第16話 救出
仕事の方が忙しく、更新が遅くなってしまいました。
二体のスモールボアに挟まれた獣人の少女は、血で赤くそまった左腕を右手で抑え、槍を抱くようにして、体を支えているといった感じだ。
スモールボアは左右に別れ、両側から少女に遅いかかろうと近づいている。
「おい、大丈夫か? 」俺は全速力で近づきながら大声で声をかけた。今にも少女に突進しそうだったスモールボアは、俺に気がつく。少女は突然現れた俺に驚いているようだ。
俺は背負い袋を手前のスモールボアへと投げつける。背負い袋はスモールボアの手前に落ちたが、スモールボアに俺を敵と認識させるのには十分だった。
突進してきたスモールボアをすれちがうように躱しながら、カウンターの一撃をいれる。
スモールボアに16のダメージを与えた。
カウンターがウィークポイントに入り、通常の倍以上のダメージを与えたが、とどめはささず、そのままもう一体の方へと走る。
一体を確実に倒して、もう一体を相手にすべきだが、少女が襲われてはいけないので、二体ともの意識を俺に向けさせなければならない。
分析の終了しているスモールボアなら二対一で戦っても勝てるだろう。
しかし、少女の腕からの出血はかなり多そうで、できるだけ早くスモールボアを倒す必要がある。
俺は一層でも試していない攻撃を選択する。
剣を納め、もう一体のスモールボアの突進を、わざと受ける。分析スキルにより突進が勢いを失うギリギリのところで、受ける。
スモールボアから1のダメージを受けた。
受けた瞬間、スモールボアの首を脇に挟むように全力でつかみ、解体用のナイフを引き抜く。
「うぉぉぉぉぉっ! 」
俺は勢いよく、スモールボアの前足のつけ根の上、少し後ろを突き刺す。分析スキルにより、表示されるウィークポイントで位置を特定し、狙った。解体スキルのおかげか、肋骨の間を縫うように刺すことのできたナイフを一気に奥まで突きいれる。「カキンッ」と石に当たったような手応え。
スモールボアに即死ダメージを与えた。
ログが表示され、スモールボアが動きをとめる。
が、安心している暇はない。俺はすぐに体を起こし、転がるように横に跳ぶ。
そこへ、背後から、先にカウンターでダメージを与えておいた方のスモールボアが突っこんでくる。ギリギリだった。
すぐに起き上がり、ナイフを手放し、剣でそのまま倒した。
ギルドから借りている俺の剣は、切れ味よりも頑丈さで選んだので、突き刺す場合にはホーマーさんにもらったナイフの方が向いている。それに、今の俺の技術では分析スキルでウィークポイントの心臓の位置が分かっても、攻撃を避けながら、肋骨の隙間に剣を通すことができない。密着するために、わざと突進を受ける必要があるので、一層でも試したことがなかったのだが、うまくいってよかった。
獣人の少女の方を見ると、青白い顔でこちらを見ている。目があうと、「あ、ありがとうございます。」
とお礼を言ってきた。
改めて少女を見ると、前に畑で見た二人の内の一人で、村ですれちがった少女で間違いなかった。
そして、彼女はすごい美人だ。俺と同い年くらいだが、小さな顔に、大きな瞳、薄い唇、全てが整っている。高校でダントツの人気を誇っていた惟ねえにも負けていない。
「大丈夫ですか? って、大丈夫そうじゃないな。」
俺は彼女の顔をじっと見ていたことをごまかすように声をかけた。
彼女は槍を支えに何とか立っているといった感じだ。
俺は、とっさに投げつけた背負い袋を拾いにいって、中を確認する。よかった、割れていない。
背負い袋から血止めの薬を取り出す。
「とりあえず血を止めよう。」と、血止めの薬をあける。
「それは血止めの薬? そんな高価なもの…… 」
「そんなこと言っている場合じゃないだろう。」俺は、少女に近づき、左腕の傷を水で洗い、血止めの薬をかける。傷は深く、獣の爪か何かに裂かれたようになっている。
「うっ」
薬が染みるのか、少女は苦痛に顔を歪めながらも、一瞬、声をあげただけでこらえている。
しばらく待つと、傷は透明の膜がはったように血がとまった。
「ありがとうございます。助けてもらった上に、高価な薬まで。」と、丁寧に頭を下げ、改めてお礼を言われた。
少女は左腕で槍を持って、動かそうとするが、「っつ」と、槍を落としてしまう。ロジーナさんが言った通り、血がとまっただけで、痛みはそのままのようだ。
「動かすのは無理そうだな。この槍は大切なものなの? 」
一見、ただのくたびれた槍にしか見えないが。
「ギルドで借りたものです。」
俺と同じでギルドで借りたものか、なら高価ってこともないだろう。
「……よしっ、乗って。」
俺は少女に背を向け、促す。
「えっ? 」
少女は、何を言っているか理解できていないようだ。
「俺が背負っていくから、早く乗って。」
「だ、大丈夫です。自分で歩けます。」
「いや、無理でしょ? ここから迷宮を出て、村までなんてもたないでしょ? 魔物が出たらどうするの? 」
戦うどころか、普通に歩いて帰るだけでももたないだろう。
「…………でも、あなたまで危険に……」
それを心配していたのか?
「俺なら大丈夫だから。早く乗って。」
マップで確認しながら進むので、魔物と遇うことはない。
「…………っ」
少女は、申し訳なさそうに俺の背に密着してくる。少女の柔らかな感触に、一瞬、よからぬことを考える。……いや、そんなこと考えてる場合じゃないな。
槍はあきらめてもらった。彼女も持ち帰ることが不可能なことを理解しているのか、特に抵抗なく納得してくれた。俺は、背負い袋を前にかけ、少女を背負い、早足ですすむ。
マップで確認して、魔物がいないルートを進む。
まっすぐに一層に向かわないことを不思議に思ったのか、魔物と遇わないことを不思議に思ったのか分からないが、周りをキョロキョロと見渡している。
「あ、あの魔物のいる場所が分かるんですか? さっきから魔物がいるところを通らないように進んでるみたいですが……」
複数の魔物との戦闘が前提の二層で魔物と遇わなければ、やはりそう思うか。
「そんな感じかな。」
明言はしないでおく。
「……できれば他に言わないでおいてもらえると助かる。」
探索者にとって、魔物がいる場所が分かるというのは、のどから手が出る程欲しい能力だろうから、他の人間には知られたくない。
まぁ、俺の気配察知よりも魔物の隠れる能力の方が上なら、マップには表示されないだろうから、万能というわけでもないのだが。
「はい、絶対に口外しません。」
彼女は、即答した。何となく彼女はしゃべらないだろうと思えた。
背負われ、始めは警戒していた少女だが、一層への入り口が見えたときには、俺の背で眠っていた。
「そういえば、名前も聞いてないな。」
どういう理由であんな状況になったのか分からないが、出血に加えて、かなり疲れているようだ。彼女と村ですれちがったのが昨日の昼前だ。あれから迷宮に向かったのだとしたら、眠らずに一晩迷宮ですごしたことになる。
早く村へつれ帰って、きちんとした傷の治療と睡眠をとらせた方がよさそうだ。俺は、揺らさないように気をつけながらペースをあげた。
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