第13話 マッピング
誰もいない迷宮の入り口についた。
時刻は二十三刻前、大通りならともかくコクモノ平原へと続く道には誰もいない。
下水掃除のせいか帰ってすぐに眠ったが、睡眠耐性スキルのおかげで四時間程で目を覚ました。体に匂いがついてないかを確認し、用意をすませ、迷宮へと向かった。
昼間買った服と靴で来たが、着心地は悪くない。
迷宮に入って、マップを確認する。今日は、一層のマッピングを終えるつもりだ。
マッピングの間は、スモールボアとの戦闘は避ける。解体に時間がかかるし、あまり早くに解体すると肉が傷むからだ。スモールボアを避け、シードを狙って戦闘しながら、マッピングしていく予定だ。
十分程進んだとき、マップにシードを示す赤い点が出た。そちらに向かう。今日は戦闘でも色々と試すつもりだ。
五メートルの所でシードがこちらに反応する。
こちらを確認したのと同時に、跳んでくる。予想していた俺は、それを避ける。予想していてもギリギリな程速い。攻撃のクールタイムなのか一瞬動きのとまるところを狙って、足をとばす。体をシードとは反対方向に傾け、斜めに踏みつけるように蹴りつける。
シードに0のダメージを与えた。
ログが表示される。
すぐにシードの反撃がくる。それを体を捻ってギリギリでかわす。
今度は剣でダメージを与えていく。
避けては切りつけるを繰り返し、シードを倒す。
『0のダメージ』と表示されたということは、単純に威力が足りなかっただけで、武器以外でも攻撃できるということか。当然と言えば当然だが、一応確認しておきたかった。鍛えれば蹴りでもダメージを与えることができるかもしれない。
呼吸を整え、シードの種と魔石を回収する。
さらに進んで行くと、再びシードの反応が現れ、そちらに向かう。
今度は先にしかける。五メートルまでは、息を潜めて近づき、そこから一気に跳びかかる。が、シードの反応が速い。シードはこちらに気がついて、すぐに跳んでくる。とっさに振り上げていた剣を向かってくるシードと自分の体との間に滑りこませるように、振り下ろす。ガンッという音とともに、両腕に衝撃がはしる。
シード2のダメージを与えた。
ダメージを与えたようだが、俺の両腕も痺れ
ている。
次のシードの一撃を避けるが、まだ痺れていて、まともに剣がふれない。
痺れがとれるまで待ち、シードのクールタイムを狙って、確実にダメージを積み重ねて倒す。
昨日のスモールボアもそうだったが、カウンターで攻撃が入るとダメージが増える。これも当然だが、物理法則は有効のようだ。
その後も、シードを見つけて倒しながらマッピングを進めていく。途中、スモールボアを見つけたときは迂回しながら進み、七体目のシードを倒した。
シードとの戦闘では、速さを重視して振りかぶらずに連続で切りつけたりもしてみたが、ダメージは『0』だった。今の俺は全力で攻撃して、ようやくシードに1のダメージを与えることができる
みたいだ。
現状でダメージを増やそうと思ったら、カウンターを狙うしかない。そう考えてからはカウンターの練習をしながら攻撃してみたが、思い通りにはいかなかった。きれいに入らないと腕が痺れるし、タイミングが悪ければシードの攻撃がかすめたり、当たったりでダメージを受けてしまう。そのせいで、HPバーは、三分の一程減っている。まぁ、おかげでカウンターの練習を始めた頃よりはましになっている……と思いたい。
ただ、ここからは慎重にいかなければいけない。死の可能性もだが、HPが減り過ぎるとどんな影響があるかも分からない。いずれ確認しておきたいが、今はその余裕はない。
昨日のパンと水筒をとり出し、休憩にした。HPは回復しないにしても体力は戻る。
……そう言えば、HPはどのタイミングで回復しているのだろう? やはり睡眠だろうか? 迷宮でしかHPバーが表示されないので、確認のしようもないのだが。
そんなことを考えながらマップを眺める。
マッピングもすすみ、コクモノ平原一層の形が見えてきた。どうやらここは円に近い楕円のような形みたいだ。入り口は、楕円の先端部分にあり、反対の端までは、五キロくらいありそうだ。ちなみに周りは、全て土が剥き出しになった壁が上空までそびえたっている。
しばらく休み、マッピングの残りをすすめる。魔物との戦闘をさけ、一時間程でマップが完成した。しばらく進むつもりはないが、次の階層への道も見つけてある。
コクモノ平原は全三層からなり、二層に出る魔物は一層と同じだが、その出現頻度というか、数がちがうらしい。複数の魔物との戦闘になるので、かけ出し探索者にはパーティーでの探索が奨められている。一層でも一人なのは珍しいみたいだが。
一体の魔物に何度も攻撃して、なんとか倒している俺には当分無縁だろう。
マッピングも終わったので、迷宮の入り口の方に向かう。途中、スモールボアを見つけたので、倒して解体する。シードとの戦闘を繰り返したおかげで戦闘に慣れたのか、昨日より少し楽に感じた。
入り口の付近でもう一体スモールボアを倒し、解体を終えた頃には、迷宮に入って八時間近くたっていた。
迷宮から出るときには、他の探索者が入ってくる時間で、すれちがう度に怪訝な顔をされた。それほど、夜中に迷宮に入るのが珍しいのだろう。
迷宮から出て、テートさんの木漏れ日亭に向かう。スモールボアの肉を買い取ってもらい、朝食をとる。今日は大きな肉の入ったシチューとパンのセットにした。シチューに肉の旨味がでており、とてもうまい。
テートさんの所で腹を満たし、ロジーナさんの所に向かう。ロジーナさんは、シードの種七個を見て、「一人でどれだけ迷宮にいたんだい? 」と呆れられた。
シードの種を買い取ってもらった後に、これがどんな薬になるのかをロジーナさんに尋ねた。
「シードの種は、血止めの薬の材料の一つなのさ。」
「血止めの薬? ケガをしたとき用ですか? 」
「ああ、迷宮でケガをしたときに、血を止めるためのものさ。迷宮で血を流しっぱなしだと、血の匂いに敏感な魔物をよびよせてしまうからね。まぁ、傷が大きすぎるとあまり効果はないがね。」
「傷自体を治す薬はないんですか? 」ケガしたときにこの世界ではどうするのだろうか?
「傷を治す薬、〈ポーション〉は村にはほとんどないね。素材が手に入らないんで、とても高価なのさ。市民街より上にいけば見れるかもね。」ロジーナさんは首をふりながら答える。
「じゃあ、ケガしたとき、ここではどうするんですか? 」探索者にケガはつきものな気がするが。
「神殿で治してもらうのが普通だね。そっちも決して安くないが、命にはかえられないからね。」
神殿ではお布施という対価を払い、ケガを治してもらえるらしい。安くはないが、ポーション同様、回復手段を持つ職業は少なく、ケガの治療には他に手段がないらしい。
また病気の場合は、医者が対応し、ロジーナさんたち薬師の薬を使うものらしい。
「血止めの薬って、どれくらいの値段なんですか? 」一人で迷宮に入ってケガは命とりだ。備えはあった方がいい、そう思い聞いてみた。
ロジーナさんは、「一人で迷宮に潜る命知らずかと思えば、薬を買おうとする。本当に変な子だね。」と言って笑う。
「命知らずなんてとんでもない。俺は臆病者ですよ。」冗談ぬきで、否定しておく。
「テートの坊やの見たて通り、あんたは面白そうだ。大まけにまけて、銅貨五十枚でいいよ。」
俺は銅貨五十枚を払い、血止めの薬を受けとった。塗り薬のようなものかと思っていたら、半透明の赤い液体が小瓶に入ったものだった。
「傷口に振りかければ、効果があるよ。ただし、激しく動けばそこから出血するし、ケガを治す効果があるわけじゃない。あくまで一時的に血をとめるだけだよ。」とロジーナさんは薬の説明をしてくれる。探索者が行動中に使うなら塗るものよりこちらの方が使いやすいのかもしれない。
「ありがとうございます。できるだけ使わないですむようにします。」ロジーナさんの口振りからかなり安くしてくれたのが分かったので、お礼を言って店を出る。
家に戻り、少し休んでギルドで仕事を受けにい
き、食事と睡眠をとって、迷宮に向かう。
その繰り返しで二日たった。
シードとスモールボアとの戦闘にも随分慣れた。今日はすでに十体のシードを倒しているし、スモールボアも三体倒した。シードとスモールボア相手ならカウンターの成功率もかなり上がったと思う。
スモールボアの解体にも慣れてきたので、一体はその場で焼いてみることにした。枯れ木が少ないので、火をおこすのに苦労したが、何とか焼くことはでき、木の棒にさして焼いただけの調理とは言えないものだが、食べることはできた。せめて塩くらいほしいところだが、空腹なのでそれなりに旨い。
そろそろ帰ろうと、入り口へと戻る途中にシードがいたので倒す。
ダメージは与えられないが、蹴りをおりまぜ距離をつくったりしながら危なげなく倒せた。カウンターも三度成功した。
シードのHPが0になったのを確認し、剣を納めようとしたとき、
『シードの分析が終了しました。』
とログが表示された。
前々話にて、初めて評価を頂きました。大変励みになります。ありがとうございます。
今後もよろしくお願いします。