第4話 別れ
俺は真っ白な空間で二人に何と話そうか考えながら、一人待っていた。
そう、俺は転生を選択した。
今の自分が消えるなら、輪廻の輪に加わることも魂の消滅も特に変わりはない。それなら、このまま新しい世界で生きてみた方がいい。
そして、何より転生なら二人にもう一度逢える。
俺は二人にどうしても伝えないといけないことがある。二人に逢えるだけで、転生を選択するには十分だった。
しばらくすると白い空間の少し離れたところに二つの人影が見える。
二つの人影は、こちらに気がつくと走ってこちらにくる。
父さんと母さんだ。
二人は俺の側にくるなり、泣きじゃくりながら俺を抱きしめてきた。
「想っ、想っ」と何度も俺の名前を呼ぶ母さん。
「何でっ」と、怒りを感じているかの様に体をふるわせて涙を流す父さん。
二人ともまだ四十を過ぎたばかりなのにずいぶん老けたように見える。
二人に抱きしめられたとき、これまで二人に話そうと考えていたことが、一気に吹き飛び、二人を悲しませたことや、これまでの思い出が混ざりあい、俺も一緒に泣きじゃくった。
三人で抱き合い、泣きじゃくって、どれだけの時間がたったか分からないが、ようやく涙のとまった俺は腕に力をこめ、二人から体をそっと離し、二人に対して向きなおる。
母さんはまだ泣いており、父さんは腕で顔をこすり、涙をこらえ俺をみる。
「ごめん。二人に何の孝行もできないどころか、先に死んでしまうなんて。」と俺は言葉をしぼり出した。
それを聞いた二人はまた泣きじゃくった。
俺は涙をこらえ、続ける。
「俺は二人に育ててもらって、本当に幸せだった。直接言ったことはなかったけど、これから二人に沢山恩返しがしたかった。」
そこまで話し俺は再び涙で話せなくなった。
父さんと母さんも同じだった。
三人ともの涙が枯れはてたころ、俺は覚悟を決めて、聞いておかなければならないことを二人に尋ねる。
「惟ねえはどうなったの? 」
その質問に母さんは答えることができず、父さんが顔をこわばらせて、ためらいながら答えてくれた。
「お前と同じだった。」と。
俺が別れをつげる相手に父さんと母さんしか選べなかったときから予想はしていた。
それでもはっきり聞かせられると、また後悔が激しく襲ってくる。
俺は二人に恩を返せないどころか、二人の一番の宝である惟ねえすら守れなかった。
俺が起きていたとしても何もできなかっただろうが、それでも自分が許せない。
俺の考えていることが伝わったのか、母さんが泣きながら口をひらく。
「あ、あの子もさっき、……逢いにきてくれたの。」
可能性があるとは考えてはいたが、どうやら惟ねえも選択肢を与えられ、転生を選択したらしい。どれだけの死者が出たのか分からないが、ひょっとしたらあの事故で、亡くなった人、全てに選択肢が与えられたのかもしれない。
「……惟ねえは何て? 」
「お前と同じだよ。俺たちに謝罪と感謝を伝えにきてくれた。……お前たちは何も悪くないし、お前たちに感謝するのは俺たちなのにな。本当にできた子達だ。」そう言って、父さんは泣きながら無理矢理笑顔をつくって向けてくれた。
それを聞いていた母さんも涙をこらえ、
「次の世界に、多分あなたも来るから大丈夫だって言ってたわ。」
父さんも母さんも俺の後悔を減らそうとしてくれているのが伝わってくる。
惟ねえも二人をこれ以上悲しませないようにしようとしたのだろう。
本当に俺にはできすぎな家族だ。
「うん、俺も新しい世界ってのに行くんだ。だから惟ねえのことは心配しないで。」
二人はまた涙する。俺は涙をこらえ、二人にもう一度感謝を伝え、抱きしめる。
そうしていると、二人の体が光につつまれ始めた。
「時間みたいだね。俺は惟ねえと新しい世界を楽しむから、二人も長生きしてくれ。本当にありがとう。」
俺は二人に泣きながら笑顔を向ける。
二人は深呼吸して、無理矢理涙をとめ、
「私達も本当に幸せだった。ありがとう。」
「お前たちは自慢の子だ。ありがとう。」
二人は涙でボロボロの顔で微笑んでくれ、光につつまれていった。