電話帳のメモからお母さんの携帯へ電話を繋げる。

 今日は終わりが少し早くなるかもと言っていたので、この時間なら出れると思うが...

 何度か呼び出しのメロディが鳴ったあと、聴き慣れた声が聞こえた。

「ゆう?どうしたの?」

「も、もしもしお母さん?あ、あの...実はね...」

 私はできるだけ細かく事情を説明した。

 電話越しに話すのは珍しく、肉親のはずなのに緊張してしまう。

「そう...。事情はわかったよ」

「えっと...やっぱりダメ...かな...」

 素性の知らない子を受け入れるなんて難しいだろう。

 許されないことも覚悟していた。その時どうするかはまだ考えていないが。

「そうね...本当に行くアテがないなら許しましょう」

「ほっほんと!?」

 緊張が解けた弾みと意外な答えに、勢い余って喉が裏返った。

「ただし、()()()()()()()()()()()()、よ。子供の我儘で家出しただけなら預からない。ご両親が心配してるかもしれないしね」

 お母さんは語気を強めて、念押しするように言った。私は嬉しくて、見えていないのにこくこく頷いていた。


 こうして、私に新しい家族ができた。

 近いうちに彼女から話を聞ければ良いが、そんな急ぐこともないだろう。

 私のベッドですやすや眠る可愛らしい女の子に微笑み、来客用の布団を床に敷いて意識を飛ばした。

 


      -----------ここからボツ案 読んでも読まなくても結構です-----------

 結局、私はお母さんに何もいえず仕舞いだった。お母さんの目につかないよう、ルナを私のベッドで寝かした。その代わりに、私は来客用の布団を物置から引っ張り出して、自室の床に敷いて寝っ転がった。

 私は...どこかお母さんを信じていないような気がする。

 お母さんに心配をかけさせまいという思いがいつの間にか空回りして、いつの間にか隠し事が当然になってしまった。

 普通の...お父さんがいなくなった直後の私が、そのままお母さんの中にいる。

 お母さんの中の私は大きく変わったところはない。


 でも、実際の私とお母さんの私ではでは違いが大きすぎる。


 いじめられてるだけではなく、おかしな種があって不死身や魔導師の友達がいて......

 現実的とは言えない世界にいる私。それを知らないお母さん。引っ越して来てから、二人の間の溝は深くなり続けている。

 お母さんに本当のことを話しても大丈夫だと思っている。

 反面、話せば二人の仲に亀裂が生じるのではと言う自分もいる。

「......まだ悩んでるのか」

 ルナが寝る横で、いつの間にかベッドの隅に座っていたエルが、私を静かに見下ろしていた。

「べ、別世界に行ってたんじゃないの...?」

「...そういう気分だっただけだ」

 二人ともルナを気遣って、声のボリュームを落として話した。光源が月明かりしかない部屋で、二つの紅い眼光が輝いていた。

「で、何故悩む?さっと話せばすぐ終わる」

「そんな簡単にはいかないんだよ。...だってもし、お母さんがルナを気味悪がったら?」

「時間が経てば慣れる」

「受け入れられかったら?」

「そこまで厳格じゃないだろ」

「政府や警察に突き出してしまったら?」

「傷だらけのやつを金のために利用するクズなのか?」

 エルは一口で全ての悩みを片付けた。何を聞いても、何を嘆いても、一問一答で返した。

 それでも私の悩みは尽きなかった。一度吐き出した悩みは、湧水のように溢れてこぼれていった。

「嫌いって言われたら?」

「お前には関係ないと返せ」

「他所へやれと言われたら?」

「自分が守りたいと言え」

「私の知らないところで憂さ晴らしにでも使われていたら?」

「そうならないために匿っているんだろう」

 ...不安が潰えた。私がため込んだ懸念を、たった一言で吹き飛ばした。

 安心したと同時に、ギュッと心を掴むものがあった。

 それはとても言葉に言い表しにくくて、黒くて汚いような...


「なんで...そんな簡単に...解決しちゃうの...?」

 いつだってそう。私も光も愛華も、エルに頼ってしまっている。でもそうするとどうしてか、自分の中で渦巻くものがある。

 尊敬している。すごいと思ってる。憧れている。

 それと同時に、妬んでいる。

 紅くて綺麗な彼女の目を見ないように、淀んだ汚い私を見せないように、服の裾を掴みながら奥歯を噛み締めた。

 エルはそんな私を冷たく見下ろし、また一答した。

「簡単に解決できてしまうような悩みしか持ってないから」


「...私のこと...っ...何もわかんないくせにっ!!」


 つい立ち上がって声を荒げてしまった。ルナは唸って寝返りをうったが、起きてはいないようだった。

「...うるさい。近所に迷惑がかかるだろ」

 エルにも諭され、敷布団に座り直す。

 私は馬鹿で、エルは天才で。私は人間の成り損ないで、エルは神様みたいな人で。

 一緒じゃない。何もかも違う。

 だから彼女は知らない。人から虐げられることの辛さも、外傷や心傷の痛みも。

 簡単になんでも解決していたから、みんなから称賛されていたんだ。だからこんな気持ちなんてわからない。

 無意識だった。心の奥底でずっと思ってた。気がつけば、彼女への嫉妬心は何倍にも膨れ上がっていた。

 羨ましい。ただそれだけで当たってしまった。後悔の念が鼻の頭を焼いた。

 エルの顔が見れない。どんな表情で私を見てるかわからない。怖い。嫌われてしまったかもしれない。

 ああ、もういっそ消えてしまえたなら。


「...じっとしてろ」

 長い沈黙の後、エルはそう言って私の額に手をかざした。

 何をされるか検討もつかず、ただ言われるがまま動かなかった。


 ...何人かの人間が見えた。老若男女、違わずこちらを見ていた。

 部屋は石造りで何もなかった。窓のない部屋の光源は、蝋燭の明かり数本だけだった。

 人間たちは自分に向かって、何かを叫んでいる。何かを持っているが、暗すぎてわからなかった。

 やがて一人の屈強な男が前に出る。その手に握られていたのは、一振りの剣。

 他の人間は部屋の外...鉄格子越しに何か言った。

 自分は逃げられず振りかざされた剣を見上げ、そして───────


 ハッと意識を取り戻す。

 視界に映る部屋は自分の部屋で、いるのは寝ているルナと、私の額から手を離したエルだけだった。

「い...今の...何?」

 さっきの影響か、肩が動くほど大きく呼吸をしていた。心臓もそれに呼応するように音を鳴らしていた。

「...単なる『いたずら』だ。体に害はない」

 エルがぽいとこちらに投げ渡して来たのは、私のハンカチだった。

 いつの間にか、汗だくになっていたようだ。お風呂に入ったばかりなのに、と漏らしそうだった不満を押し込めた。

「今のは私の記憶の一部。昔、善意に騙されて殺されかけた時のものだ。こういうシチュエーションに慣れていないお前じゃ、少し刺激が強かったかもな」

 揶揄うように言って、片足をベッドの上に持ち上げて抱えた。

「もうずーーーーっと前の話さ。私は日本じゃないところにいて、自分という存在を誰かに問い続けていた。だけど誰も知らないし、逆に私が注目されることになった。腹は減らない、眠らない、病にかからないし死なない。そういった生き物は、図らずとも有名になっちまうもんなんだ」

 思い出話をするように目を瞑り、懐かしいなと呟いた。

「ある者は、私を可哀想だと言って、家に滞在させてくれたんだ。だがそいつは、私を鬱憤を吐き出すための道具として地下に監禁し、仲間を呼んでは剣で斬りつけたり火で焼いたりしたんだ」

 エルは穏やかな顔で抱えた膝に手を乗せて、窓から覗く青白い月を瞳に浮かばせた。

「そんでそいつは多くの人々の前で言った。「この化物を殺したやつに報酬をやろう」とな。あいつはサーカスの団長だった。私が死なないやつだとわかったら、商売道具にしだしたんだ」

 哀愁を感じるその姿に目が離せず、黙って物語の行く末に聞き入った。

「その時にされたことは...まあ、こういったことに耐性がないお前には、話さない方がいいだろう。とにかく酷い目にあったもんさ。なんだかんだあって私はサーカスから抜け出した。死ななくていいことなんて何一つない、という教訓を持ってな」

 ずっと柔らかい声音だったのに、話の内容は恐ろしくて残酷なものだった。

 ...彼女も、人間の悪意に晒され、踏み潰されてしまっていたのだ。

「私もお前ほどじゃないが、色々大変な目にあってるんだ。...不幸自慢をするつもりじゃなかったのだが、結果的にそうなってしまってるな」


------------ここまで書いて違うなって思ってやめました。ありがとうございました。------------


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