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迷宮の分析者  作者: 店長
18/19

第17話 奴隷制度

 獣人の少女を背負って迷宮を進む。


 一層には、既に他の探索者が来ていた。他の探索者達は、すれちがうたびに、少女を背負い、早朝の迷宮を出ようとする俺を怪訝な顔で見る。


 人、一人背負って進むのはさすがに疲れるが、まだ目を覚まさない彼女の傷と疲労を考えると、ゆっくりもしていられない。迷宮を出て、村へと向かう。


 村に着いて神殿を目指していると、「ソウ! 」と声をかけられた。


 呼ばれた方を見ると、屋台をひいたホーマーさんがいた。普段、俺が迷宮から戻るときはタイミングがあわないのか、あれからホーマーさんと会うことはなかった。


 ホーマーさんは俺の状況を見るなり、

「いったいどうしたんだ? 」と聞いてきた。


 ホーマーさんに事情を説明すると、「俺もいこう。」と、一緒に神殿までついてきてくれた。


 神殿は、ギルドの側で大通り沿いにあった。何度も前を通ったので場所は知っていたが、入ったのは初めてだ。


 神殿の中は、転生後、最初にいた神殿を小さくしたようなつくりだった。入ると、神官のような服装をした男性がいたので、傷の治療を頼みたいとお願いした。


 神官は、俺と背負われている少女を一瞥し、

「失礼ですが、傷の治療にはお布施を頂いております。支払いはどちらが? 」

 とどこか冷たい目で聞いてきた。


「いくらかかりますか? 」


「裂傷の場合、銀貨三枚からとなっております。……その傷くらいなら銀貨三枚ですね。」

 高い、今俺の手持ちは銀貨一枚と銅貨六十枚ちょっと。持っている魔石を全部売っても少し足りない。

 俺に払う義務はないし、払ったところで少女から返ってくるかも分からない。それでもここまできて、見捨てるという選択肢はないだろう。


「ホーマーさん、俺が今用意できるお金では、銅貨二十枚程足りません。申し訳ないのですが、貸してもらえませんか? 」

 俺は、ホーマーさんに向きなおり、頭を下げる。


 ホーマーさんから返事がある前に神官が、

「この娘は、獣人ですよ? 」

 と驚いたように言ってきた。


 俺は神官の方を向く。神官は俺の顔を見るなり、

「ああ、なるほど。その瞳に、髪の色、あなたは転生者ですね? ならば知らなくても仕方がない。獣人は魔物の血が混じったとも言われる種族。しかもこの娘は奴隷だ。代わりに支払ったとしても、返ってきませんよ。」


 どうやら獣人というのは、どの程度かは分からないが、差別の対象らしい。それに奴隷? この世界には奴隷という制度があるのか? 俺は説明を求めるようにホーマーさんを見た。


 すると、ホーマーさんはどうするんだ? といった表情でこちらを見ていた。


「ホーマーさん貸してもらえますか? 」

 俺は改めて尋ねる。


「……いいのか? 」


「はい、俺には、獣人とか奴隷とかが、ここで見捨てるという理由になるとは思えません。まぁ、俺に手も足もでないような金額ならともかく、それくらいなら何とかなりそうですし。」

 俺はこの世界の文化をまだよく知らない。だから、否定するつもりはないが、盲進的に従うつもりもない。前世でもそうだったが、他人の価値観で生きるつもりはない。


「分かった。」と、俺の答えにホーマーさんは笑顔で答えてくれた。


「金さえ払えば、誰でも治療してくれるんでしょ? 」俺は神官に向かって確認する。


「ええ。……転生者は、一ヶ月間お布施を減額するように言われてますので、銀貨一枚と銅貨五十枚になります。」神官は、むすっとした態度で面白くなさそうに説明してきた。


 それなら俺だけでも払える。俺は、神官に金を払う。


 支払いがすむと治療のための部屋へと案内された。神殿の中にはいくつかの部屋があり、一番大きな部屋が、可能性の間がある部屋で職業選択や変更のために利用され、残りは治療のための部屋と神殿職員や衛兵の部屋らしい。


 治療部屋に入ると、「担当の者をつれてきます。」と神官は出ていった。その後すぐに、先程の神官より若い女性の神官がやってきた。


「それでは治療しますね。」神官はそう言って、つぶやきだす。

「…………、彼の者の傷を癒せ、ヒール。」

 詠唱? が終わり、傷に手をかざすと白い穏やかな光が傷の辺りをつつむ。しばらくその状態が続いた後、光が収束していく。


 そこには、傷はなく、きれいに治っていた。

「凄い。」初めて見た魔法に、俺は思わずつぶやいていた。


 女性神官は照れるように、「これくらいなら神官は全員できますよ。」と言う。


 彼女いわく、魔法の腕にもよるが、大きな傷でなければ裂傷などは治しやすいらしい。臓器の損傷やひどい骨折などはかなり時間がかかる場合もあるし、完治しないこともあるそうだ。


 俺が改めてお礼を言うと、「目を覚ますまで休んでもらってけっこうですので。」と言って、女性神官は部屋を出ていった。どちらが珍しいのか分からないが、最初の神官とは随分ちがう。


 少女は、顔色こそ戻っていないものの「すー、すー」と穏やかな寝息をたてている。


「奴隷って、どういう存在なんですか? 」

 俺は、少女の顔を見たままホーマーさんに尋ねる。


「借金なんかで自分を奴隷商に売って、金をつくった奴らだな。誰かに買われて決まった期間つかわれるか、雇われて他の仕事を手伝ってためた金で、自分を買い取るまで解放されることはない。その嬢ちゃんの左手を見てみな、奴隷紋があるだろ? 」


 少女の左手を見ると、円の中に幾何学的な模様が刺青のように入っていた。この紋は、主人の命令を聞かないと激しい痛みに襲われるようになっていて、奴隷を解放されるまで消えることはないらしい。


「迷宮にいたってことは、探索者に雇われて迷宮に入って何かのトラブルに巻きこまれたんだろう。奴隷を雇ったり、買った場合、その安全は奴隷をもった奴らが保証しなければならない。嬢ちゃんを雇った奴らもただじゃすまないだろうよ。」

 奴隷といっても、酷い扱いを受けるわけではないらしい。奴隷の所有者は、食事や住居、安全を保証しなければいけないし、奴隷との契約時に決めた約束に反することは命令できない。奴隷商は、国の審査によって認められた人間しかなれないということからも、一種の社会的救済措置を兼ねているのかもしれない。


 基本的に十年、二十年といった期間、奴隷で自由がないことを考えると望んでなるものはいないだろうが。


「んっ……」

 ホーマーさんと話していると、少女が目を覚ました。


「…………っ、ここは!? 」

 意識がはっきりするなり、起きあがる。が、まだ貧血気味なのだろう、すぐに態勢を崩す。俺はとっさに彼女を支える。


「混乱するのも分かるが、少し深呼吸しな。」

 ホーマーさんが声をかける。


 少女は納得したのか、言われた通りに呼吸を整え、周りをキョロキョロと見渡した。

「あなたは、私を助けてくれた人ですね? ……ここは? 」


「ここは神殿で、君の治療をしてもらったんだ。」


「えっ? 」と、少女は自分の左腕を見て触る。


「私、治療を受けるようなお金をもっていないのですが……」と小さな声で、力なく言った。


 どう説明しようか迷っていると、

「金ならそいつが払ったぞ。」とホーマーさんが答えた。


 少女は驚きはしたものの、すぐに頭を深く下げ、「ありがとうございます。……でも、私は奴隷で……すぐにはお金をお返しできません。でも、必ずお返ししますので。」


「とりあえずお金のことはいいから。」


「いえ、助けて頂いて、傷まで治してもらったのですから」と、頭を下げたまま少女は言う。


「えぇっと、よかったら何であんなことになっていたか聞いてもいいかな? 」


「……はい。」


 彼女によると、若い探索者の男女に雇われ、三人でコクモノ平原へと向かい、元々の目的であった二層で魔物を狩っていたのだが、思ったよりも稼ぎにならなかったことから、男女の探索者は三層に降りると言い出した。

 彼女は止めたが、男女は聞かず三層へいくことになった。

 ところが、男女の実力では三層のファングウルフには歯がたたず、彼女を囮にし、二人だけで逃げたらしい。


 その後、彼女はファングウルフからなんとか逃げ、隠れながら三層を脱出しようとし、再び襲われて傷を負いつつも二層へたどりついたところで俺とあったというわけだ。


 男女の二人、多分俺が迷宮に入るときに入り口のところにいた二人だろう。


「その二人はどこにいったんでしょう? 」

 俺は、ホーマーさんに尋ねる。


「そのまま消えたか、奴隷商に報告にいって、拘束されているかのどちらかだな。」

 雇った奴隷を返さずに消えれば犯罪者として扱われ、国から手配される。奴隷商に報告にいっていれば、拘束され、奴隷の安否が確認された後に、罰金が課せられる。罰金ですんでしまうのかと思ったが、この罰金は重く、大体本人が奴隷落ちになるらしい。


「とりあえず奴隷商のところにはすぐに連絡した方がいい。俺が一足先にいって説明しとくから、お前は嬢ちゃんがおちついたらゆっくり連れてくればいい。嬢ちゃん名前は? 」


「ティアと申します。」


「分かった、じゃあ後でな。」と言って、部屋を出ていった。


「あ、あの……あなたのお名前は? 」

 少女――ティアは、申し訳なさそうに尋ねてきた。


「ん? ああ、俺はソウ。最近この世界に来たばかりの新人です。」


「最近この世界に来た? 転生者ですか? 」


「うん。」俺は首肯く。


「……なぜ私を助けてくれたのですか? 」


「いや、目の前でケガしている人がいれば普通、助けない? 」


「でも、お金を払ってまで治療してくれるなんて……しかも、私は獣人の奴隷です。」


 さっきも言われたな、それ。


 俺はさっきと同じように返す。

「獣人とか、奴隷とかはどうでもいい。俺は、自分のために助けただけだから。」


「自分のため? 」


「ああ。例えば君を見殺しにしたとする。すると俺は、迷宮に入ったり、神殿の前を通る度にそのことを思い出してしまう。そんなの嫌だろ? 」

 俺は別に獣人の扱いがどうとか、奴隷がどうとか言うつもりも、何とかしようとも思わない。そんな善人じゃない。ただ、自分が後悔しないように行動しているだけだ。


「……十分、善人です。」

 そう言ったティアは少し笑ったように見えた。


 その後、ティアに水筒の水を飲ませ、立てるかを確認してから奴隷商に向かった。


 ティアに聞いたところ、以前見た人の顔の看板の店が村で唯一の奴隷商らしい。


 奴隷商に入ると、三十代前半くらいの薄い緑の髪をしたきれいな女性がいた。


 その人はティアを見るなり、「ティア! 無事でよかった。」と声をあげた。


「レジーナ様、ご心配おかけして申し訳ありません。」


「ひどい目にあったわね。怪我は大丈夫? 」

 レジーナと呼ばれた女性はティアの側に立ち、腕や背中を確認する。


「はい、ソウ様が神殿で治療してくださいました。」と、ティアは俺の方を見る。


「あなたがソウね? ティアを助けてくれてありがとう。」と深々と頭を下げる。ティアのことを本当に心配していて、助けた俺に本当に感謝している感じだ。


「たまたま迷宮で見かけただけですので、そんなに気にしないでください。」


「いえ、あなたがいなければティアは死んでいたかもしれない。ありがとう。いろいろと話したいこともあるし、奥で話しをしたいのだけど、時間は大丈夫かしら? 」


 俺が大丈夫と伝えると、二階建ての建物の奥へと案内された。奴隷は二階にいるらしい。


 応接室らしき部屋に入ると、中にはホーマーさんもいて、少し硬めのソファーのような椅子に座っていた。俺もホーマーさんの隣に座る。ティアも一緒に部屋に入り、立っている。


「ティアの嬢ちゃんを雇った奴らは、やはり消えちまったらしい。」

 俺が座ると、ホーマーさんが説明してくれた。

 レジーナさんは、昨日帰ってこないティアを心配して、探索者ギルドに依頼を出したらしい。そこでもティアを雇った探索者を探したが、見た者はいなかった。


「犯罪者って、どういう扱いになるんですか? 」


「各地のギルドに手配書がまわる。まずギルドは利用できなくなるし、村にも定期的に人相書きがでまわる。まぁ、まともに生活はできないだろうし、すぐに捕まるだろうよ。」


「捕まるとどうなるんですか? 」


「犯罪で捕まった奴は、犯罪奴隷として働かせられることになる。普通の奴隷とちがい、その扱いはかなり厳しい。今回の賠償に、奴隷を不当に扱った罰も含めて、かなりの期間拘束されるだろう。」


「お待たせしました。」

 ホーマーさんと話しをしていると、レジーナさんが部屋に入ってきた。


 レジーナさんの後ろに幼い獣人の女の子がいた。


「お姉ちゃん! 」


 女の子は、部屋に入るなりすぐにティアに跳びつき、泣きじゃくった。


 ティアは、「ごめんね。」と繰り返し、女の子を撫でている。


 しばらくして、泣きじゃくる女の子が落ちついてきたところで、レジーナさんは女の子に声をかける。


「フィア落ちついたかしら? 」


 フィアと呼ばれた女の子は、涙で濡れた顔をレジーナさんに向け、頷く。


 それを見たレジーナさんは、

「当方の扱う奴隷を助けて頂きありがとうございました。」と、改めて俺とホーマーさんに頭を下げた。


「俺は何もしてないし、こいつも堅苦しいのはいいと思うぞ、レジーナ。」とホーマーさんが返す。


「ええ。でも、もう一度お礼はきちんとしておきたかったの。」


「お二人は知り合いなんですか? 」


 二人は頷く。


「さっきホーマーさんからソウ君のことは、大体聞いた。お婆ちゃんから面白い子がいるって、聞いてた名前が出たときには驚いたわ。」


 お婆ちゃん?

「ひょっとして、ロジーナさんですか? 」


「ええ、名前が似てるでしょ。」

 と言って、レジーナさんは笑う。

 ロジーナとレジーナ、確かに。


「私からももう一度お礼を言わせて下さい。本当に、ありがとうございました。」

 と、ティアももう一度頭を下げてくる。


「うん、本当にもういいから。」俺が苦笑いしていると、「………お姉ちゃんを助けてくれて、ありがとう。」と、フィアも頭を下げてくる。


「……分かりました。これでお礼は終わりにしましょう。」俺は照れ臭くなって、強引に終わらせる。それを見て、ホーマーさんは横で豪快に笑っている。


 レジーナさんもクスッと笑い、

「分かったわ。じゃあ、後は謝礼の話ね。これ納めておいて。」と俺に巾着袋を渡してくる。


「これは? 」


「神殿での治療費、銀貨三枚とティアを助けてもらった謝礼よ。」


「受けとれませんよ。これじゃレジーナさんが損しただけじゃないですか。」俺は巾着袋を返す。レジーナさんも今回の被害者のはずだ。


 が、「受けとっておけ。」とホーマーさんから意外な言葉がでる。

「……レジーナは奴隷商で、奴隷をきちんと管理するのが仕事だ。」


 受けとらないのは、プロに対して失礼ってことか?


「……分かりました。でも神殿での治療費は、半額だったので、その分はお返しします。」


 俺の表情を見て、諦めたのか、レジーナさんは返したお金を受けとった。


「本当に変わった子ね。」とレジーナさんはため息をつき、「だろ? 」とホーマーさんは笑う。


 そしてレジーナさんは少し考えて、

「それなら代わりに、この子達を雇ってみない? 試しに無料でいいから。」と言いだした。












































ブックマーク、評価、ありがとうございます。


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